2章
昨日ぶりの再会
庭に植えてある草木の葉から朝露が垂れ落ち、まだ周囲の空気に薄白の霧がかかる早朝。
今日は平日の月曜日。
社会人、学生問わず憂鬱になる始まりの曜日。
いつもの太陽なら、月曜日は特に朝に弱いのだが、何故か今日は早くに目を覚ましていた。
しかも寝付けなくて起床したのではなくて、目覚めも良く眼が冴えている。
昨日に色々と心のモヤモヤを吐き出したからかは分からないが、珍しく早起きした太陽は、自室の鏡で自分と睨めっこをしていた。
睨めっこは比喩であり、正確に言うのであれば、自らの容姿、主に髪型を弄っていた。
勘違いから来る事故とは言え、太陽にとって思いがけない相手と再会した。
太陽もそれまで忘れていて、相手も太陽の容姿の変化から気づいてないが、太陽と彼女、晴峰御影は出会った。
そして、彼女と話している内に、太陽は今まで自分が歩んだ道が正しかったのか内心問答をした。
今まで陸上で負けた事がなかった御影だが、中学最後の大会で光に僅差で敗退してしまい。
幼少の頃から好きだった幼馴染であり、最愛の彼女だった光に最悪の裏切りをされた太陽。
全然違う事ではあるが、二人は深い傷を負った。
御影は小さい頃から頑張って来た陸上を辞める寸前までいき、太陽も一時期部屋に引きこもるまでになった。
だが、二人の相違する点を挙げるのであれば、太陽は未だに失恋の傷から目を背けてるが、御影はその傷から真正面から向き合い、新しい一歩を踏み出していた。
最初は偉大な陸上選手の母親に強要されたとはいえ、長い年月から心に芽生えた陸上を好きだという気持ち。
だから、大好きな陸上で負けっぱなしは嫌だと、いつか自分に泥を塗った相手にリベンジをするのだと誓い、日本の都市の東京から、ライバルの近くに居たいという理由でこんな田舎まで引っ越して来たと言うのだから、彼女は本当に前進していると言えるだろう。
その一方で、太陽は本当に前に進めているのだろうか?
振られたショックで部屋に引きこもり、傷心を紛らわす為に、過去の自分を忘れ去りたいという気持ちから黒髪を金髪に染め、憧れはあっても怖くて出来なかったピアスまでも入れた。
客観的に太陽は良くも悪くも前に進んでいるのだろうと感じる。
だが、これは本当は前に進んでいるのではなくて、ただ逃げているのでは? と太陽は御影との会話でその疑問に直面した。
振られたのであれば、相手が嫌いだった恰好になってとことん嫌われた方が楽だと思った。
早く新しい出会いを求めて、無理やりと慣れない陽気な性格を演じて好かれようと努力をした。
だが、それらをした所で太陽の心は晴れる事はなく、逆に次第に曇が掛かり、結果は振るわなかった。
目の前の未来を見て、自分がやるべきことを確立している御影と。
未だに失恋に髪を引かれ、自分がするべき事から逃げてる太陽。
近い苦しみを味わっても、人間一人一人考え方が違うように、歩むスピードも違う。
太陽は眩しく光る御影を見て、自分は全く成長していないと突き付けられた様に、鏡に映る似合ってないと自覚する自らの姿を見て自嘲する。
「ほんと……俺ってダサいな」
* * *
起床が早かったから太陽はいつもより早めに家を出た。
今日は
その最中、太陽はふと考える。
「(そういえば、自分で言ったとはいえ、やっぱりどの学校に転校して来るのか聞いとけばよかったな。あいつ、何処に転校して来るんだろう?)」
あいつ、それは、先日川辺で出会った女性、晴峰御影を指す。
彼女との別れ際に、御影が自分が転校する学校を言おうとしたのだが、太陽は恰好付けて、それは今後のお楽しみってことでと聞かず仕舞いに終わらせてしまった。
あの時は太陽はノリであぁは言ったが、振り返り若干後悔する。
太陽の住まう地域には公立高校が3つと私立が1つ。
太陽自身、転校の経験も無く、特に気にした事がない所為で転校のシステムをイマイチ把握してないが、御影が転校する可能性があるとすればこの4つの学校のどれかである。
太陽が通う進学校の他は、女子生徒が少なく、殆ど男子校と呼んでも過言ではない工業高校。
伝統的に歴史もあり、男子生徒と女子生徒の比率も釣り合っている農業高校。
他県から様々な有力選手を取り入れたスポーツ科もある私立の高校。
太陽の学校も彼女が所属する予定であろう陸上部はそこそこ強いが、スポーツに力を入れている私立と比べると魅力は薄いだろう。
全国大会優勝経験を保有する光も、何度かここへの進学を打診されたが、千絵や他の友達が行くという理由で断り、進学校の方へと受験した。
「(あいつは後の世界大会に出場する有力候補の選手だしな。どこの学校も喉から手が出るほどに欲しい人材だろうから、多分、私立の学校に行くか)」
御影の高校での1年間の功績を知らない太陽だが、全国トップレベルの選手であれば、設備も揃っているであろう高校に通うメリットは高い。
「(まっ、ここは狭いし、街歩いてればまた出会うだろうな。その時は、残念だったなって笑えばいいか)」
そう考えてる内に太陽は学校に到着していた。
先月まで満開に咲いていた桜も完全に散り終え、枝のみが残る侘しい正門。
ここを潜れば再び無意味に過ごす1週間が始まってしまう。
太陽は別に良い大学に進学とかは考えていない。
太陽は普通に勉強をして、適当な大学に入って、卒業して、適当な企業に就職をする。
千絵の様に医者を目指すとかの夢は無く、そもそもこの学校を受験したのも、元カノや親友たちが受験すると言い、置いて行かれたくなくて必死に勉強したに過ぎない。
受かった後、現在は特にやる気を見いだせる物は無く、故に、太陽は学校を楽しい場所だとあまり認識していない。
無意味に過ごすほど、虚しい事はない。
そうネガティブに考えるほど太陽に踏み出そうとする足は重く感じ、目の前まで来て学校に行くことが嫌になってしまう。
「(今日は学校サボっちまうか……)」
進学校での一日の遅れは大きな差を広げるが、モチベーションを見いだせない太陽にとって、それはどうでもいいことだった。
太陽が踵を返して、学校から遠ざかろうとすると—————思いがけない声が彼を呼び止めた。
「あれ? その見覚えのある後ろ姿は、古坂さん! 古坂さんですよね!? 古坂さんもこの学校だったんですか!」
自身の名を三度呼ばれた太陽は、身を跳ねた後に振り返る。
太陽の後方からこちらに手を振りながら、先日のスポーツウェアとは違う、制服に黒のブレザーにチェック柄のスカートを身に纏って走って来る—————晴峰御影がそこにいた。
学校指定の鞄とは別にスポーツ道具が入っているのかスポーツバックを肩に掛けており。
彼女は太陽の姿が見えると全力で近づいて来るも、流石スポーツ選手か短いとは言え、全力疾走をしても尚、息一つ切らしていなかった。
そして彼女が太陽の眼前まで近づくと、朝一の笑顔を向け。
「良かった。古坂さんはこの学校に通ってたんですね! 私も今日からここに通うんです。これから同級生として宜しくお願いします、古坂さん!」
笑顔で言葉を発する御影に対し、太陽は目を瞬かせるだけで口を閉ざしていた。
「どうしましたか、古坂さん? もしかして、古坂さんはこの鹿原高校じゃなかった……って、事はないですよね? 貰った資料に載っていた男子生徒の制服を着てますし……」
奇跡の再会……かは定かではないが、思いがけないであろう再会に太陽の思考は停止しているだけ。
そんな事を知るはずもない御影は再会の笑顔から怪訝な表情へと変えて小首を傾げていた。
そして時が少し経ち、太陽はそっと口を開いた。
「……高校間違ってないか?」
「――――――ええ?」
何故彼女がこの学校にしたのか、当たり前だが、太陽は知らない。
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