<5> 妻と王妃
翌日から、さくらはノアと会うことを徹底的に避けた。食事も一緒に取ることを頑なに拒否した。一日二日はルノーもノアに対し、なんとか言い訳をしていたが、三日目となると、流石に困り果ててしまった。
食堂で待つノアに、ルノーは恐る恐るさくらと何があったか尋ねた。だが、ノアは何も言わない。ルノーは深く溜息をついた。
釣られてノアも溜息をついた。さくらの気性は充分知っているつもりだ。恐らく怒りが解けるまで、ここに来ることはないだろう。ノアはそう思った。もちろん、国王として命令すれば、ルノー達は引きずってでもさくらを連れてくる。それだけさくらの意志と自分の意志の比重は違う。それをさくらに思い知らせることは簡単なことだ。だがそんなことをすれば、ますますさくらの心は自分から離れることも分かっている。それはどうしても避けたかった。
ノアはルノーに、これからは一々言い訳をしに来なくていいと告げると、執務室へ向かった。
さくらは自分の部屋で物思いに耽りながら、モソモソと一人朝食を食べていた。食べ終わったころ、ルノーとテナーがやってきて、後片付けを始めた。ルノーの顔は明らかに気疲れがにじみ出ている。さくらは自分のせいだと分かっていたので、申し訳ない気持ちになった。
二人が片づけを終えて、部屋から出て行こうとしたとき、さくらは思い切って声をかけた。
「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですが・・・」
二人はすぐにさくらのもとに飛んできた。
「何でしょう?」
さくらの変化に気をもんでいた二人は、さくらの方から話してくれることをひたすら待っていたのだ。
「この国の王様って、何人まで王妃を持てるのですか?」
さくらは敢えて、妻を数人持てる前提で聞いた。心の中で、当然一人ですよという回答を期待して。しかし、
「第三王妃までです」
テナーがあっさりと答えた。さくらは愕然とした。テナーはそのまま続けた。
「先王は、三人の王妃様と、四人の側室がいらっしゃいました」
青くなっているさくらに気が付いて、ルノーはやっとさくらが気落ちしている理由が分かった。テナーもルノーに軽く腕を叩かれ、さくらの青い顔に気が付いた。そして慌てて、
「何人王妃様がいようと、さくら様が第一王妃様ということは変わりありませんよ!」
と付け加えた。もちろんフォローのつもりだった。それに対し、さくらは寂しそうに笑った。
「私の国は一夫一妻制なんですよ・・・」
その言葉に二人は言葉を詰まらせた。
「一夫一妻制が一般常識の中で生きてきた私には、夫を他の女性と共有するなんてこと、とてもできませんね・・・。どう考えても無理・・・」
さくらは遠い目をしながら呟いた。
「結婚してなくたって・・・、恋人同士の段階だって、二股なんて許せないのに」
「しかし、さくら様。この国では・・・」
「この国の制度を否定しないですよ。ただ私個人が許容できないだけで」
ルノーが言いかけた言葉を、さくらは遮った。
「陛下が王妃様を何人迎えようと自由です。でも、その場合、私は絶対に妻の中に入らない。ずっと他人のままでいます。一人でいい」
力強く言うさくらに、ルノーもテナーも何も言えずに黙ってしまった。
ノアは執務室の机で頭を抱えていた。ここでさくらのために頭を抱えるのは何回目だろうと、深く溜息をついた。
初めのうちは、まださくらを説得できるつもりでいた。女性にとって妻が複数人いることが面白いことではないということは、もちろん理解している。そして多すぎるのもトラブルの元だということも、先王である自分の父親を見て分かっていた。
だがノア自身も、もともと第三王妃までは娶るつもりでいたのだ。特に、第一王妃が『異世界の王妃』となると、公の場に出すことはできない。そのため、必然的に公務を共にする第二王妃が必要になるからだ。そして公務を任せる王妃には多くのことが求められる。知識、教養、社交、家柄など様々だ。それにはやはり自国の女性が望ましい。
リリーは貴族ではないが豪族の娘だ。家柄に少々問題があっても、他は充分王妃の器を満たしているため、王妃として受け入れられるだけの資格はある。それにさくらがこの世界来る前は、周りの反対を押し切っても、リリーを第一王妃に迎えるつもりだった。そして、第二、第三王妃に、この国と国王の立場を安定させるような、有力貴族、もしくは他国の王女を迎えるつもりでいた。
そのリリーを第二王妃に格下げして迎えるのだ。この国の第一王妃と第二王妃の差は大きい。唯一、国王と夫婦としての対の指輪をすることを許されているのが第一王妃だ。圧倒的な立場の第一王妃がさくらであるということ、更には、さくらが嫌がるのなら、第三王妃を娶るのは考えてもいい。そうした条件で、さくらに納得してもらおうと考えていた。
だが、今し方、何とか間を取り繕うと必死なルノーが、さくらの考えを報告しに来た。ルノーから伝えられた言葉で、ノアは頭を抱えていたのだった。
(妻にならない・・・)
これはノアにはとても受け入れ難いことだった。もうさくら無しの生活は考えられない。ましてや同じ城に住みながら、触れることも許されない存在になるなんて、耐えられるはずがなかった。
(逆に、彼女さえいれば・・・)
そう思いかけて、小さく首を振った。だからと言って、今までのリリーのひたむきな思いを無にするのは、あまりにも不誠実に思われたのだ。
ノアは何度目かの大きな溜息をつくと、頭をガシガシと掻きむしった。
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