06.お友達にしたのは、蛇神でした
シェーシャ――世界を創り壊す者。畏怖と尊敬の念を一身に浴びる神の名だ。過去の栄光ではなく、現在時点でも信仰の対象となっていた。圧倒的な力を誇る世界の支配者でもある。
幼子の姿を取っても、年を経て得た叡智の光は瞳に溢れていた。黒髪に紅瞳の少年は、名を呼べとエリュを促す。
「しぇしゃ」
天族も魔族も人間も恐れる蛇神を、幼子は知らなかった。エリュは聞いた単語を繰り返す。呼びにくい響きを口にして、首を傾げた。自分でも何か違っていると思ったのだ。うまくいかない。
「しぇちゃ? ちぇにゃ」
繰り返すたびに原形から離れていく様子を、身を震わせて笑いながら見守る。幼子とほぼ同じ身長の体を作ったシェーシャは、伸ばした手で虹色の髪を撫でた。銀に近い淡い色をした髪は、懐かしい親友の色だ。顔立ちは母親のフルーレティに似ているが、目元は父であるアドラメレクを思い出させた。
「物怖じしないところは、フルーレティにそっくりだ。一緒に地上へ参ろうか」
手を繋ぎ、力を使おうとした直後……シェーシャはぴたりと動きを止めた。その首に触れた刃が、しゃんと甲高い音を立てる。皮膚に見せかけた鱗の上を滑った刃に、口元が緩んだ。久しぶりに強者が現れたか。
「そなた、誰に剣を向けたか分かっておるか?」
「……誰であろうと、陛下を傷つける者は排除します」
名を知らず、その実体を見ていなくても圧倒的な威圧を放つシェーシャに、ベリアルは喉を震わせた。声が知らずに震え、怯えが全身に広がる。絶対に勝てない相手と本能が悲鳴を上げる中、それでも剣を握る手は緩めなかった。
この命を一瞬で絶たれたとしても、その僅かな隙にリリンが動く。大切なエウリュアレを守れるなら、命など惜しくなかった。目を逸らさぬベリアルを睨むシェーシャの表情が和らぐ。
「幼女を放り出したのかと思えば、責任感と愛情はあるらしい。合格だ」
手を繋いだエリュが「シェチャ」と短く呼ぶ。だが何か違うと思ったのか、唸って「シェーニャ?」と絞り出した。どちらも間違っているのだが、今後の関係で名を呼べないのは不自由だろう。そう考えたシェーシャは、友人が呼んだ愛称を口にした。
「シェンでどうだ?」
「シェン! ベル、お友達にした」
言葉遣いが多少おかしいが、エリュは得意満面だ。その様子に危害を加えられたのではないと知り、ベリアルは剣を下げながら膝を突いた。後ろに駆け寄ったリリンも同様に姿勢を低くする。
「お友達が出来たのですね」
微笑んだリリンだが、差し込んだ光でシェーシャを見るなり凍りついた。背後に伸びる影が蛇なのだ。幼子の姿をしながら、この強大な力を漂わせる蛇……心当たりがひとつしかない二人は、今後を思って眉を寄せた。
「シェンと遊ぶ」
「よかろう……ではなく、そうだね。僕も可愛い言葉にしなくちゃ外見と合わないから」
ふふっと笑い、外見に似合わぬ流暢な話し方でエリュを見つめる。その赤瞳が優しく細められた。
「ひとまず地上に戻りましょう」
「ええ。そうね」
ベリアルとリリンに促され、エリュは笑顔で強請った。リリンが大急ぎでエリュの空いた左手を握り、残されたベリアルは顔を引き攣らせながらシェンと手を繋ぐ。
「皆一緒で楽しい」
幸せそうにそう言って手を揺らすエリュの姿に、ベリアルは肩を竦めて地上に戻るための魔法を振るった。
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