スポーツタオル

「驚きました。階段の上に運動場とかもあるなんて。しかも近くには市民プールも」


「そんな驚く事でもないだろ? 後、体育館に武道館、テニスコートもあるが、お前が使うのは運動場の方だな」

 

 長い石階段を昇り終えた太陽と御影、は暫し歩いて広々としたグラウンドに出る。

 野球で使用されるフェンスや点数盤はあるが、別に野球場ではなく、誰もが自由に使える運動場。

 

「ここを使う場合は許可が必要なんですか?」


「ここをイベントとかの大勢で使うなら必要だと思うが、個人の自主練程度なら許可はいらないだろ。まあ、夜とかで照明を使うんだったら必要かもな」


 なるほど、と頷く御影は周りを見渡す。


「うん。確かにここなら練習に最適かもしれませんね」


 御影はそう言うと着てきた上着を脱ぎ棄て、下に来ていたスポーツウェアに衣替え。


「お前、今から走るのか?」


「勿論です。折角来たんですから、少しは汗を掻きたいです。古坂さんも一緒に走りますか?」


「全国大会に出場する奴とずぶの素人が一緒に走れるかよ。俺は適当に見学させてもらうぜ」


 分かりましたと答えて御影は入念にストレッチをすると、自分の合図で走り出す。

 一人残された太陽は近くのベンチに寝転がり、懐から携帯を取り出し電源を入れる。

 時刻は6時を超えた頃。もう少ししたら学校の支度をする為に帰宅しないといけない。

 

 だが、彼女一人を置いて帰る事も出来ず、太陽は体を傾けベンチに横たわる。

 

「……流石に朝早く起きたから眠いな……」


 昨日の睡眠で、睡魔が完全に抜け切れてない太陽に気怠い衝動が襲う。

 うつらうつらと瞼が閉じたり開いたりして、そして瞼は閉じきる。


 視覚を閉じ、聴覚、触覚、嗅覚の情報が敏感に脳に届く。

 

 木々の枝を靡かせるさ爽やかな風の音。

 早朝で気温が昇りきらない肌を冷やす涼しさ。

 草木と土の匂い。

 

 そして、太陽を優しく包み込む柔らかい触感と、懐かしい匂い。


 太陽はそっと目を開く。

 自分がどれくらい瞼を閉じていたのか体感時間は分からない。

 浅い睡眠で短時間だというのは分かるが、数秒なのか、数分なのか、意識が朦朧としてハッキリわからなかった。

 

「……ん? なんだ、これ……」


 起き上がろうとした太陽は自分に何かが乗っている違和感を感じた。

 太陽はそれを手に取る。


「……タオル?」


 それは所謂スポーツタオルと呼ばれる細長いタオルだった。

 太陽が意識を途切らす直前に感じた柔らかな触感は、これが原因のようだ。

 それは分かった。だが、何故?と言う疑問は消えない。


「誰がこれを俺に……」


 太陽はタオルを片手に立ち上がり周りを見渡す。

 だが、運動場を走る御影以外の姿は何処にもなかった。

 なら、これを太陽に掛けた人物は明白だった。


 丁度御影も練習に区切りを付けたのか、太陽の許に戻ろうとしていた。


「ふぅ……。やっぱりいいですね、朝早くからの運動って。心が研ぎ澄まされると言いますか、こう、あっ私頑張っているなって気持ちになりますよ」


 ウェアの短い袖で汗を拭う御影。

 太陽は御影に握るタオルを見せ。


「あっ、晴峰。ありがとな、このタオル」


「え? なに言ってるんですか古坂さん。タオル?」


 訝し気な御影の反応に目を点にする太陽。


「いやいや。これ、お前のタオルじゃねえのか? 俺がここで寝てて、体を冷やさない為にお前がかけたんじゃ……」


「え? 古坂さん寝てたんですか? すみません、全然気づきませんでした。……ですが、それをかけたのは私じゃないですよ?」


 気恥ずかしさで嘘を吐いている可能性もある。

 だが、御影の表情は真面目で嘘を言っている様には見れなかった。

 

 太陽にタオルをかけたのは御影ではない……じゃあ、誰がこれを。

 再び太陽はタオルに視線を戻す。


 生地の絵柄は青色にスポーツメーカーのロゴがプリントされたシンプルなタオル。

 つまり特徴が全くないタオルの為に、これが誰のなのか分からない。

 何処かに名前が書いてないのかと隅々まで調べるが名無しの権兵衛だった。


「な、なぁ……晴峰? お前、走ってたんだよな? ここに誰か来た所を見たとかは……」


「ごめんなさい。私、練習をする時は周りが見えないと言いますか。あまり周りを気にしないので、誰かが来たのかは見ていません……」

 

 持参のタオルで汗を拭き取り、ジャージを羽織りながら御影は答える。

 御影が陸上となれば周りが見えなくなるのは一度目の当たりにしている為に信憑性は高い。

 だが、誰か違う者が来れば少しは気にするはずだが、御影の集中力は高いという事だ。


「(これが、晴峰こいつのじゃなければ誰のなんだ……。寝てたから気づかなかったし、晴峰も誰も見てないとなれば……)」


「……もしかして、幽霊?」


 ボソッと太陽が呟く。

 だが、その一言が御影の顔色を青ざめるのには十分だった様子。


「やっぱり墓地の近くで運動して憑りつかれたんじゃないですか!? もしかして、私の後ろにも!?」


 恐慌を来しながら背後霊的な物が憑いてないか振り返る御影。

 元凶の太陽はいやいやと手を強く振り。


「そんな訳ねえだろうが、冗談に決まってるだろ! 幽霊に憑りつかれるとか、そんな非科学的なことが!」


 宥める太陽に気が転倒している御影。

 二人の絶叫が早朝独特の静けさを払い飛ばし、周りに響き渡らす。


「(……幽霊なんているわけねえが……。なら、これは誰の……)」


 スンと太陽は一回鼻を鳴らす。

 懐かしき匂いが鼻を通り、ズキッと太陽の脳裏を過った一人の人物の後ろ姿。

 その姿は、これまでに太陽が嫌って程に見てきた人物。

 

「(……そんなわけ、ない……よな……)」


 タオルからの懐かしい匂いに一人の人物を上げる太陽だが、それはないと否定する。

 ポーチの件といい、タオルの件といい。

 今日は色々あるなと、太陽はタオルを握りしめて、未だに未確定な幽霊に怯える御影を宥めるのだった。

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