90.買ったけど借りた感じ

 本物志向の竜族が作り上げ、遺したという本屋は不思議な空間だった。この空間を作る魔力は、すでに死した者の残留物だ。いつ消えてもおかしくないのに、不思議と安定していた。


「ここは不思議だな」


「ええ、この本屋の空間は来店した者の魔力を利用して、保たれているそうです」


 現在の管理者は、ある魔族の青年だという。若く見えるが吸血種のため長寿で、ベリアルがこの店を知った頃から運営しているとか。本はこの店から持ち出しても、数年経つと戻ってくる。本自体を購入するというより、借りる感覚に近かった。


 この空間に本が紐付けられているのか。一冊手に取り、シェンはなるほどと納得した。隣でエリュがぴょんぴょん飛び跳ねている。


「あれ、あれが見たい」


 指差す先の本を、ベリアルが手元に引き寄せる。手が届かない位置の本を魔法で取り寄せ、エリュの前で開いた。宝石類の謂れや硬度など、さまざまな知識が書かれている。宝石を巡って起きた事件も記されており、シェンも興味を持った。


「へぇ、これ面白そう」


「私が読んだらシェンも読む?」


「そうだね」


 一緒に読もうと約束して、その本を小脇に抱える。硬いハードカバーの本だが、なんと表紙の板が水晶で出来ていた。エリュが本に気づいたのも、きらきらと光を反射するためらしい。


「お店の水晶と同じ」


「本当だ、これは加工が大変そう」


 ただ硬いだけでは本の背表紙が割れてしまう。魔法で細い刻み目を作り、折り曲げても割れないよう工夫されていた。それ以外にも仕掛けがありそうだ。


「俺はこれがいい」


 世界中の剣技を集めた本と、各国の英雄譚を簡単に説明する本。ナイジェルが選んだのは、どちらも辞書並みの厚さを誇る本だった。


「あとで試してみたい」


 リンカも気に入った本を持ってきた。魔法に関しての本らしい。表面に魔法陣の絵が描かれ、古代語で「精霊と魔法の共存について」と記されていた。


「リンカは古代語読めるの?」


「片言だけど、辞書があるからなんとか」


 解読すると意気込む彼女に、協力するよと笑ったシェンは全く別分野の一冊を手に取った。


「シェン様のそれは……」


「ああ、神話の今昔が纏められてるみたいで、ちょっとね」


 蛇神であるシェンが、神話を読む。不思議な感じだが、歴史書を読むくらいの感覚なのだろう。ベリアル自身も数冊を選んでいた。


「どうしてもここへ来ると、本が欲しくなるんです」


 苦笑いするベリアルは、経済の仕組みの専門書や、部下を上手に操る方法を示唆する指南書を抱えている。そんな苦労性の仕事中毒のベリアルに、シェンはにっこりと笑った。


「うん、後で僕が相談に乗ってあげるから。その一番上の本は買わなくていいと思うよ」


 人付き合いのノウハウを本棚に戻させ、全員まとめてお会計をした。びっくりするくらい安いのは、きっと本が戻ってきてしまうシステムのせい。読み終えたら戻ってしまうなら、妥当な額なのかもしれない。


 貴重な本が多くの人の目に触れる。そう考えたら、効率的なシステムのような気がした。

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