62.釣れた前祝いにお茶会を

「獣が罠にかかりました」


 隠語にならない言い回しを使うベリアルに、欠伸をしながら首を傾げる。


「僕は釣りのつもりだったよ」


「どちらでもいいですが、動きますか?」


 自ら動くか、ベリアル達に任せるか。決断を迫る宰相に肩を竦めて立ち上がった。罠や釣り針にかかった愚かな獲物の名前も知らずに決める気はない。シェンは部屋の中をぐるりと歩いて、ベリアルの前でぴたりと足を止めた。部屋の入り口近くに立ったまま座らなかった男を見上げ、にっこり笑う。


「うん、僕が直接手を下す価値はないと思うけど、痛い目を見せてやりたいんだよね」


 矛盾した答えに聞こえるが、ベリアルは真意を掴んだらしい。口角を持ち上げて笑みを浮かべ、ゆったりした所作で頭を下げた。


「我らが守護神の仰せのままに」


「あっ! ベルをいじめたの?!」


 テラスから部屋に戻ったエリュが、声を荒げた。慌ててベリアルが駆け寄る。


「違います。私が敬意を示しただけです。エリュ様にも同じように敬意を示したいのですが、構いませんか」


「うーん、いいよ」


 エリュは少し違うと思ったようだが、ベリアルが目線を合わせて話すことで納得した。にこにこと挨拶を受ける。その間にシェンは用意したお菓子を並べ始めた。


「エリュ、手を拭いたら座って。ベリアルも一緒に食べるから」


「ほんと?」


 最近は忙しく、一緒にお茶を飲む機会が減っている。エリュの期待を込めた眼差しに、ベリアルは迷わず頷いた。


「ええ、本当です。エリュ様のお誘いですから、喜んでお付き合いします。リリンも呼びましょうか」


「うん!」


 勢いよくエリュが頷いたことで、すぐに侍女のバーサが伝令を出した。リリンが合流するまでにお茶が用意され、侍女手作りのお菓子も並ぶ。


「あのね、今日は手伝ったの」


 得意げにクッキーを指差す。綺麗に花を象ったクッキーの上に、ジャムが乗っていた。焼けたクッキーに乗せて軽く焼いてあるのだが、そのジャムがはみ出した物がいくつか見受けられる。これがエリュの作品だろう。


「凄いね! 僕が寝てる間にやったの?」


「うん、エリュは早く起きたから」


 実際は寝たふりで見送ったシェンは、大袈裟に驚いてみせた。


「これは素晴らしいですね、エリュ様手ずから作られたクッキーなら、絶対に美味しいですよ」


 ベリアルも褒めてくれる。嬉しくてにこにこしながら、エリュは身を乗り出した。拭いて綺麗になった手でお菓子を摘み、それぞれのお皿に並べる。今摘んだの、侍女が作ったやつだよね? はみ出していない美しい焼き菓子ばかりを差し出す姿に、見えない場所で首を傾げた。しかしシェンの向かいで、ベリアルが「知らないふりを」と合図を寄越す。


 微妙な出来栄えの焼き菓子は、侍女渾身の作の下に隠された。エリュの見栄っ張りに付き合い、お手伝いクッキーはお披露目されず。後から駆け付けたリリンにも目配せし、そのお菓子はこっそり裏で3人の手に渡った。


 感激して保存魔法をかけたベリアル、さっさとリリンは食べて感動しきり。シェンは数日かけてゆっくり消費した。それぞれの性格がよく現れた結果だが、釣り上げた獲物の処理は別だ。翌日、朝早くからシェンが出向くこととなった。

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