第9話 暴力の化身


 その日の夜、俺はベッドの中で物思いにふけっていた。


「はぁ……」


 たった一年で二人の師匠を同時に越えてしまうなんて……己の才能が恐ろしい。


 ああ、どうして俺はこんなにも天才なのだろうか!


 ……とういうのは冗談だ。流石にそこまでおごり高ぶるほど傲慢ではない。


 勝ったとはいえ最後の方は模擬戦というよりただの乱闘だったし。


 おまけに、実際の戦闘は模擬戦と勝手が違うだろうから、総合的な実力でいえばメリア先生とダリア先生の方がまだまだ上だ。俺には分かる。


 ……それに、恐ろしいのは俺ではなくアランの才能だったな。


 最近は自分がアランであることに何の違和感も持たなくなってきている。月日が経つにつれて、身も心もアランになりつつあるということだろうか?


 恐ろしいね。


「すやすや……」


 そんなことを考えていたら、いつの間にか寝落ちしていた。


 *


 そして六日が経ち、いよいよ精霊祭の前日となった。


 今日中に屋敷を出発するための準備をしていた俺は、突然お父さまに書斎へ呼び出される。


「おはようございます、お父さま。僕はもう出かける準備を済ませましたよ」

「…………そうか」

「……はい」

「………………」


 それだけ?! 儀式に参加する俺への激励の言葉はないのか?


 ――知ってたけど。


「……で、話とは一体なんですか?」


 俺は気を取り直して、お父さまに問いかける。


「……………… エルヴァールにはプリシラも連れて行く」

「えぇっ!?」


 プリシラとは俺の妹の名だ。亡き母と同じく病弱な身に生まれてしまったため、今は静かな別荘で療養しているのである。


 ……改めて思うに、性格最悪な暴君であるアランから遠ざけるという意図もあったのかもしれない。


 記憶によると、妹に対しても高圧的な接し方をしていたからな。あのまま一緒に過ごしていたらプリシラに数多くのトラウマが残ること間違いなしである。


 しかし、なぜ今さら……。


「異存はないな」

「僕とプリシラを会わせても良いのですか?」

「何一つとして問題はない」

「さ、さようで……」


 よく分からないが、今の俺なら大丈夫だということだろうか。コミュニケーション能力が壊滅的なお父さまと対話する際は、頑張ってその発言の意図を正確に読み取らないといけないから困る。


 本当に面倒くさいぞ! クールキャラぶるのも大概にしろ!


「……ということだ。隠れていないで出てきなさい、プリシラ」


 俺が億劫な気分になっていると、お父さまは突然そんなことを言い始めた。


「え……?」


 まさか、もうこの場にプリシラが潜んでいるというのか? 


「い、一体どこに……!」


 俺は慌てて周囲を見回す。


 刹那。


「おーーーーーっ!」


 背後から叫び声がした。


 俺は、とっさに声のした方へ振り返る。


「ふっ!」


 するとそこには、長い白髪はくはつの見かけだけは儚げな美少女であるプリシラが立っていた。


 今の奇声は一体なんだったんだ。


「ひ、久しぶり……」

「うおーーーーーーっ!」


 プリシラは俺の挨拶を無視して突進してくる。


「うぐっ!」

「えいっ! えいっ! えいっ! おりゃーーーーっ!」


 俺の腹部に頭から突っ込み、何度も正拳突きをしてくるプリシラ。


 しかし、この程度の攻撃など通用しな……痛い!


「あ、相変わらずだね……プリシラ……」


 嫌な予感はしていたが、過去の記憶にあった通りのお転婆である。


 いや、もはやお転婆という域をはるかに超えている。病弱だからといって大人しいとは限らないのだ。


「ぜぇっ、ぜぇっ、はぁっ、はぁっ……」


 体力は全然ないみたいだけど。


「ふーっ、ふーっ…………」


 それから、しばらくのあいだ息を切らしていたプリシラだったが、やがて顔を上げる。


「……おとうさま! この人はお兄さまではありません! 目つきがなんか違うからニセモノです!」

「……目つき?」


 やばい見抜かれた。理由は意味不明だが……なかなか侮れない奴だな。


 それで、肝心のお父さまの反応は……。


「そうだな。お前と離れている間に、アランも成長したということだ」

「そっか~!」

「――信念を持つ者の目になった」


 嘘だろ……! 俺のことをそんな風に思ってくれていただなんて……!


「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」


 まあ、そもそも俺に信念とかないけど。節穴ですねお父さま。


「理解しただろうプリシラ。今のアランを怖がる必要はない」

「……うん!」


 お父さまの問いかけに対し、元気よく笑って返事をするプリシラ。


「気がすむまでたくさん殴ったから、今までお兄さまが殴ってきた分は許してあげる!」


 なるほど、そういうことか。


 どうやら、さっきまでの行為はプリシラなりに歩み寄ろうとしてくれた結果らしい。


「……今まで、ごめんなさい」


 俺は、一応プリシラに謝罪しておく。


「ううん。いつも私が先に殴りかかってたから、あやまらなくてもいいよ! ごめんね!」

「プリシラ……!」


 まったく、こんなに健気な妹を怖がらせていただなんて、アランとかいう奴は許せないな!


「あとその代わり、これからはいっぱい遊んでね!」

「……うん」


 だけどよく考えたらいきなり殴ってくるのはおかしいだろ。


 プリシラ怖い。暴力の化身。


「やった~! お兄さま大好き!」


 でも可愛いからいっか!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る