122.醜い打算がよぎった

 皇族を増やしたことで、未来のエリュの負担を減らせた。友人の忘れ形見を守るシェンは、己の罪を思い出す。平和な状況になると、必ず浮かんできてシェンを苦しめた。


 だから眠ったままでいたかった。目覚めたくない。幸せだった夢の中で、微睡んでいたいと願った。それがどれほど罪深く、傲慢なことか知りながら。


「シェンの様子がおかしいよな」


「何か悩んでいるように見える」


 ナイジェルとリンカが心配そうに呟く。その足元で寝転がるエリュは、抱っこしたぬいぐるみの手足をぐいぐいと引っ張った。乱暴に振り回して放り投げる。


「聞いてくる」


「待って、こういう話は慎重に」


「そうだ。もしかしたらシェンを傷つける」


 慌てる二人をエリュは睨んだ。きゅっと尖らせた唇が、思いがけない言葉を吐き出す。


「シェンは私の話を聞いてくれる。だから今度は私が聞くの! 神様だけど、シェンは家族だもん。相談して欲しい」


 ぐすっと鼻を啜り、涙目でそう言い切った。その覚悟に、二人は顔を見合わせてから笑った。そうだ、家族なら相談するのが当たり前で。エリュは何も考えずに軽い気持ちで決めたわけではない。ならば応援するのが友人の役割だった。


「エリュ様は立派ね」


 机の上に運んできた果物の籠を置きながら、メレディスが口を挟んだ。


「聞き出すなら、皆で行くといいわ。あの方はきっと、エリュ様に弱みを見せられないから」


 皆で押し切っちゃいなさい。そう言って背中を軽く叩く。メレディスの穏やかな口振りに、3人は仲良く手を繋いだ。自室にいるはずのシェンを迎えに行って、リビングで一緒に話そう。寝転がって、思い思いの姿で相談を聞きたかった。たとえ解決できないとしても、気持ちが軽くなるなら価値がある。


「シェン、リビング来て」


 エリュが扉を開けて声をかける。二人の自室になっている部屋は、昼間なのに薄暗かった。カーテンが閉まっているのだ。


「ん? どうしたの」


 いつもと同じ声を装いながら、シェンはベッドから飛び降りる。怠惰に寝転がっていたように見えるが、その顔色は悪かった。


「お話ししたいことがあるの」


 そう言われたらシェンが断れない。知りつつ選んだセリフに、案の定シェンは頷いた。


「わかった。行こう」


 リンカとナイジェルの間に、手を繋いだエリュとシェンが挟まる。微笑ましい光景なのに、この後の相談を知るなら連行にも見えた。リビングに入るなり、リンカが遮音と閉鎖の魔法を使う。


「え? なに! どうしたの」


 すぐにも破れるくせに、驚いた顔でシェンは答えを待った。魔法を破ろうとする気配はない。こてりと首を傾げたエリュが、シェンの目を覗き込んだ。赤い美しい瞳が瞬く。


「シェン、何か隠してるでしょ。教えて」


「っ!」


 息を飲んで強張ったシェンは、己の失敗に気づいた。この時期になると落ち込む。その姿を彼や彼女に見せてはいけなかった。以前はシェンも遠慮して聞かなかったが、距離が縮まっている。尋ねられる前に、表面を装うか。理由をつけて距離をおくべきだった。


 手遅れなのに、溜め息をついたシェンは3人の表情に唇を噛み締める。隠しきれないなら、話してしまおうか。これ以上近づいて、エリュから離れられなくなる前に。全部話して嫌われてしまえば……楽になれる。醜い打算がよぎった。

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