116.空を見て崖を見落とす愚者
アンバーの心配は、現在の生活が脅かされること。結婚が決まって嬉しそうな娘の表情を曇らせないこと。ベリアルに話を聞いて、シェンは穏やかな口調で切り捨てた。
「使えない駒は要らない」
あっさりとルチルを捨てる決断をした。簡単な話だ。言うことを聞かない駒を手元に置けば、足元を掬われるだけ。だがベリアルの懸念は他にあった。
「ですが、もしラスカートン伯爵家に彼が引き取られ、子を成したとしたら」
「分かってる、僕に任せてよ。これでも皇族の守護神だよ?」
ふふっと笑うシェンの表情は、幼女の姿に似合わぬ腹黒さが滲んでいた。十数世代に渡り、魔族を守護した蛇神は裏を知り尽くしている。シェーシャは魔族の守護神と呼ばれてきたが、実際は違う。一度魔族を滅ぼしかけた敵でもあった。
初代皇帝を気に入り子孫を見守る気になったから、守護している。皇族の血を繋いで、魔族を生きながらえさせることは、シェンにとって副産物だった。エリュが幸せになれない国なら、魔族など滅ぼせばいい。物騒な意見を飲み込み、表面上は穏やかに振る舞った。
「もしルチルがラスカートン伯爵のところへ行くなら、行かせていい。一切の妨害を禁じる」
「っ! シェン様?!」
「僕はね、甘くないよ。ラスカートンの後釜を選んでおいて」
皇帝エウリュアレに弓引く存在を生かす気はない。言い切ったシェンは、ふっといつもの穏やかさを纏った。
「ベリアルは知らない方がいい。後で教えてあげるから」
手を汚すのは僕の仕事だよ。そう言い切った蛇神に、本能的な恐怖を感じた。先ほどと違い、穏やかな笑みを浮かべているのに。目の前の幼女がひどく恐ろしい存在に思えた。
「畏まりました」
「アンバー達の様子はどう?」
「離宮での暮らしに満足しており、結婚も含め不満はない様子です」
「ご苦労様、そのまま管理して」
監視ではない。管理しろと命じたシェンは、窓の外へ目を向けた。そろそろエリュのところへ帰らないと、心配させるね。結婚式を早めるけど、ルチルは除外しておく? 結婚してから裏切られると、公爵家が巻き添えになる。動くなら早くしてもらおう。
悪巧みをさせたら右に出る者はいない。長寿ゆえの先読みと、神ゆえの残虐性を浮かべて、シェンは笑った。嫌な予感の正体が早くに判明したことで、シェンの足取りは軽い。
青宮殿で、リンカやナイジェルと寛ぐエリュに飛びつき、声を上げてはしゃぐ。お茶の時間に用意された、エリュのプリンは会心の出来だった。初回の酷さが嘘のようだ。
「このプリン、何度目だっけ」
「うんとね、5回目!」
「一番上手にできてるよ、メレディスもそう思うでしょ?」
「もちろん、完璧だったわ」
明るく振る舞うシェンへの違和感を、リンカとメレディスは感じ取っていた。それでも顔を見合わせ首を横に振る。指摘してはいけない。その判断は正しかったのか、間違っているのか。判断するのは未来の彼らだった。
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