126.寄りかかってたのはどっち?
風呂に入って一緒の布団に入る。こんなに密着して過ごした皇帝は過去にいない。転がり込んできたエリュを、シェンは親のように世話をするつもりで受け入れた。だが実際はどうだろう。
エリュは幼いながらも、己の領域を築き始めている。他種族との交流、メレディスの受け入れ、侍女達との距離感。すべてが人の上に立つ存在としての、自覚を滲ませていた。
シェンは苦笑する。隣で寝息を立てるエリュは、もう立派な皇帝だ。魔力の量が少なく魔法が使えなくても、特別な力を持たなくても。人の痛みを感じて守ることを知っている。守られる立場の不自由さも理解した。
「寄りかかってたのは、僕の方かな」
眠る前に強請られて繋いだ右手を見つめる。じわりと温もりが伝わった。蛇神の冷たい手や醜い鱗だらけの姿も、エリュは笑顔で受け入れる。この子に何かを足す必要はない。僕より完璧だね。
ベリアルに指摘されたのは、過去の事象にこだわる僕の痛みだった。もっと早く吐き出すべきなのに、大切に抱え込む。傷を治さず腐らせる行為だ。
シェンの悩みを知らず、幼女はすやすやと眠る。虹色がかったアドラメレクの銀髪と、フルーレティにそっくりな顔立ち、彼女が持っていた色を変える瞳。手を伸ばして、柔らかな髪の先を掴んだ。
綺麗だな……そう思いながら手を離す。途端にぱちりと目が開いた。暗い部屋に染まった瞳は、紺色に見える。何度か瞬いた後、ほわりとエリュの表情が和らいだ。
「シェン、いなくならないでね」
「うん」
頷きながら涙が溢れた。この子は僕が距離を置こうとしたのを察している。握りしめた手は、僕が逃げないように繋ぐ鎖だった。その拘束を嬉しいと思うなんて。
「大好き……」
半分寝ていたのか、また深く息を吐いて目を閉じた。ああ、やられた。完全に捕まったね。僕はもうエリュから逃げられない。ミランダの血筋を守るのは、魔族を滅ぼした僕の罪滅ぼしだと思ってきた。でも今日からは意味が違う。
僕を救った幼いエリュのために。彼女の子孫が末長く幸せを享受できるように、神として身を粉にして尽くそう。罪滅ぼしなんて後ろ向きな理由じゃなく、愛し子の末裔を守る覚悟ができた。
「僕も大好きだよ、ずっと一緒にいようね」
出会った時にエリュが口にした「ずっと一緒」が、ようやく僕の願いと重なった。そう呟いてシェンも目を閉じる。同じ夢が見られたらいいな。そう願うなんて、神としてあり得ないけど。
大切な幼子と繋いだ手が温かくて、嬉しくて。きっと同じ夢を見ると確信して、意識を散らしていく。明日目覚めたら、挨拶をして、久しぶりに空の散歩を提案しようか。初めての時みたいに、喜んでくれるかな。
リンカやナイジェルも誘って。その時はエリュの輝く笑顔が見たかった。
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