第一章
<1> 夢なら覚めて
さくらは目を覚ました。しかし本当に目を覚ましたのか自覚できないほど、頭はボーっとし、視界も暗く霞んでいた。体もひどく痺れて感覚がとても鈍く、自分が今どういう体勢でいるのかさえ理解できなかった。暫くすると、指先や足先の方から徐々に感覚が戻ってきた。すると、自分は硬いところに仰向けになっていることが分かった。感覚が戻りつつある両手のひらで地面を擦ってみると、少しざらついていて、冷たい。
(アスファルトか・・・)
そういえば、さっき何かに跳ね飛ばされたような気がする。よく思い出せないが、腹に強い衝撃を受け、一瞬にして周りが真っ白になったことだけは微かに記憶にある。あぁ、きっと事故に遭ったのだ。そして今、地面に倒れているのだろう。早く起き上がらなければ、みっともない・・・。さくらは働かない頭で、ぼんやりとそんなことを思った。しかし、体はまだ痺れているようで、力が入らない。目も開けているのだが、ぼやけて視界ははっきりしない。さくらは気だるくなり、そのままの体勢で目を閉じた。
つかの間、眠ってしまったようだ。次に目を開けた時、体の痺れは取れ、頭も幾分すっきりしていた。寝ているアスファルトの硬さも冷たさもしっかり背中に伝わってくる。目はまだ少し霞んでいるが、辺りは薄暗く、夜だということが分かった。
仰向けの状態で夜空を見つめ、一体自分に何が起こったのか、思い出そうと努めているうちに、だんだん視界もはっきりしてきた。まったく星の出てない夜だ。しかし真上の中央に見える大きな黒い円はなんだろう?さくらは目を細めた。その円を中心に放射状に何本も細い線が出ている。そしてその線と線の間にはモザイクのような模様がある・・・。
さくらは息を呑んだ。自分が見つめているのは夜空ではなく、ドーム状の天井だということに気が付いたのだ。さくらは背中に冷たいものが流れるのを感じた。仰向けのまま、恐る恐る首を動かし、辺りを見回してみた。どうやらここは円形の部屋のようだ。そして自分はちょうど天井の中心の真下に寝ており、アスファルトだと思っていた地面は、石の台だった。頭上の方は明るく、オレンジ色の光が揺らめいており、蝋燭の溶ける匂いがプーンと香った。
さくらは恐る恐る足もとに目線をやった。春ブーツを履いた自分の足が見える。そしてその奥に、大きな扉が見え、その横に人影が立っているのが見えた。その人影はじっとさくらを見ているようだった。
さくらは凍りついた。この暗い部屋の中に自分以外の人がいる!恐怖が足元からぞわぞわと体全体を駆け巡った。次に蝋燭の光が別の人影を映した。それは扉よりもっとさくらの近くにいることを表していた。しかもその影は一人ではない。二人三人と影が動き回る。それと同時に、何か唸るような、唱えるような不気味な声が聞こえてきた。
さくらは恐怖のあまり、まるで金縛りにでもあったかのように、指一本動かせなくなってしまった。硬く目を閉じ、これは夢だと何度も自分に言い聞かせた。夢を夢と分かって見ているときがある。今もそれと同じだ。すべて夢なのだ。早く目覚めて!
そう祈っている時、さくらは自分の右側に人の気配を感じた。誰かが自分を覗き込んでいる気がする。さくらは全身の毛穴から汗が噴出すのを感じた。目をさらにギュッと閉じ、心臓が飛び出さんばかりにバクバクしているのを、必死で押さえようとした。人の気配はどんどん近寄り、とうとうさくらの顔間近まで迫ってきた。そして頬に人の体温と生暖かい息使いを感じた。
「どうやらお目覚めになられたようだ」
とてもしわがれた男とも女とも付かない声が聞こえた。そしてその声は、もう一度さくらの耳元に、
「まだお気付きにならない方がよろしかったのに」
と囁いた。
おそらくその声の主だろう、さくらの右手を手に取り、何やら呟いた。さくらの頭上からも、別の声が聞こえ、同じように何やら呟いている。
さくらは恐ろしさのあまり何の抵抗も出来なかった。右手は掌を上にし、押さえつけられた。次の瞬間、手首に激痛が走った。さくらは声にならない悲鳴をあげ、同時に今までの恐怖と緊張の糸が切れたかのように気を失ってしまった。
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