113.秘密は必ず漏れるもの
離宮の前で合流したベリアルが、先に事情を説明してくれていた。お陰で、突然現れたエリュにも笑顔で対応する余裕ができる。新たな皇族として認められるのは、公爵家との結婚後になるが、もう時間の問題だった。
「エウリュアレです。エリュと呼んでください」
笑顔で頭を下げた銀髪の幼女を、アンバーの家族は暖かく迎えた。付き合いのある親戚が少ないこともあり、知らない土地で心細かったのだろう。先祖が繋がっていると聞いて、親近感を抱いた。
「エリュ様、こちらへどうぞ」
アンバーがそう言ってクッションを椅子に置く。用意された場所に駆け寄り、嬉しそうに腰掛けた。
「あのね、エリュって呼んで」
それぞれの自己紹介が終わる頃には、すっかり打ち解けた。先ほどの悪い印象はなんだったのか。シェンが拍子抜けするほど、顔合わせは順調だ。
「私達、もうすぐ結婚するんですよ」
婚約が調う話をするアゲートに、エリュが手を叩いて喜ぶ。
「本当? お祝いしなくちゃ! シェンは知ってたの」
「うん。知ってたから、今日エリュを連れてきたんだ」
ジェードの隣に座った僕は、向かい側でアンバーに甘えるエリュに頷く。近しい叔母に懐く姪のようで、手を繋いだ姿は微笑ましかった。
「アゲートも、みんな結婚するの? いっぱいいい人がいたんだね」
何も知らないエリュは、無邪気に彼らの結婚を祝う。嬉しいと全身で訴えた。彼や彼女らも悪意を持つことなく、エリュの銀髪を褒め、虹色に変わる瞳の不思議さに目を細めた。
「シェン様、よかったですね」
ベリアルの柔らかい表情に、シェンも大きく頷く。
「相性ってあるからね、ほっとした」
明日はリリンの付き添いで、リンカやナイジェルも会わせる。その話をしていた時、突然の来客が告げられた。公爵家の誰かか? 婚約者である公爵家の者ならば、この離宮へ赴く理由がある。しかし告げられたのは、思わぬ名前だった。
「いえ、ラスカートン伯爵でいらっしゃいます」
侍従の言葉に、シェンは眉を寄せた。ラスカートンは、国境付近に領地を持つ武力に長けた一族だ。ここに来る理由も、訪ねてくる関係も思いつかなかった。
「あ、ラスカートン伯爵様ならお世話になったのです」
そう口にしたのはアンバーだった。彼女曰く、逃げる際に助けてもらったらしい。山奥の家は、確かにランカートン伯爵領の一部だ。領主としての繋がりか。ベリアルがぼそりと呟いた。
「厄介ですね」
「どこから話が漏れたか、調べておいて」
シェンの指示にベリアルが溜め息を吐いた。すべてが上手く回っていると思ったのに、どこかで小さな歯車の狂いが生じる。政や外交によくあることだが、あまり歓迎できる状況ではなかった。
「お通ししていいかしら」
不安そうなアンバーに、シェンは笑顔を見せて立ち上がった。
「エリュは帰ろう。後は頼んだよ、ベリアル」
短距離で転移を使い、エリュの手を掴むと一瞬で姿を消す。ここに皇帝陛下がいた痕跡を残さぬよう、ベリアルに命じた。これで誤魔化されてくれるならいいけど。嫌な予感が再び頭を擡げるのを感じ、シェンは対策を練り始めた。
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