07.男女同衾するなかれ、3歳だよ?

 我の正体をエリュはすでに知っている。無用な知恵を付けず、この子の自由にさせよ。


 蛇神の命令に、二人は静かに頭を下げた。魔族を庇護する神として知られ、この大地に身を沈めていた大いなる存在の言葉に、反論はない。友人としてエウリュアレを守ってくれるなら、これ以上は望めない最高の護衛だった。すでに加護を授けたという蛇神は「シェン」と名乗ることも付け足す。


「今後はシェンと呼べ」


「承知いたしました。陛下のご友人として、お部屋をご用意いたします」


 宰相のベリアルの硬い言葉遣いに、シェンは眉を寄せた。その隣で、リリンが続ける。


「シェン様、我が君の……」


「そなたらは、あの子にそのような態度で接しているのか? 距離があり、寂しいであろうに」


 すぐ近くのベッドで眠るエリュを見つめ、シェンは悲しそうに呟いた。あの子は、巨大な蛇を見て「お友達」と表現した。誰もが彼女を「皇帝陛下」として接するため、同等の存在が欲しかったのだろう。そこまで考えての行動ではないかも知れない。だが幼子が寂しさを感じていたのは、事実と思われた。


「僕はこれからエリュの親友になる。お前達も気楽に接しろ」


「は、はい」


「頑張りますわ」


 砕けた口調で肩を竦める幼子の姿に、二人は苦い感情を噛み殺した。エリュに友人が必要なのは、かねてより気付いていた。子どもは互いに傷つけ合い、許し合って成長する。忙しい二人がその立場にいることは難しかった。


 侍女はあくまでも使用人だ。同じ年頃の子どもを探して遊ばせることも考えたが、エリュの特殊性が邪魔をした。両親が存命なら、また対応は違ったのだろう。


「エリュのためだからね」


 にこりとシェンは笑った。その表情は幼子らしく屈託ない。


 長く過ごした洞窟を出た時、空はすでに夜色だった。濃紺に紫を溶かした空は、明るい月が二つ並ぶ。東から西へ向かう月と、北から南へ移動する月があるのだ。大きさはどちらも変わらないが、東西の月は青白く、南北の月は赤いのが特徴だった。


 そのため魔力に準え、南北を「魔の月」東西は「神の月」と呼ぶ。夕食を四人で摂った後、すぐにエリュは眠ってしまった。午後の花摘みからの大冒険は、幼女には過酷だったらしい。


「じゃ、僕も一緒に休むかな」


「お待ちください、一緒に……ですか?」


「お部屋を隣に用意しております。未婚の男女が同衾など許しません」


 驚いたリリンの語尾に被せて、ベリアルがピシャリと言い放った。相手が神だろうが、世界の創造主だろうが関係ない。エリュはまだ未婚の幼女なのだ。うっかり誰かに見られて噂になったらどうするのか!


「……3歳でも同衾?」


「何歳でも関係ありません」


 ベリアルは、譲らないと強い口調で抗議する。少し考えた後、シェンは笑顔になった。そのまま、着用する服をぺろっと捲る。


「どう、これなら問題ない?」


 僕という一人称と、短い髪やきりっとした 顔立ちに騙された。いや、神だから都合よく性別を変化させたのか。ベリアルは苦々しく思いながら、床に目を逸らす。


「女の子だったのね」


 リリンはぽんと手を叩いて微笑む。意外と騙されやすいタイプらしい。今後はリリンの言動にも注意が必要だな。甲斐甲斐しいベリアルは、未来の苦労を思って溜め息を吐いた。


「女児なら構いません。途中で性別を変えるのは無しですからね」


 一応、言い聞かせてから抱き上げて、ベッドで眠るエリュの隣へ横たえた。

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