80.ご先祖様は英雄ではなかった?
ゲヘナ国初代皇帝アンドレア・ミランダル・アルスターは、皇帝の中で唯一ゲヘナの名を持たない。様々な推測がされてきた。ゲヘナの響きが名前とバランスが悪かった、または皇帝であっても国とは独立した存在であると示した、など。
いろいろ言われて、解けない謎として残っている。そう聞いたシェンはこてんと首を傾けた。過去の皇帝達から、そんな相談も話も聞いたことがない。聞いてくれたら、すぐにでも解決してあげたのに。
「アンドレアは女性だって言ったでしょ? で、実はミドルネームのミランダルも、元はミランダだった。これ以上親にもらった名前を弄りたくないんだってさ」
シェンにとっては懐かしい思い出だった。アンドレアという響きはファーストネームで認識されているが、彼女の一族ではファミリーネームが先頭だ。
「ということは、ミランダが個人名?」
オネエ様が尋ねると、シェンは大きく頷いた。
「出会った頃はアルスターもなかったんだよ。今の読み方に直すと、ミランダ・アンドレアだね」
ミランダがミランダルになったのは、男性と誤認した後世の人々の口伝えで、名前が変わったからだ。アルスターは、蛇神であるシェンのために付け加えられた称号の一種だ。目印でもある。その響きを名付けられた存在は、蛇神の加護を受けると言われてきた。
「その言い伝え、たぶん最近のものだね。僕は血の匂いで見分けてるから。名前は関係ないよ」
当時から生きている当事者の話は身も蓋もなくて、聞きながらリリンは顔を引き攣らせた。オネエ様のメレディスは目を輝かせ、リンカやナイジェルは「あるある」と頷く。どの王家でも、いつの間にか言い伝えが増えたり変わっていた。その点では同意しかない。
「エリュのずっと上のおばあちゃん?」
「そうだよ、聞いたことない?」
「まだエリュ様にはお話ししていません」
リリンが言いづらそうに口にする。何やら事情がありそうだ。ここで問い詰めても仕方ないし、リリンの表情からベリアルが絡んでいると判断した。
「気になるなら、今度話してあげるね」
「うん!」
直接繋がる先祖の話、それも劇になる英雄譚となれば、エリュだけでなくリンカやナイジェルも興味深々だった。
「劇と違う場所を教えてもらえる?」
メレディスの言葉にリリンが乗る。
「男装の麗人、つまり性別は違っていましたわね」
シェンはうーんと唸って劇を思い出す。違う場所と言われたら、あらすじ以外の詳細はほぼ違う。
「一番違うのは戦った理由かな」
思わぬ話に、リリンも身を乗り出す。メレディスは、音がしそうな長い睫毛でぱちりと瞬いた。全員の視線が集まる中、この話はしなければ良かった、とシェンは後悔する。期待されてるけど、どちらかと言えば幻滅される内容だった。
「ミランダはね、誰かを助けるために戦ったことはないんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます