第0話 あったかもしれない世界線(お姉様って、誰? )

 私はその金髪緋眼の女性のことを"お姉様"と呼んでいた。


 そして私と"お姉様"は巨大な3つ首龍の脇を一緒に走り抜けていた。


 群青の鱗に包まれた、全長25メートルはあろうかという巨躯。3つの首にはそれぞれ赤・緑・黄の瞳が宝石のように輝いている。


 それが魔獣だということを私はなぜか知っていた。魔獣なんて実際に見たことなんてないはずなのに。


 そして、私と"お姉様"は魔獣の討伐の任務を与えられて、一般市民の避難の完了した街区でたった2人で魔獣に挑んでいた。通常、魔獣討伐には戦闘系魔法少女専門育成校の卒業生が10人がかりで対処にあたる。普通に考えると2人でこのサイズの魔獣を討伐することは無謀に近い。でも、なぜか私には「大丈夫」という確信があった。


 体格・魔力量の違いからくる身体強化の差から私は徐々に"お姉様"に着いていけなくなる。


 まずいな。そう思った時には私の口は勝手に詠唱していた。


「術式発動:対象選択『体』『標的』/メーター『身体能力』=≪強化≫」


 次の瞬間、私の体を濃い紫色のオーラが包み、私の身体能力はあれほどの巨体を持つ"魔獣"よりも相対的に・・・・上回る。その脚力で前方を走っていたお姉様を一気に追い越し、アスファルトを強く蹴ってジャンプ。魔獣の上空に躍り出る。そして。


「術式多重発動:対象選択『剣』『鱗』/メーター『硬度』=≪強化≫/雷撃/対象選択『雷撃』『∞』メーター『ボルト』=≪強化≫」


 魔獣の真上を呪力に任せて落下しつつ、私は腰から引き抜いた細身の剣に魔力を込めつつ構える。


 普通ならあれだけ巨大な魔獣の首を傷つけられるような代物じゃない。でも、相対的に・・・・引き上げられた高度に加え、計測不能な値まで引き上げた雷撃を纏った刃、更にそれを振るう私の引き上げられた身体能力が重なった時、3つ首龍など敵ではなかった。


 私が地上へと着地するのと同時に私の背後で3つ首龍の2つの首が大量の血をまき散らしながら鈍い音を立てて地面に落ちる。


 ふぅ。ここまでやれば後は……。そう、私が気を抜いた瞬間だった。


 激高した魔獣が唯一残された首から火炎を放射してくる。その火炎が無防備な私に直撃―――することはなかった。


「術式発動:≪反射≫」


 詠唱と同時に"お姉様"が私と魔獣の間に滑り込む。すると魔獣の火炎放射は物理法則や大きさを全て無視して跳ね返される・・・・・・


 自分の火炎放射の熱に苦しむ魔獣を横目で見ながら


「まったく。白雪は戦闘中に気を抜く癖が抜けないわね」


とお小言を言ってくるお姉様。


「それはお姉様が私のことを守ってくれるって信じてるからですよ」


「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。と、まあそんな与太話してないでそろそろフィニッシュと行きましょうか。行くわよ、白雪」


「はい」


 "お姉様"の掛け声で私は"お姉様"が魔獣に向かって突き出した右手に私の左手を重ね合わせる。


「「術式多層発動≪反射≫/対象選択『術式』『∞』・メーター『???』=≪強化≫」」


 私と"お姉様"の声を重ね合わせた詠唱。それによって"お姉様"の固有魔法が強化され、『反射』の固有魔法を実体化した無数の魔法の鏡が魔獣を取り囲む。


 "お姉様"の固有魔法の『反射』はあくまであらゆる物質やエネルギーを跳ね返す魔法だから、それ自体に攻撃性はない。でも、私の『強化』は『反射』の持っている概念を極限まで『高める』ことによってその概念奥底にある力を引き出す。次の瞬間。


 魔獣の姿を無数の鏡に映し出している鏡から一瞬にして魔獣の姿が消える。魔法の鏡に映っている事象の現実との乖離。その場合、現実世界にもそれが"反射"される。


 魔法の鏡が映す事象を自在に操り、それを現実世界に転写する。それが私と"お姉様"で辿り着いた『反射』の極限の1つだった。


 次の瞬間、魔獣の実態自体も跡形無く消えていた。


 それを確かめると私と"お姉様"は大げさにハイタッチ。


「今日も完ぺきな連携だったわね、白雪。さすが私の自慢の妹ね」


 そう言って"お姉様"が少し乱雑に私の頭を撫でてくる。見た目はお嬢様然としているのに、人をほめたりするところは少しがさつで、でも、そんな"お姉様"に撫でられるのが私は好きだっ……た?






 ガタン!


「いったぁ! 」


 ベッドから盛大に転げ落ちて私は絶叫を上げる。そこで私は完全に覚醒し、夢は途切れる。


「これはこれは。もう16歳だっていうのに派手な寝相だこと」


 にやにやしながら床に転落した惨めな私を覗き込んでくるのは友人のあかりだった。


「で、なんの夢見てたの? 随分ご機嫌そうだったじゃん」


「それがね……」


 思い出そうとしてはっとする。


 さっきまではっきりと夢を見ていた。そのことは覚えている。なのに、その具体的内容が一切思い出せない。ただ……。


 背筋の悪寒が走り、私は体を縮こまらせる。


「ごめん、さっきまではっきりと見えていたはずなのに思い出せないや。でも……多分、すぐに忘れたいくらいの怖い夢だったんだと思う」



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