<26> 油断
羽田空港に到着すると、陽一はすぐ車の手配をした。
ターミナルで車を待っている間、香織はトイレに行った。
女子トイレから出ると、いきなり誰かに手首を掴まれた。
「!!」
心臓が止まるほどビックリして、顔を向けると、そこには不機嫌そうな陽一の姿があった。
「でぇぇ!!」
「・・・なんだよ、その悲鳴は」
陽一は呆れたように香織を見ると、遠慮なく距離を詰めてくる。
「ちょ、ちょっと、お母さまが見てますよ!」
「あー、お袋?お袋なら今電話中」
意地悪そうに笑いながら顎で指す方向を見ると、綾子は遠く離れた場所でどこかに電話していた。
「ったく、最後まで逃がすとでも思ってたのかよ。詰めが甘いって」
「私の事なんて考え直すって言ったでしょう!」
香織は慌てて睨みつけると、プイっとそっぽを向いた。
陽一は可笑しそうに笑うと、
「そう聞いて、泣きそうな顔してたのはどこの誰だよ?」
そう言い、香織の頬を軽くつねった。
「うぐ・・・」
「さっきも寂しそうな顔してたし、ホント分かり易いよ、お前って」
陽一は香織の顔から手を離すと、今度は軽く額を人差し指ではじいた。
「してないですー!!」
香織はおでこを摩りながら、言い返したが、全てを見透かされて、顔がどんどん赤くなっていくのが分かった。
「へえ、そうだった?」
陽一は香織の顔が赤くなっているのを、満足そうに見下ろすと、
「まあ、いい。とりあえず、手出せ。右手」
香織の前に手を差し出した。
「は?」
「いいから、早く出せ」
仕方なく右手を出すと、その手首にスマートにブレスレットが付けられた。
「!!」
「本当なら昨日やる予定だったんだよ、夜に。見事に邪魔されがな」
香織は固まって言葉が出ない。
じっとブレスレットを見つめた。
「何?気に入らない?」
香織は無言で首を振った。
陽一はそれに満足したのか、香織の頭を優しく撫でた。
「でも、貰えませんよ・・・。こんなに高級な物・・・」
「残念だが、そんなに高級じゃない。あんまり高いと、お前引くだろ?」
「・・・でも、水着も浮き輪も買ってもらてるのに・・・」
陽一はため息を付いた。
「あのなぁ、浮き輪を贈り物の数に入れるな。それに水着もあれはプレゼントじゃない。必要だから買っただけだ」
「でも・・・」
「あー、分かった、分かった!」
陽一は素直に引き下がらない香織に、両手を挙げた。
「じゃあ、タダでやるのは止めた。代金を貰うよ」
「え゛?」
香織は驚いて顔を上げた。
マジか!ちょっと、幾らよ?これ!
御曹司が高くないって言ったって、一般人と底辺が違うんだから!
そう思った次の瞬間、顎を掴まれたかと思うと、陽一の唇が降ってきた。
「っんん・・・」
顎をしっかりつかまれて、陽一の唇はなかなか離れない。
やっと離れたかと思うと、ニッと笑った顔がすぐ傍にあり、香織の心臓は飛び出しそうになった。
陽一はもう一度、軽くチュッと音を立ててキスをした。そして、満足そうに、
「毎度あり」
と言うと、踵を返して、年寄りたちが待っている場所まで戻って行った。
「・・・」
香織はフラ~っと壁に振り返ると、頭をガンっと壁にぶつけた。
(もう・・・無理だ・・・)
今、自分はどんな顔をしているんだろう。
絶対真っ赤な顔しているに決まってる。
今戻ったら、陽一を傍にして、綾子の前で平常心を保てる気がしない。
香織はフラフラと歩きながら、もう一度女子トイレに入って行った。
何か問い詰められたら、急に腹痛に襲われたと言い訳しようと思いながら、暫くトイレの個室に籠った。
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