第2話
「かくれんぼの良いところは鬼が探してくれるところだよね」
「かくれんぼだからな」
僕の部屋で買ったばかりの漫画本を読んでいる沙耶があまりに当たり前のことを言うので、これで高校生活やっていけるのかと不安になっていると「そうじゃなくて」と彼女は唇を尖らせた。
昔はよく一緒に遊んでいたかくれんぼも中学校に入学する頃にはすっかりしなくなり、ついに今日から僕たちは高校生になる。
「探すっていうのはつまり隠れてる人のことを一生懸命考えるってことだと思うの。どこに隠れるだろうとか、どうやって隠れるだろうとか、その人の気持ちに寄り添わなきゃわかんないから」
「まあ確かにな」
でしょ、と得意気な顔の沙耶。
そんなことより僕は座椅子でくつろぐ彼女を見て、新しい制服にさっそく皺が寄るんじゃないか、と少し心配になった。
「でもなんで鬼は隠れてる人を探すんだろう」
「かくれんぼだからだろ」
「だからそうじゃなくて。どうして巧妙に隠れてる人をわざわざ見つけ出そうとするのかなと思って」
鬼が隠れてる人を探す理由。確かに改めて考えたことはなかったな。
僕は椅子の背もたれに体重を預けながら、昔話に出てくるような鬼を想像する。
「やっぱ食べるためじゃないか?」
「それなら別にその辺歩いてる人でも良くない? 鬼が来るのに外に出ちゃうような人ってどうせいると思うんだよね」
「人間ってそういうとこあるよな」
「ほんとね。でもそういう人じゃなくて、鬼はわざわざ隠れてる人を見つけ出そうとしてる」
沙耶は「私、思うんだけど」と手元の漫画本を閉じた。僕たちが幼い頃から連載している恋愛漫画のタイトルが目に入る。
「もしかすると、鬼ってその人のことが好きだったんじゃないかな」
ほう、と息を吐き、うっとりとした目を虚空に向ける沙耶。
ああ、これはアレだな。
「恋愛脳。もしくはラブコメ脳」
「優くんにはロマンが足りないよね。この漫画貸してあげようか」
「できれば1巻から貸してくれ」
「97巻まで出てるけど」
「ながっ」
ロマンチストへの道のりの長さに辟易していると、沙耶はもう一度小さく笑う。
そして、すぐに笑みを消した。
「……ねえ優くん」
「どうした?」
「今日はただ遊びに来たわけじゃなくてね」
彼女の声の響きが変わる。
今までのトーンとは明らかに違う声音に、嫌な予感が背中を走った。
「話があるの」
それから僕は「高校に入学したら話そうと思ってたんだけどね」という前置きから始まる沙耶の話を聞いた。
「先に言っとくけど、泣かないでね」
「それは僕のセリフだよ」
そう言うと彼女は悲しい顔をした。
僕は今日入学したばかりだというのに、卒業したくないなと思った。
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