ミッション1 事務局へ向かえ

1ー1事務局のアポイント

 事務局。その局員棟のガラス張りエレベータは自分1人を乗せて黙々と上昇を続けていた。一般受付棟のエレベータよりゆったり稼働しているように感じるのは、局員の気持ちの表れだろうか。ここから見えるメトロシティの景色を堪能するためだろうか。伊野田は1人夕暮れのメトロシティを見下ろしていた。ちょうど、都市が昼の顔から夜の顔へ変貌していくタイミングで、所々からネオンの光が溢れ始めていくのが一望できる。その変化を全て見終わる前にフロアへの扉が開いた。


 局員棟は、一般受付棟とは造りも雰囲気も変えて設計されていた。どことなく青みがかった照明の内装は、この職種の者が好む系統らしい。遠方のテグストルパールクを始め各地に置いてある支部ですら似たような雰囲気にしているのだから、とんだ徹底ぶりである。

 伊野田は足音を吸収するカーペットの上を静かに歩いた。すぐそこにオフィスがあり、人がいるはずなのだが恐ろしいほど静かなのだ。その静けさを邪魔しないように、コンクリートの壁が続くフロアをゆっくり進んだ。


 オートマタ関連の仕事をしてる割には、彼が事務局を訪れることは滅多にない。先ほどの瓦礫区域での仕事は、事務局を通じて彼に依頼されたものだ。普段なら彼の目付役である琴平という男を介しているのだが、自宅謹慎をしているため伊野田に直接依頼があったのだ。

 今日はその琴平に指示されて事務局に足を運んだのだが、局員らに歓迎されるとは思っていなくとも、受付での対応は想像していたより冷ややかに感じた。


 受付で提示したのは琴平のIDだ。自分のものでは無い。存在が曖昧な自分に正式なIDなどない。”伊野田”という名前すらビール瓶に貼られたラベルと一緒で、剥がせばわからなくなる。

 受付にいたのはオートマタだった。頭上に円環を浮かべ、一切まばたきをしない。伊野田は受付に向かうまでに、その機体が見せるしぐさや動作を”感じ取った”。こちらに気づき顔を上げるタイミング、微笑みを投げかける動作、それにかかる秒数…。


 それらが”行われる前”に無意識の奥で察知し、その通り行われた動作を確認し安堵する。機体の奥には人間がいた。伊野田に気づいて不思議そうな視線を向けたのは、彼がひとりで訪れるのが初めてだったからだろうか。目付け役である琴平の姿が見えないことに怪訝な顔をして見せた。


 ひょっとしたらオートマタの生体素材である伊野田に対して、”どうして素材なんかが事務局にいるのか”と思ったのかもしれない。…という自分の馬鹿げた想像力に呆れ、伊野田は笑みをこぼしそうになった。結局オートマタでなく、人間の方に「琴平の指示で訪ねた」と説明することになった。確認が取れるまで少し待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る