50.過保護な小姑は木陰で見ていた

 一歩足を引いた王子は、静かに一礼した。その所作は洗練されており、先ほどの口調ほど乱暴ではない。


「大変失礼しました。俺はマリガン王国第六王子ナイジェル、幼き皇帝陛下にご挨拶申し上げます」


 丁寧に決められた手順での挨拶を終えると、へにゃりと顔を崩した。くしゃっと茶髪をかき混ぜ、困惑したような表情を浮かべる。それから膝を突いて、下から覗き込んだ。エリュに目線を合わせたのだ。


「ごめんな、驚かせてしまった。陛下に何か文句じゃなくて、その……あまりに幼くてびっくりしたんだ」


 エリュは驚いた顔を見せたものの、嫌がる素振りはなかった。硬い口調で行われた正式な挨拶と違い、ナイジェル王子の口調は砕けている。それこそ弟妹と話す時のように。


「俺の弟妹はまだ3歳と5歳だから。もっと子どもで我が侭言ってるし、その……だからごめん。いつもみたいに頭を撫でようとして」


 だから手を伸ばしたんだけど。乱暴なのは昔からで、よく母上にも叱られると笑った。第六王子という中途半端な地位だが、正妃の息子である。正妃の子として数えれば2番目の王子だった。真摯に謝る様子から、シェンは手を出さずに見守る。


「ううん、平気。びっくりしただけ」


 エリュは自分なりに感じた通りに行動した。さっきの手もびっくりしたが、怖いのとは違う。息を詰めて見守っていたリンカが手を伸ばし、コツンとナイジェルの頭を拳で叩いた。


「もう! 乱暴なんだから」


 待っている間に仲良くなったと笑うリンカに釣られ、エリュは自分からナイジェルに近づいた。仲良くなろうと笑うエリュに、ぽっと頬を赤らめるナイジェルが頷く。


「行こう、シェン。リンカとナイジェルも一緒に」


 庭へ出ようと誘うエリュに、誰も反対せずに走り出す。転ばぬよう手を繋いだシェン、後ろで抜かさないようにするナイジェル。全体を見ながら早足で続くリンカ。花が咲き乱れる花壇の中に足を踏み入れ、芝生の上まで入り込んだ。


 そこからは子ども同士に遠慮はない。かくれんぼから始まり、追いかけっこまで。道具を使わない遊びをあれこれと試した。普段は侍女相手に遊ぶことが多いエリュはずっと笑顔だ。転びそうになったエリュを、ナイジェルが受け止めた。


 微笑ましいと見守るシェンから少し離れた木陰で、ベリアルがぎりりと歯を食い縛る。


「あの王子、距離が近すぎるんじゃ……あっ、抱き締めた! なんてこと、許しませんよ」


「小姑みたいよ、ベリアル。子どもなんだもの、仕方ないわ」


 意味なんてないんだから。リリンが窘めるものの、娘を持つ父親同様の反応を見せるベリアルは飛び出そうとした。しかしシェンの結界に阻まれ、近づけない。


「シェン様……ひどい」


 次はリンカに抱っこされて笑う幼い主君が、涙目で霞んでいく。ベリアルの過剰過ぎる態度に、シェンは肩を竦めて笑った。なるほど、エリュの周囲が過保護だと思ったら、ベリアルの影響か。無意識に察したエリュも、自然と彼らの態度に合わせて大人しくなったのだろう。本来は活発でお転婆な子なのだ。


「エリュの成長のためだ、許せ」


 くすくす笑いながら、魔力に声を乗せて飛ばす。受け取ったベリアルが項垂れ、リリンがその肩を叩いて慰めた。保護者達の葛藤とやりとりを知らず、エリュは日が暮れるまで遊び倒す。その間、エリュも周囲も笑顔が溢れていた。

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