06



「⋯⋯エリー」


「あなた⋯⋯しま⋯⋯この子が⋯」



誰かが話す話し声が聞こえる。遠くでなのか近くでなのかはわからないけど、とても悲しそうな心配をしているという雰囲気が十分に伝わってくる。



わたしは、たしか刺されて⋯⋯ そして、死んじゃったはず?

いや、違う。私は兄と弟と王宮へと遊びに行っていたはずである。



そして、そこで——⋯⋯



幼馴染であるこの国の第一王子に池へと突き落とされたのである。


許すまじ、クソ王子⋯⋯ ごほんっ、私としたことが少々前世の記憶にひきづられてしまいました。



理由はよく分かりませんが、私は今なにもしていないということだけは確かです。


なのにこの仕打ち⋯⋯絶対に



「⋯⋯——倍返しにてやる!!」



勢いよく意気込んだら、いつのまにか声に出てしまっていた。



「エリザベート?」


「ああ、私の可愛いエリー!やっと目が覚めたのね!!!」



ぱちりと目を開くと同時に叫んだ私を、びっくりした表情の美男美女が見つめた。そして、一拍おかずに美女は私に抱きついてきた。



「ベル、落ち着いて。エリザベート、気分はどうだ?」


「だって!あなた!エリーは3日間も目を覚さなかったんですよ?落ち着いてなんていられるわけないでしょう?」


「気分は悪くありません。⋯⋯私、3日間も寝ていたのですね」


「エリー、本当?本当に大丈夫なの??」



私の肩に手を添え顔を覗き込んでくる美女は私の母、イサベル・ヴェルトハイムである。

3児の母親とは思えない抜群のスタイルとふわりとしたプラチナブロンドに藍色の混ざった巻き髪にコンフラワーブルーサファイアのような鮮やかな青い瞳の見た目は儚げ美人。中身は社交界のトップを務められるような腹黒⋯⋯ いえ、強さを持っている。自慢の母親である。



そして、そんな母を穏やかな表情で見つめているのは、私の父であり、ヴェルトハイム公爵家の現当主であるテオドール・ヴェルトハイム。

剣術も嗜む父はしなやかな筋肉のついたスラットした体型に、ストレートの赤味がかった黒髪に少し吊り目にアレキサンドライトのような瞳を持っている。明るい場所ではフォレストグリーンの瞳だけれど暗い場所へ行くとバーガンディーレッドになる不思議な瞳の持ち主である。つんと冷たい印象を持たれやすいのですが、私の前ではいつも優しい顔をされている。



「大丈夫です⋯⋯ただお腹が空きました」



くぅと私のお腹が音を立てる。3日何も食べてないのだから当たり前なんだけど、あっさりとした出汁のきいた雑炊が食べたいわ。それか、お野菜たっぷりの味噌汁でも可。



「ああ、3日も何も食べてないからな。腹も減るだろう」


「何かお腹に優しいものでも作らせましょう⋯⋯何がいいかしら?」



父は私の頭を撫でながら、母は私の手を握りしめて私のこれから食べるご飯の話をしている。


もう、料理長に任せるのがベストだと思うけど。

なんたって料理のプロなわけですし。



そういえば——⋯



「お兄様はどうされたんです?」



私を池に突き落とす第一王子と一緒にいた我が兄。

王子を止めるでもなく、なんなら一緒になって私を突き落とそうとしていたクソ野郎⋯⋯いえ、根性悪にはとりあえずやり返しておかないと気が済まないのだけれど。



「あー⋯⋯あいつはな、」


「あの子ならお部屋で謹慎中よ」



少し渋い顔をしながら答えようとした父を、絶対零度の笑顔がステキな母が表情に似合わず語尾に音符がついただろう声音で兄の現状を、教えてくれた。



「私の可愛い可愛いエリーこんな目に合わせるなんて本当にどこであの子の教育を間違えたのかしら?」


「お母様、こんな目に合わせたの第一王子ですよ」



まぁ、側で見てて止めない上に煽ってたから同罪ですけど。



「一緒に居ながら止めることのできなかったあの子も同罪よ」



絶対零度の言葉がよく似合う笑顔の母の周辺の温度が母の機嫌の悪さに合わせて下がる。


本当に絶対零度の言葉よく似合うお母様だと思う。


母の魔力は氷系統な為、こうして感情が昂ったりするとよく周りの温度を下げてしまったり凍らしてしまったりする。



結論から言うと、母は激おこに近いおこなのです。



ちらりと父に視線を向けるといつものツンとした表情だけれど母を見る目は優しげ⋯⋯と言うよりかは熱がこもっている。

どうせ、怒った母も綺麗だとか可愛いとか思っているのでしょう。


自分の息子が氷漬けにされるかもしれないっていうのに。



「そうかもしれませんが⋯⋯へくちっ」


「ベル、そろそろその冷気をどうにかしろ。エリザベートが風邪を引く」


「あら、私としたことが⋯⋯ごめんなさいね、エリー」


「何か温かいものでも作って持ってこさせよう」


「そうね。それに目が覚めてすぐだものまだ疲れているわよね」


「そうだな。もう少し寝ているといい」



母の冷気の寒さにくしゃみをすると、父は母の肩に手を置き優しく宥めように声をかけた。そんな父の声にはっとしたよう顔をした母は申し訳なさそうな顔をして私の手をギュッと握った。


寝起きでそんなに眠たくないはずなのに溺れたせいなのか、それとも前世の記憶を思い出したせいなのか頭が重い。

色々と考えなければいけないことはあるのだけれど、父に優しく頭を撫でられると、眠気がやってきた。



「ゆっくりおやすみ」



父の声が聞こえた瞬間、私の意識は沈んだ——。






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