第8話 最強(?)の攻撃魔法


 俺の希望により、二人の痴女――もとい偉大なる先生方に毎日極限までしごかれる生活が始まってからおよそ九か月が経った。


 つまり、剣術と魔術を習い始めてからちょうど一年が経ち、俺は十歳になったということである。


 基礎的な内容はおおよそ学び終えたので、今日は屋敷の庭で二人を相手に本気の模擬戦をすることになった。


「本当に二対一でやるんだな?」

「後悔しても知らないわよー?」


 ――もっとも、ただの調整ではなく先生二人を同時に相手したいと言いだしたのは俺だが。


 一週間後には、三日に渡って国の繁栄を盛大に祝う「精霊祭」という催しが帝都エルヴァールで行われる。


 その中の行事の一つに、貴族の子供同士で剣術や魔術の技量を競う「力比べの儀」と呼ばれる闘技大会のようなものがあるので、その調整も兼ねているのだ。


「いつでも始めてください。ダリア先生、メリア先生」


 諸々の準備が完了した俺は、剣を構えて呼びかけた。


「では遠慮なく……行くぞアランッ!」

「手加減はしてあげられないわよッ!」

 

 そう言った後、前後の二手に分かれて仕掛けてくる先生たち。


「――まずはお手並み拝見といこう」


 前衛のダリア先生が一気に間合いへ踏み込んでくる。


「はぁッ!」


 目にも止まらぬ速さで振り下ろされる木剣。


「くッ!」


 とっさに受ける俺。


 衝撃で腕が痺れ、周囲に風が巻き起こる。


 たった一振りでこの威力。やはり本気のダリア先生は凄まじいな。身体能力がファンタジーすぎる。


 しかし、気圧けおされている場合ではない。


「ほう、ふせいだか」


 どうにか攻撃を受けきった俺は、そのまま反撃を仕掛けた。


「やぁッ!」


 剣を受けた状態から手首を翻し、胴体を狙って斜めに打ち込む。


「良い狙いだ! ――だが甘いぞッ!」


 しかし、その攻撃は容易く弾かれてしまった。


 おそらく、この世界の人間は変質させた魔力を無意識のうちに身に待とうことで身体能力の底上げを行なっている。


 原作で魔術師以外のキャラも攻撃スキルを使用する際に魔力を消費していた時点で気づくべきだったな。


「腰が引けているぞ、アラン!」

「くっ……!」


 やはり一筋縄ではいかないか。


大釜おおがまの水よ、血の如く滴り鋼鉄を穿うがて――水弾ウォーターボール!」


 同時に、詠唱を済ませたメリア先生の水魔法が飛んでくる。


「くッ!」


 俺はとっさに背後へ跳んでダリア先生から距離をとった。


「――風幕ウインドカーテン土壁アースウォール水盾ウォーターシールド!」


 そして、俺の方を追尾して向かってくる魔法を三重の防壁で防ぐ。


「さっ、三元素の詠唱を短縮して、連続で発動させたの……?!」


 メリア先生は、俺のやったことに対してかなり驚いている様子だ。


 しかし、このくらいしないと防ぎ切れない魔法を撃ってくるメリア先生の方がヤバい。気を抜いたら一瞬で負けてしまうだろう。


「私と対等に打ち合いながらそんなことを……!」


 おまけに、魔法にそれほど詳しくないダリア先生まで目を見開いている。


 そういえばこれを披露するのは今回が初めてだったかもしれない。


 実を言うと、俺は授業が終わった後も色々と魔術の研究をしているのだ。


 こっそり夜更かしして。


 ニナにばれてすごい怒られたけど。


「ちょっと強くなりすぎなんじゃないかしら……?」

「アラン君……キミは本当に十歳の子供なのか……?」

「まだまだ、これからです!」


 困惑している二人に向かってそう言った後、俺は練習中の最強魔法を披露するため、無駄に長い詠唱を始めた。


 相手が驚いているこの瞬間こそが絶好のチャンスなのである。


「循環する理、背反する摂理、根源こんげんより来たりて淵源えんげんへ行き着く者達よ、我が血をもって七つに輝き、その身をもって因果を断ち切れ――精霊刃エレメンタルブレード!」


 俺が詠唱を終えた次の瞬間、身の回りに輝く七つの刃が出現した。


「なっ、七元素の詠唱……?」

「ふっふっふ、その通りですよメリア先生!」


 これこそが、自分の身の回りに七属性の刃を生成し、近づくもの全てを切り裂くという、小学生が考えたみたいな最強の攻撃魔法、精霊刃エレメンタルブレードである。俺は十歳なのでウキウキでこの魔法を練習した。


 ちなみに、原作において精霊刃エレメンタルブレードを使用できるのは、ラスボスになった時のアランだけだ。敵になった瞬間に強くなるクズめ。……と言いたいところだが、実際はあんまり強くない。発動までの隙が多いうえに魔力もやたら消費するので、使い勝手が悪すぎるからな。


「た、確かに、あなたの魔法適正なら理論上は可能だけれど……」

「も、もう私にはついていけないぞメリア。どのくらいすごいのか、剣術に例えて教えてくれ」

「……七本の剣それぞれを、別々の流派の剣術で同時に振るう感じかしら……十歳の子がやってのけるなんて、本当に末恐ろしいわ……」

「それは理論上でも不可能だろう。人の腕は二本しかないからな!」


 深刻な表情で解説するメリア先生に対し、ダリア先生はあっけらかんとして言った。


「しっ、知らないわよ剣術のことなんてっ! 何も知らないあなたでも理解できるように説明するのは難しいのっ!」

「そ、そんな言い方をしなくてもいいだろう!」

「ばかっ! もう知らないわっ!」

「どうしてお前はそんなに子供っぽいんだ!」


 まずい。びっくりさせすぎたせいで模擬戦中なのに二人が喧嘩し始めた。


「二人とも落ち着いてください。今のところ派手なだけで、発動が遅くて威力も精度も低いので見かけほどすごくはありません。ちょっとカラフルなオモチャみたいなものですよ、こんな魔法」


 仕方なく悲しい真実を説明する俺。


「だとしてもすごくないわけないでしょうッ! オモチャってなによ! ふざけたことを言わないでちょうだいっ!」

「えっ? ご、ごめんなさい……」


 すると、なぜか喧嘩を止めようとした俺までメリア先生に怒られてしまった。


「八つ当たりはやめろ、メリア! アラン君の方がよほどしっかりしているぞ!」

「ダリア先生……!」


 どうやら、ダリア先生は俺の味方でいてくれるようだ。


「……いや。もはや人間かどうかすら疑わしいアラン君と比べるのは酷か……?」


 前言撤回。


「しっ、失礼なことを言わないでくださいっ!」

「だが、普通の人間は剣を七本同時に振ることはできないんだぞ?」

「それは僕にもできませんっ!」

「だが、同じようなことをしているとメリアが……」


 確かにラスボスであるアランは規格外の才能を持っているが、教え子にかける言葉はもう少し選んで欲しいものだ。


 俺じゃなかったら、もっと深く心が傷ついていたところだったぞ。実に腹立たしい。


「大丈夫よアランちゃん。……例えあなたが人間ではなくても、アタシにとっては大切な教え子だから……!」

「……そうだな。どんなキミであっても、私は正面から受け止めてやる。心配するなアラン君!」

「僕は人間です! 変なことを言わないでください!」


 少しだけ怒った俺は、木剣を構え直し、精霊刃エレメンタルブレードを身に纏ったまま二人に突撃する。


「もう許しませんっ! 覚悟っ!」

「もうっ、あなたのせいでアランちゃんが怒っちゃったじゃないの!」

「何を言ってるんだ! 人のせいにするんじゃない!」


 かくして模擬戦はバトルロイヤルと化し、最終的に俺が勝った。

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