<74> 情報提供
サワが食後のコーヒーを淹れている間、綾子は、
「陽一、ちょっと仕事の事で話があるの」
と言い、陽一を自分の書斎に呼び出した。
渋々付いてきた陽一は部屋に入ると、
「何?」
と、ぶっきら棒に聞いてきた。
「佐田のおじい様が怒っていたわよ。また見合いを断ったってね」
「ああ、やっぱり見合いだったんだな。そうだと思ったよ」
陽一は呆れたような顔をすると、
「いい加減、止めてほしいよ、まったく。結婚相手ぐらい自分で決めるって」
苦々しくそう言った。
「もう世話はしないって怒鳴っていたど」
「ホント?そりゃ、ありがたい」
「でも、『どこの馬の骨かも分からない娘は絶対に認めない』ともおっしゃっていたわよ」
「知るかよ、そんなこと」
ケッと吐き捨てんばかりに呟くと、綾子を見た。
「で?話はそれだけ?」
「まさか」
綾子は自分の机に向かうと、メモに何やら書き出した。
そしてそれを剥がすと、陽一に差し出した。
「何?」
陽一は受け取ると、メモを見た。
それには、地方の地名と「荻原」という苗字が書いてある。
「・・・何?これ」
陽一は訝しそうにメモを見た。
「お母さんも、まださっぱり分からないわ」
「は?」
「これから調べようと思ったけれど、あなたが調べる方がいいわね。なにもお母さんが骨を折ることも無いわ。応援しないって言ったんだから」
「・・・」
陽一は無言でメモを見つめた。
「『どこぞの馬の骨』ではない可能性があるわよ。その情報」
「へえ・・・」
「もちろん、あなたにとって、それは大して値打ちのあるものではないとは思うけど」
「まあね、俺自身はね」
陽一は丁寧にメモを畳んで、ワイシャツのポケットにしまった。
「でも、引き出しが多いことに越したことない。有難く貰っておくよ、サンキュー」
そう言うと、ニヤッと笑って、先に居間に戻っていった。
「相変わらず強気な子だこと・・・」
陽一の後ろ姿を見送りながら、綾子は肩を竦めた。
☆
「今日はご馳走様でした!!」
玄関で香織は綾子とサワに頭を下げた。
「サワさん、お鍋と雑炊、とっても美味しかったです」
「まあまあ、ありがとうございます。またいつでも作りますからね。ねえ、奥様」
サワはニコニコしながら、綾子と香織を見た。
「ふふふ、楽しみです!次は何の鍋にしましょうかね~」
「もう、いいだろ。帰るぞ」
いつまでも話し続けそうな香織を遮ると、玄関の扉を開けた。
「では、お邪魔いたしました。おやすみなさい」
香織は丁寧に頭を下げると、先に出て行った陽一の後を追った。
「ふふ、陽一さんも雑炊に間に合って良かったですね~!めっちゃ美味しかった!」
車に乗り込むと、香織は嬉しそうに運転席の陽一を見た。
「まあね。確かに別腹だな、あれは」
陽一はそう言うと、香織の頭をクシャっと撫でた。
「それにしても、お前って大したもんだな・・・」
「え?何が?」
「いや、何でもない。こっちの話」
「?」
首を傾げている香織を見て、フッと笑うと、車を発進させた。
☆
家に帰ると、陽一はさっさと香織を寝室まで運んで行った。
「ちょ、ちょっと、陽一さん!出張で疲れてるんじゃないですか?今日は休んだら・・・、ん・・・」
いきなりベッドに押し倒されて、驚いた香織は慌てて抵抗するも、すぐに唇を塞がれた。
「雑炊も別腹だけど、デザートも別腹だよな」
陽一は香織のブラウスのボタンを外しながら、ニヤリと笑った。
香織は真っ赤になりながら、
「デザートって!」
陽一を睨むも、またすぐに唇を塞がれる。
「悪いけど、こっちに関しては空腹だから」
(出た、オオカミ!)
こうなった陽一の前では、自分はもう小動物でしかない。
貪られる様な口づけに、どんどん溶かされていき、いつの間にか、自分の両腕は陽一の背中に回っている。
結局、幸福感に満たされるのは自分の方だ。
そう感じながら、陽一に食べられていった。
☆
香織が横で眠ったのを確認すると、陽一は起き上がり、脱ぎ捨てたワイシャツを拾った。
そして、ポケットからメモを取り出すと、それを持って書斎に向かった。
『●△県〇■市 荻原』
陽一はスマホで軽く検索してみた。
「ふーん、多少調べてもいいかもな」
そう呟くと、メモを机の引き出しにしまい、再び寝室に戻っていった。
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