合宿編15

「あぁー早く順番回って来ませんかね~」


「てか、なんで晴峰さんが最後に引くわけ? 晴峰さんだったら最初に引けそうな気がするけど」


 最後尾で律儀に順番を待つ御影に千絵が疑問を投げる。

 御影なら光同様に先にくじを引かせて、男子に早めに天国と地獄を味わせそうとする気がするが。


「確かに開始した時に最初らへんにくじを引いていいよ、って言われましたが。あれです。残り物には福来るって言いますし。もしかしたら最後に引いた時に古坂さんのペアを組む可能性がありますから」


 諺を引用して最後に引こうとする御影に千絵は少し目を沈ませて。


「晴峰さんってさ……太陽君の事、好きなの?」


「へ? 好きですが」


 まさかの即答に千絵は言葉を失うも、千絵の反応に御影は手を横に振り補足する。


「あっ、別に恋愛感情とかではないですよ、私の場合は、ただ、からかい甲斐があって楽しいってだけですから、多分。……多分」


 何故二度言ったのか分からないが、千絵は御影の心情を読み。


「(晴峰さんは恐らく、まだ自分の恋愛感情に気づいてないんだと思う……。こういう相手が一番、好きって感情に気づいた後が厄介なんだよね……)」


 初恋を知らないからこそ御影は自分の気持ちに気づいてないんだと予想する。

 もしくは、本当に太陽を恋愛目線ではなく、ただの弄り対象なら杞憂に終わるのだが。


「じゃあもし、太陽君から告白されたら、晴峰さんはどう答える?」


「古坂さんに告白されたら……ですか。確かに男友達があまりいない私からすれば、唯一の付き合ってもいいと思える男性ですが……けど、もしされたら嬉しいかもしれませんね。楽しそうですから」


 やはり、御影は太陽の事を友達ではなく、希薄であるが1人の異性として見ている節がある。

 現に答えた際の御影の表情は少し……惚けた様に頬を掻いていた。


 御影は男性からすれば放っておけないぐらいに可愛い。

 しかも天然で男心を燻ぶり、陸上で輝ける程のポテンシャルを持つ、神が与えたと言わんばかりに恵まれた物を持つ女性だ。

 こんな女性から、もし、万が一にも迫られたら陥落されない男はいない。

 もしいたとなれば、その者は特殊性癖の持ち主か、そもそもに恋愛に興味が無い者だろう。


「(…………負けたくないな)」


 千絵は自分が平凡だと自覚している。

 人望が厚く、人気がある光や御影と比べると雲泥の差であろうと。

 2人に勝てる要素は殆どない。

 あるとすれば、2人が羨ましがったこの胸のみ……だが、それでどうこう出来る程、恋愛は単調ではない。

 

 千絵が太陽に対する想いの大きさであるなら、2人にも負けてないと自負出来る。

 だが、恋は一方通行では成就しない。

 互いの想いが向き合い、近づく事で本当の恋人の関係が生まれる。


 だから、現状の太陽の千絵に対する想いから、千絵は自分の恋が成就することはないだろう。

 それは、昔から分かり切っていたこと。

 

 だから、一度千絵は初恋を諦め、親友である光の気持ちを尊重して、そして太陽の気持ちの思い、2人の仲を取り持ち、自らの初恋を捨て去った。

 だが、その取り持った関係が破綻して、又しても振り出しに戻った事で、千絵は未だに初恋を捨てきれないでいる。

 

 無謀な闘いで諦めたいと思う反面、彼と幸せな関係を築きたいが為に諦めたくないと言う矛盾の感情が交錯をして頭が痛くなる。

 だが、今の最も気の許せる友達としての立ち位置の居心地さから、この関係が崩壊するのを恐れ、踏み出せないでいる……まるで、昔の太陽の様に。


「高見沢さん。そろそろ順番が回って来そうだけど……って、高見沢さん?」


 他の者たちがくじを引き、自分たちの番が回って来そうになったことを御影が伝えるが、胸元を握り俯く千絵を不思議そうに首を傾げる。


「どうしたんですか高見沢さん? もしかして気分が優れないとか……」


「…………え、あっ、ごめん。少しぼーっとしていたみたい……で、なんだっけ?」


 御影の声に我に返った千絵が聞き返すと、御影は怪訝そうに答える。


「えっと、私たちの番が回って来そうだからって教えただけで……。大丈夫ですか? 気分が優れないのでしたら先生に言ってきますが?」


「ううん。大丈夫だよ。ただ考え事をしていただけで。そう言えば晴峰さんは最後に引くんだったよね? なら、私が先に引いてもいいかな?」


 辛そうに下を俯いていた表情から一転してあっけらかんとした表情に御影は戸惑いながらも頷き。


「はい、私は最後に引きますのでどうぞ」


 と言って千絵を送り出す。

 

 御影に送られた千絵は気分を整える為に両頬を叩き。


「よし。気持ちを入れ替えないとね」


 千絵はくじ箱の許へと歩み、2人並ぶくじの列の最後尾に並ぶ。

 千絵と御影は最後の方に引くと決めていて、思いのほか話し込んだ所為で本当に最後部分になった。

 多分、千絵の前の2人がくじを引くと、残りのくじの枚数は2枚だろう。

 

「(出来ることなら思い出として太陽君と組みたいな……。けど、男子の数も沢山だし、太陽君と組める可能性は薄い。それに、必ずしも太陽君がペアを組む数字を引いている保証もないから、多分、太陽君とは組めないだろうな……)」


 このレクリエーションの肝試しは必ず男女のペアで組まれる様になっており。

 又は脅かし役として男女の方から数名くじで選出される。

 太陽が脅かし役のくじを引かず、尚且つ太陽と同じ数字のくじを引くのはほぼ絶望的である。

 もしかしたら、もう太陽のペアが組まれている事もあるから、千絵に希望はない。


 だが、千絵は心の中で手を合わせて祈る。

 あまり神頼みはしない千絵だが、今回ばかりは熱心に祈る。

 少しでも、細やかなであろうと、太陽との思い出を作りたいが為に。


 前の者たちがくじを引き、千絵の番に回る。

 千絵はゴクリと喉を鳴らし、ドキドキと波打つ痛いぐらいの心臓を左手で押さえ、ゆっくりと右手をくじ箱の穴に入れる。

 ガサゴソする感触は無く、予想通りに殆どの者たちが引き終えた事で、残りの紙の枚数は2枚。

 千絵が引いたやつ以外が、必然的に御影のくじとなる。

 

 千絵は2分の1の枚数で、右端にある紙を摘まみ、取り出す。

 取り出された紙は4つ折りになっていて中身は確認出来なかった。


 千絵は直ぐにくじを開封することはせず、深く深呼吸を入れて数歩下がり、番を御影に渡す。

 

「よーし! 次は私の番ですね。って、まあ、残り1枚ですから直ぐですが」


 千絵程に時間が掛からない御影は箱から機敏に取り出したくじを開く。

 御影は気付いてないだろうが、御影の後方に目をギラギラさせている坊主頭の男子部員が……。


「えっと私は……11番ですね!」


「よっしゃああああああ!」


 坊主頭の男子部員の歓喜の雄叫びに御影は驚愕して飛び跳ねる。

 そんな若干引き気味の御影に坊主頭の男子部員が近づき。


「お、俺2年の近藤! 11番! よろしくな!」


 憧れの御影とペアを組めて興奮気味の坊主頭の男子部員改め近藤。

 御影は必死に隠しているのだろうが、何とも言えないぐらいの落胆ぶりが見て取れる。

 頬が痙攣した様に引き攣り、目が笑えてない。

 

 千絵は内心『ドンマイ、晴峰さん』と合掌をして、次は自身が引いたくじを開こうとした時―――――

 

「ちょちょ! ど、退いてぇええ!」


 へ? と間抜けな声を千絵が漏らすと同時に背中に衝撃が奔り転倒する。

 地面と顔の距離が一気に縮まり、倒れ込み、更に追い打ちをかける様に背中から重みが加わる。


「むぎゅ……お、重い……。な、なんなの?」


 予想外の出来事に困惑気味の千絵に慌てた口ぶりの女性が。


「ご、ごめん千絵ちゃん!? 虫が集って来て驚いちゃって! 怪我無い!?」


 一緒に転んだ拍子に千絵の背中に乗る人物は、千絵よりもだいぶ先にくじを引きに行った光だった。

 

「いや……別に怪我は無いと思うんだけど……ごめん、そろそろ退いてくれないかな? 流石に重いと言うか……」


 千絵の指摘に光も気づき、直ぐに千絵の上から退く。

 地面に倒れた事で付いた土を払う千絵を他所に、光は屈み。


「これ千絵ちゃんのくじだよね? もう中は確認したの?」


「ん? いや、まだだけど」


 ぶつかった衝撃で落してしまっていたのか、落ちていたくじを拾い上げた光が、その様な質問をするのか疑問に思うも、


「そうか。それは良かったよ」


 更にその意味不明な回答に首を傾ける。

 何故まだ確認していない事が良かったのだろうか。


 光は千絵に土の付いたくじを差し出すと笑みを見せ。


「それじゃあ千絵ちゃん。肝試し、楽しもうね」


 言葉自体に違和感はないのだが、少し光の態度が変にも感じた。

 必死に何かを隠しているかの様な……。

 

 千絵が光が差し出すくじを受け取り、どうしたのかを聞こうとするも。


「光さーん! ちょっといいかな!」


「うん、分かった直ぐに行く!」


 女子部員に呼ばれて光は元気に返事をして去って行った。

 呼び止める隙も無く、走って行く彼女の背中を茫然と眺める事しか出来なかった。


「なんだのかな……?」


 そもそも先ほど光は虫に集られたと言っていたが、光は虫が苦手だっただろうか?

 逆に昔から蛾でもなんでも虫取りをする様な活発なイメージだったはず。

 色々と腑に落ちなく考えこもうとするが、


「うぅ……私の肝試しは終了しました。この先に夢も希望もありません……」


 この世の終わりかの様な悲壮感を漂わせながらに戻って来る御影に意識が映り、この事は一旦忘れようと決め。


「災難だったね。けど、これで恋愛に発展する可能性も無きにしも非ずかもしれないから。そんなに嫌な顔しないであげて。相手さんが可哀そうだから……」


「別に組んだ人が嫌だったって訳ではないのですが……出来ることなら古坂さんと組めたらな~って一縷の望みを持っていたと言いますか……結局諺は言葉ですね。最後に福なんてありませんでした」

 

 陰鬱そうにため息を漏らす御影を、苦笑しながら見ていた千絵に対して、御影は横目で見て。


「それで? 高見沢さんが引いたくじには何が書かれてたんだですか? 周りを見た感じ余ってる人はいない様な……もしかして、脅かし役だったりして」


「まだ開いてないのに不吉な事言わないでよ。私、暗い所で1人って怖いから嫌なんだけどな……」


 御影に不安を煽られ、恐る恐ると四つ折りとくじを開いた千絵の眼に入った文字は、


「…………8番?」


 御影の言葉で半ば脅かし役なのではと諦めていた千絵の予想を覆して、まさかの数字。

 そして、千絵がくじの番号を口にしたと同時に、


「うげっ。お前が8番だったのかよ……」


 その聞き覚えのある声に千絵は振り返ると、そこには8番のくじを開いて見せる太陽が居た。


 千絵は太陽の握る、8番のくじから目が離せずに硬直して。


「えっと……もしかして太陽君も8番!?」


 驚きの声を上げる千絵とは対照的に露骨にため息を吐き。


「もしかしたらこれで新しい出会いがあるかもな~って期待はしてたんだが、まさか千絵とかよ」


 その一言に千絵はカチンと来て。


「……へえ~。私とペアで不服なんだね? 太陽君……歯を食いしばって」


「ごめんごめんごめん! 今のは流石に駄目だったわ! 謝る! 謝るからマジで骨を鳴らして威嚇しないでくれ!」


 太陽の必死の謝罪で千絵は治まり殴らずに済む。

 千絵を宥める事に成功をして安堵の息を零す太陽だが、今度は別の問題が。

 

「うがぁああ! 羨ましいですよ高見沢さん!?」


 耳に響く御影の叫びにギョッとする太陽と千絵。

 だが、御影の叫びは口を衝いて吐き出される。


「高見沢さんが引いたって事は2分の1だったって事ですよね!? つまり貴方がそのくじを引かずにこっちのくじを引いていれば……もう! これだと悔やんでも悔やみきれません! お願いです高見沢さん! このくじとそのくじ交換してください!」


 話した事のない相手よりも交流の深い者とペアを組みたいだろう。

 だから、恋愛感情の有無ではなく、ただ太陽の方が幾分マシだと思う御影は交換の交渉を持ち出す。

 

「もし交換してくれるのでしたら。私の秘蔵の少女漫画を献上します。東京の秋葉原で集めた貴重な本です。言っては悪いがですが、田舎であるここでお目にかかれるかどうかの代物ですから、それを付けて、このくじと交換しましょう!」


 何とも千絵の心を燻ぶる交換材料を持ちかけた事か。

 一瞬揺らぎそうになった千絵だが、考える素振りを見せるも、元より回答は決まっていた。


「イヤだ」


 千絵のシンプルな答えに御影の悔しさの叫びが轟く。

 



 その一方で、千絵から離れた光は、千絵がいる方角へと振り返り。


「千絵ちゃん、頑張ってね」


 当初光が引いたくじの番号は8番。

 だが、千絵が引いたくじの番号も8番であるが、これはミスで重複しているのではない。

 光が握るくじの紙、これこそが千絵が引いたくじなのだ。


 先ほど千絵と衝突した出来事、あれは虫を避けた場所に偶然千絵が居たのではなく、あれは虫関係なく、意図的に千絵に光からぶつかりに行ったのだ。

 少々賭けであったが、千絵の手からくじを離す為には死角からそこそこの強みで衝突しなければいけなく。

 彼女の怪我を負わせてしまうのではと思っていたが、何とか怪我をさせずにくじを入れ替える事に成功した。


「(太陽とのペアは私じゃなくて、千絵ちゃんの方が相応しいからね)」


 親友の恋を応援する気持ちとは裏腹に、何故か指で紙に皺を作っていた。

 惜しい気持ちもあるが、自分とペアでは太陽が楽しめないと光は自覚している。

 だから、彼に恋心を抱いている千絵にその権利を渡したのだ。


「ねえねえ光さん。光さんは何番のくじを引いたの?」


「そうですよ。なんか全然教えてくれませんが。教えても損はないと思うんだけど」


 同級生で陸上部時代から交流のあった女子部員に促され、光の意識はくじの方に向けられる。

 そう言えばまだ中身を確認していなかった、と光はくじに手を掛ける。


 まだ自分のペアを発見出来ていない若干名の男子生徒の期待の眼差しを受けながら、千絵のだったくじを開いた光の眼から光りが消える。


 紙の中心に大きく書かれた『お』の文字。

 『お』。つまりは脅かし役で、この暗い森の中を脅かし役として待機しなければいけない。

 最悪だ……と光は手で顔を押さえて天を仰ぐ。


  

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