合宿編14

 光と別れた太陽は散歩を終え宿舎に帰り、一旦部屋に戻る。 

 そして未だに爆睡する信也を暫く経ってから叩き起こして、2人で朝食の準備で厨房に向かう。

 信也はまだ寝足りない様子で文句を言っていたが、同室の者たちの所為で更に眠れなかった太陽が意趣返しで横腹を殴った所で厨房に辿り付く。

 

「もう! 古坂さん! なんで昨日の夜部屋にいなかったのですか! 肩透かしでつまらなかったのですが!?」


 厨房に入って開口一番の言葉が叱責だとは思わなかった。

 ぷんぷんと表現が似合う可愛らしく憤慨する声の主は、何故か晴峰御影のモノだった。


「朝から耳に響く声を出すなよ……。てか、なんでお前がここにいるんだよ。後ゆー……優菜も」


 この時間帯に厨房に来る予定なのは助っ人組の、太陽、信也、光に千絵の4人。

 光と千絵はいるのだが、部外者の御影と優菜がいるのは不思議だった。

 ついでに太陽は優菜の事をあだ名で『ゆーちゃん』と呼ぶのだが、今回は自重することにした。


 昨晩ロビーで会った千絵は、嘆息を零し。


「昨日。男子部屋に行ったことが主将さんに見つかったらしくてね。それの罰として、朝の雑用は2人も手伝うって事になったらしいんだ」


 太陽は昨晩の事を思い返す。

 太陽が罰ゲームで部屋を出て、ロビーで千絵と話をしている間に太陽の部屋に御影達が来たらしく、太陽の不在に文句を垂れていて、帰って来るまでババ抜きに興じたらしいが、運悪く見回りに来た女主将に見つかり、敢え無く御用になったとか。

 

 それが原因で太陽を除く同室の者たちは0時まで正座をさせられたらしい。

 危うく太陽も説教を喰らいかけたが、自らが設けた罰ゲームに窮地を逃れたのだが。

 

 男子部屋に来た光、御影、優菜の戦犯の3人はこうやって雑用をする羽目になったらしい。

 元々光はマネージャーの代行で来ているから実質何もないに近いのだが。


「それにしても渡口さんは何処に行ってたのですか? 起きた時には姿が見えませんでしたが?」


 太陽と外で会った後、光も宿舎に戻っていたのか厨房に光の姿が。

 だが、同室の御影達の起床の際に光が居なかったことに疑問を投げる。


「うーん。ちょっと目覚ましで朝の散歩を。本当に自然の中のハイキングって空気が美味しくて良いね。バッチリ目覚めたよ」


 光が居なかった真相を知っている太陽からして光の演技は名女優並だと呆れる。

 実際は散歩ではなく隠れての自主練。

 だが、光は今の所は怪我人扱いである為に話せないのが現状。

 もし光の練習の件を自称好敵手を名乗る御影に聞かれれば何を言われることか。

 だから太陽は何も言わずに我関せずの姿勢だが、


 優菜が光の方に近寄り、スンスンと鼻を何度か鳴らし。


「それにしても光さんお風呂入ったの? シャンプーの匂いするし、乾ききってないのか髪も若干濡れてるよ?」


「うん。散歩で少し汗掻いたから、調理する前に清潔にね。まあ、少し急いでたからドライヤーが間に合わなかったけど、私は髪はあまり長くないから直ぐに乾くと思うよ」


 実際に光が髪を撫でると殆ど乾き切り始めているためにドライヤーは必要はないだろう。

 だが、千絵がその事を気に掛け。


「それでも光ちゃん。今はまだ朝は寒いから半乾きだと風邪惹くかもしれないから気を付けてね?」


「はーい。未来のお医者さんの千絵先生。今度から気を付けます」


 微笑ましい会話を終えて時間に余裕がないために調理に入る事となる。

 千絵は御影と優菜の方に体を向けて2人に尋ねる。


「それじゃあそろそろ準備に取り掛かろうか。けどまず先に、晴峰さんと池田さんはどれぐらいの料理スキルがあるのかな?」


 太陽たちの時と同様に事前に2人の料理の腕前を尋ねる千絵。

 最初に優菜が答える。


「ウチはまあまあ。出来ないとまではいかないけど。そこまで得意って訳じゃない」


 次に御影が答える。


「私は自慢じゃありませんが、料理の方は得意ですよ。私の家は両親共々忙しい身でしたので」


 信也と同じ理由で御影も料理の腕に自信がある様子。

 

「だったら役割分担を発表するね。私と晴峰さんは調理器具の準備。新田君はお米を炊いて。太陽君、光ちゃん、池田さんの3人は食材の下拵えを宜しく。それじゃあ、お願いね」


 千絵の指揮によって5人は動く。

 

 千絵の指示通りに使用する食材の下拵えを行う下拵えチームだが、

 添え物の御浸しに使うほうれん草のぶつ切りをする優菜が話題を出す。


「ねえ、そう言えば聞いてる? 今日の夜のレクリエーションのこと」


 レクリエーション? と分からず首を傾げる太陽。

 分からぬ太陽とは別に光が答える。


「それって外で行う肝試しのこと? なんか合宿のしおりでそんな事書いてたけど。その為に今日の練習は早くに終わるんだよね?」


 そう、と頷く優菜に太陽は呆れた顔をして。


「肝試しって……。おいおい、一応は強化合宿なのに、練習時間を削って遊んでてもいいのか?」


「一応今はGWだからね。やっぱり息抜きも必要なんでしょ」


 ここで優菜は眼を輝かして語る。


「それでそれでさ! 気づいているかは分からないけど。ウチらの陸上部って男女数が全く同じなんだよね。偶数になってるしさ。だから、肝試しの時は、はぶかれることなく、しっかりと男女で回るらしいよ」


 男女で肝試しとは、何とも心躍る行事なのだろうかと太陽は期待を膨らませる。

 

「って言ってもどうやってペアを決めるんだ? 事前に誰かとペアを組むとかだと、最後には余り同士っていう過酷な事があるから、くじ引きとか?」


「多分そうだと思うんだけどねー。ウチ的には太陽っちと組んでもいいんだけどさ」


優菜と太陽は良く一緒の合コンに参加することが多く。

 互いに気を知る中でもある為にフランクな関係を築いている。


「ふっ。俺の場合は沢山の女子から組んでくれって頼みが殺到するから、優菜の頼みであれどおいそれと組むことは―――――」


「いや、それはないでしょ太陽っち」


 即答で半笑いで返す優菜。


「それはないよ……」


 呆れて呟く光。


「ハハハッ。古坂さんナルシストだね~」


 陽気に笑いながら貶す御影。


「太陽君、素直にキモイよ?」


 氷の様に無表情の千絵。


「うるせぇえ! 冗談に決まってるだろ! 皆で一声に否定するんじゃねえ! 終いには泣くぞ!? てか泣いてるわもう!」


 思春期の男子故にモテ期を期待するらしいが、現実はこうである。

 女子全員に否定され涙目の太陽は逃げ出したくもなったが、この後の作業は滞りなく進み。




 朝食、午前の練習、昼食、午後の練習、夕食、入浴を済ませた後、湯で火照った体で部員+助っ人組の面々は肝試し会場に集合していた。

 

 現在いる場所は開けた広場で。

 先には深く茂る森への入り口があり、多分この入り口の先が肝試しのルートだと思われる。


 女主将が取り仕切るのか、全員の前に立ち。


「よーし。これから合宿のスケジュールの1つのオリエンテーションの肝試しを執り行う。喜べ恋に恋い焦がれる若人よ。今日の肝試しは完全な男女ペアだ!」


 おぉおお!と女子とペアを組める喜びの男子の雄叫び夜の森に響く。

 男子だけの異様な盛り上がりに女子たちは若干引き気味だが進める。


「ペアはくじ引きで決めさせてもらう。その方が公平でいいからな。この箱に紙が入っていて数字が書いてあるから。同じ数字がペアな。後、紙に数字じゃなくて『お』と書かれたのは脅かし役で除外だからな」


 用意されたのは赤い箱と青い箱。

 赤い箱には白い文字で『女』。青い箱には白い文字で『男』と書かれていた。

 それぞれの性別の箱を引き、その箱に入ってある紙の数字がペアになるようだ。

 そして『お』と書かれた紙は、肝試しの臨場感を上げる為の脅かし役の役者をする事になるらしい。


 余り物には福来るという諺を全否定するかの様な我先にとくじを引きに行く部員たち。主に男子。

 部員たちの盛り上がりに圧倒された太陽たちは後続でくじを引くらしく、後ろで待機する。


 待ち時間が暇だったのか、太陽たちと一緒に待つことにした御影が肝試しにまつわる話題を切り出す。


「肝試しといえば、漫画とかではかなりの確率で主人公とヒロインの人がペアを組んで、ドキドキと関係を深めていくまさにターニングポイントのイベントですが。私もこの肝試しでドキドキな体験できますかね?」


 それにどう答えろと? と対応に困る太陽だが。


「前から気になっていたが、晴峰はよく漫画を引き合いに出したりすけど、お前って漫画とか読んだりするのか?」


「はい読んでますが、おかしいですか?」


 聞き返す御影に太陽は首を振り。


「いや、別におかしくはないんだが。お前って陸上一辺倒に頑張って来たってイメージだから、あまり漫画とかの娯楽とかに興味がないと思っていたからさ、意外と思って」


「私だって別にこれまでの人生陸上だけに意識を向いていた訳ではございません。まあ、読み始めた切っ掛けは周りに話を合わせる為の物だったってのは否めませんが。それでも毎月漫画の最新刊を何冊も購入するぐらい漫画好きですよ」


 意外だなと内心に思う太陽。

 御影は三度の飯よりも陸上かと思っていたが、一般的な趣味を持っているらしい。


「晴峰さんが読む本のジャンルってなに?」


 千絵が御影に本のジャンルを尋ねると、そうですね……と御影は顎に手を当て。


「様々なジャンルを読みますが、お気に入りのジャンルは純愛物。少女漫画とかは思春期ながらもトキメキますね」


 御影の答えに千絵の眼が輝く。


「少女漫画読むの!? 奇遇だね、私も読むんだ少女漫画! やっぱりあれはいいよね~。乙女心を擽ると言うか、読んでて楽しいし。ヒロインを自分に置き換えて感情移入して、実際に男性ヒーローにされたみたいで胸がドキドキするよね!」


「そうなんですよね! 私は初恋もまだですから、漫画を読んでいる内になんだかした感じになってしまうぐらいにのめり込むと言いますか、私もこんな恋したい、って気になります!」


 同じ趣味同士の熱の籠った会話に圧倒された太陽は若干引きながら。


「前から思ってたが、千絵と晴峰って趣味嗜好が似通っているよな? 少女漫画を読むとか」


「何を言いますか古坂さん。年頃の女性の恋の参考書は少女漫画なんですよ。同じ趣味が居ても不思議ではありません」


「恋の参考書、ね……」


 苦笑しながら太陽は千絵の方に目線を向ける。

 その言葉は御影のみならず、昔に千絵にも言われた事を思い出す。


『少女漫画はね。誰にとっても参考書に成り得る物なの! だから太陽君はまず、この本を読破して女心を学んだ方が良いよ!』


 千絵に恋愛相談を持ち込んだ後に、千絵が大量の少女漫画を太陽に貸した事があり、上記の理由で貸し与えたのだが、実際の所は何も得られなかったのだが。

 光は漫画は好きだが、恋愛ジャンルは少し牽制気味だった所為か、同じジャンルの本を読む同士を見つけて心底嬉しそうな千絵に思わず微笑む太陽。

 

 そして趣味を語らう千絵と御影は同時に頷き合い。


「やっぱり漫画で一番に印象に残る場面ってあれだよね!」


「もし私と高見沢さんと同じ意見であるのなら、もしかしてあれですね!」


 千絵と御影は一斉に太陽の方に顔を向け、得意げに口にする。


「「太陽君(古坂さん)、髪に芋けんぴ付いてますよ!」」


「そんな少女漫画あって堪るか!?」

 

 太陽のツッコみが夜の森に響かせた後、


「おーい古坂。お前まだくじ引いてないだろ? さっさと引けよ」


 小鷹の呼びに太陽は分かったと返して、


「それじゃあ俺はそろそろ行くな」


 千絵と御影の手振りに見送られながら太陽もくじ箱の許に向かった。





 女子は男子程に乗り気ではないのか引くペースはゆっくりで、千絵と御影の番は回って来ていない。

 光の方は陸上時代に仲の良かった者たちに手を引かれて大分先にひき終わっていた。


「私が引いた数字は……8番か……。まあ、脅かし役じゃなくて良かったな。聞けば暗い所でペアが来るまで放置らしいし。私のペアは誰かな」


 参加人数は男女共に同じ数故、異性と必ず組む法則になっている。

 光は脅かし役を回避した為に誰かとペアを組んで夜の森の道を歩く事になる。

 

「なるべく見知った人がいいんだけど……よくよく思い返せば、私、男子で話せる相手っていなかったような……」

 

 そもそも陸上部に所属した期間も短かった為に気兼ねなく話せる異性はいなかった。

 今回参加した男子で見知った相手は新田信也と……元カレの古坂太陽のみ。

 

「(……当たり前だけど、太陽は私とペアなんて組みたくないだろうな……。当たり前だよね。私、太陽にヒドイ事したんだから……。そもそも、男子は沢山いるんだし、太陽とペアを組める可能性も殆どないよね)」


 くしゃ、と指で紙に皺を作る光にくじを引き終えた男子部員が歩み寄り。


「あ、あの……渡口さんは何番のくじを引いたんですか?」


 聞いてきた男子を筆頭に他の男子部員も光の答えを固唾を呑んで待つ。

 誰かとペアを組まないといけない肝試しに引いたくじを開示しないでは意味が無い。


「私が引いた数字は――――――」


 光が己が引いたくじを開いて見せようとした時、ある声が光の耳に入る。


「おい古坂は何番だったんだ?」


 古坂……つまりは太陽の数字を誰かが聞いている声。

 それに太陽は自分のくじを見て、


「俺が引いた数字は……8番・ ・、だな」


 その声に光はくじを開く手を止めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る