103作品目

Rinora

01話.[早く終わるよね]

「んー、なんか違うんだよなあ」


 もう高校二年生の冬になるのに中学のときとなにかが変わった気がしなかった。

 こんなものだと言われたらそれまでだが、せめてもう少しぐらいはなにかがあってくれてもいい気がする。


「てりゃー!」

「いった!? な、なんで背中を叩かれたんだ……」


 放課後の教室でゆっくりしていただけなのにこれではあんまりだ、独り言を言った罪ということならこの世界は生きづらい世界ということになる。

 ちなみに叩いてくれた彼女はいい笑みを浮かべながら「帰ろ!」と誘ってきたものの、それなら普通に声をかけてくれればいいのにと思ってしまう。


「帰ろうよー!」

「分かったよ」


 荷物をまとめて教室及び学校をあとにする。

 今日はよく晴れているから少し暖かった。

 もっと暖かくなれば外でゆっくり考え事をすることもできるようになるから早く時間が経過してほしい。


「れい、ちょっと寄ってこ」

「ん? うん、いいけど」


 考え事をするといえば公園は最適な場所だ、静かだからそれだけに集中できる。

 ボールがいきなり飛んできて危険というわけでもない、頻繁に人が訪れる場所でもないから人目を気にする必要もない。

 誰もお前なんか見てねえよと言われたらそれまでだが気になってしまうので、これからもここを利用する人が多くありませんようにと願っておいた。


「さっきのはれいが失礼なことを考えていたからだよ、私がいるのになんか違うなんて贅沢すぎるからね」

「特になにか変わったことがなかったから言っただけなんだよ……」


 それでも叩くのはやりすぎだ、それなら「贅沢すぎる」といまみたいに直接言ってくれれば人がいるところでそんなことを言ったりするのはやめる。

 注意されたのに嬉々としてその行為をする人間ではないのだ、それだって長く一緒に過ごしてきて分かっているはずなのに……。


「分かりやすい変化なんていらないよ、だって常になにかがあったら疲れちゃう」

「確かにそうだけど、ゆめはいまのままでいいと思っているの?」

「私はいまのままで十分だよ。学校は楽しいし、お友達だっていっぱいいてくれているから」


 そうか、相棒的存在が満足できているようでよかった。

 こういうのは僕だけが考えておけばいい、どうせそれでなにかが変わるとかそういうことではないからだ。


「それにれいがいるからね」

「じゃあずっとそう言ってもらえるように頑張るよ」


 もう満足してくれたみたいだから帰ることにした。


「え、こっちで過ごすの?」

「ママは十八時まで帰ってこないから」

「あ、そっか、じゃあゆっくりすればいいよ」


 こんなことこれまで何回もあったからささっと着替えて課題を始めた。

 こっちがなにかに集中しているときは話しかけてくることもほとんどないため、脱線することもなく十分ぐらいで終わらせることができた。

 しっかり切り替えられるというところは自分で自分を褒めたいところだ、こういう積み重ねが余裕を作るからこれからも続けよう。


「終わった? 終わったなら相手をして」

「終わったよ、だけどそろそろご飯を作らないといけないから」

「それなら手伝う、ふたりでやった方が早く終わるよね?」

「じゃあお願いしようかな、ゆめは上手だから母さん達も喜んでくれるはずだし」


 ただこうすることの問題ももちろんあって、それは彼女があれもこれもそれもと全部やってしまうことだった。

 効率良くできることは知っているものの、本来なら頑張らなければいけない自分がほとんどなにもしないままで終えるというのはどうなのという話だ。


「今度こそなにもないよね、ちゃんと私の相手をして」

「分かった」


 ちなみにこれ、ただ話し相手になるというだけでは満足してくれることはない。

 こっちの足の上に座ることを許可したうえに、頭を撫でると納得してくれる。

 最近になって急に求めてくるようになったわけでもないため違和感というのはないが、まだこれを続けてもいいのかと考えるときはあった。


「違うクラスだから寂しい、れいは自分から来てくれないけどなんでなの?」

「違うクラスに入るのは緊張するんだよ、それにゆめは女の子とばかり一緒にいるからそもそも近づきづらいんだよ」


 僕だって一緒にいると落ち着ける彼女といたい、でも、自分の気持ちだけを優先して行動してしまうのは悪いことだから我慢している状態だった。

 ……一番大きいのはいまも言ったように違うクラスに入りにくいというやつだからそうやって正当化しようとしているのかもしれないが……。


「そんなの関係ないよ、れいが私といたいならどんどん来てくれればいいんだよ」

「じゃあ次からは頑張るよ」


 多分、こうやって色々なことを先延ばしにしてきた結果がいまに繋がっている。

 なにかが変わるようにと一応努力をして行動したつもりでも、他者からしたら全くやっていないように見えるレベルでしかなかったのかもしれない。


「約束だからね、破ったらばちんとするから」

「そ、それはやめてくれると助かるかな……」


 それにその言い方だと何回もしているように聞こえるから誤解されたくなければやめるべきだった。

 彼女は優しくて元気で可愛らしい子だ、だから悪く言われるようなことにはなってほしくなかった。




「よう、親友」

「おはよう、今日は戻ってくるのが早かったね」


 尾川まさ――彼はいつもSHRが始まりそうになるぐらいの時間に戻ってくるのに今日はなんかやけに早かった、十分ぐらいは早いから大袈裟というわけでもない。


「朝から腹が減って仕方がないから早弁するために走ってきたんだ」

「え、そんなことをしたら午後が最悪になるでしょ」

「そんな先のことは知らねえ、いまをなんとかできればそれでいいんだよ」


 あぁ、お昼休みに突っ伏すか指を咥えてこっちを見てくる彼が容易に想像できる。

 放課後は朝以上の練習になるんだからお昼ご飯を食べなかったら駄目だろう、だから仕方がなく自分で作ったお弁当を渡しておくことにした。


「いいのか? 受け取ったら絶対に返さないぞ?」

「いいよ、活動しなければならないのにお昼抜きの方がありえないから」


 こっちはお腹が空いたらすぐに帰って作ればいいんだ、しかも買う物なども任されているから自分の欲求を満たすことができるんだ。

 そういうのもあって気にする必要は全くなかった、なんならお昼ご飯を食べないことで午後の授業のときに睡魔と戦うことにならなくていいのは楽すぎる。


「れいの馬鹿、そんな人放っておけばいいのに」

「おいめあ、そんな人とは酷い言い方だな」

「知らない、れいのお弁当を食べようとするとかありえないから」


 前々からこんな感じだから止めたりはしなかった、だってこんな会話をしつつもいられているんだから相性というのはいいんだ。

 ちなみにもうひとりの親友が見てきたから大丈夫だと言っておいた、僕が渡したんだから気にしなくていい。


「なんでれいってそうなの?」

「困っていたらゆめだって助けようとするでしょ?」

「まさのためにしたりはしないもん」

「嘘つき、この前だって一緒にまさのお姉さんの誕生日プレゼントを選んであげていたの知っているからね?」


「仕方がないから手伝ってあげる」と言っていてツンデレさんかな? と考えたぐらいだった。

 素直になりづらいお年頃というやつなのかもしれない、その割には上手く甘えてくるから分からなくなるときがあるが。

 もしかしたら彼のことが好きで素直になれていないだけの可能性もあるのかと、そうかそうかとなんか父的な目で見ている自分がいた。


「ストーカー……?」

「違います」


 親友とぐらいはなるべく一緒に行動したいがそんなことはしない、というか、リスクのある行為をするぐらいなら直接誘った方が気が楽だろう。


「まさはれいと同じクラスだからずるい、いまからでも変わってほしい」

「無茶言うな、それに別のクラスだろうとふたりはずっと一緒にいるだろ」

「もしかして私といられなくて寂しい? それならちょっと可愛いかも」

「いや、ゆめとじゃなくてれいといられないのがあれだな、まあでも、部に所属することを選んだのは俺だから文句は言えないが」

「まさは可愛くない」


 そろそろ危ういから教室に戻らせておくことにした。

 そうしたら少し目を閉じて内にあるそれを変えていく。

 これは毎日していることだから癖になってしまっていた、たった数秒でもこれをするだけで学校向きの意識になるから悪くはない。


「よし、今日も頑張ろう」

「そうだな」


 結局お喋りに夢中になって早弁をできていなかったがいいんだろうか? 戻ってすぐに食べるより二時間目の休み時間とかそっちに食べた方がいいと判断したかもしれないからなにかを言ったりはしないが。

 すぐにSHRが始まってあっという間に終わった。

 休み時間になると途端に賑やかになるからクラスメイトの会話に意識を向けつつ再度目を閉じていたんだが、


「れい、教科書忘れちゃったから貸してほしい」


 ゆめによって中断することになった。

 お昼休み後に使用しなければならない物ではあるものの、いますぐに使用するというわけではないから渡しておく。

 彼女は「ありがとう」と言って移動する――かと思えばそうではなく、何故かこちらの顔をじっと見てきているままだった。


「お昼ご飯分けてあげるからね」

「いいよ、ゆめは気にしなくていいんだよ」


 そんなことが言いたくて残っていたのか、やっぱり彼女は優しい子だ。

 その彼女と幼馴染でこれまで一緒にいられていることに感謝しなければならない。

 こっちが彼女のために動けていることがゼロとは言わないが、してもらっていることに比べたら……というやつだった。


「むぅ、そういうところは嫌い」

「逆に『ちょうだいちょうだい』と言ってくる僕だったら嫌でしょ?」

「ううん、その方がいい、私はもっとれいに頼ってもらいたい」

「いてほしいと考えているからいつも似たようなものだよ」

「困ったらちゃんと言ってね」


 頷いたら彼女も頷いて歩いて行った。

 親友と話せたことで緩んでしまったものを再度戻して一時間目が始まるのを待ったのだった。




「じゃ、行ってくる、容器は洗って返すから明日まで待ってくれ」

「うん、頑張ってね」


 こっちは特に理由もないが残っていくことにした。

 ゆめが来ていないというのもあるし、椅子に座って目を閉じていると落ち着けるというのが理由だ。


「れいー」

「ここにいるよ」


 約束をしているわけでもないのにこうして来てくれるが、これもいいことなのかどうか疑問に感じるときはあった。

 前も言ったように女の子の友達が多い存在で、その友達の中には同じように部に未所属の子だっているのにそっちを誘わないからだ。


「まさはもう行った?」

「うん、外に出れば活動できるというときにじっとしていられる親友ではないから」

「よかった、まさはれいの優しさを利用するからあんまり好きじゃない」


 優しさを利用しているとかそんなことはない、僕がただ「ありがとう」と言ってほしくてしていることだからまさはなにも悪くなかった。


「でも、厳しくできないよね? それどころか困っていたら積極的に動いてしまうのがゆめだからね」

「れいやお友達が困っていたらそうやって行動するのは当たり前だよ」

「ははは、素直じゃないねえ」


 こういうタイプは自覚すると一気に傾くんだ、三年生になる前には付き合い始めましたと言われそうだった。

 まさもなにかと気にしているからね、自分の中にある好意に気づいてしまったとしても一方通行で苦しい思いを味わうということにはならないだろう。


「「あ」」


 ぐーとお腹が鳴ってしまって少し恥ずかしかった、体育とかがなくたって生きていればお腹が空くから違和感というのはなかったが。


「今日は泊まる、色々と教えなければいけないことができたから」

「そうなの? それはいいけどさ」


 なにかがあっても家はすぐそこだから問題ないか。

 家に着いたらささっとご飯作りを初めて、十七時前には終えることができた。

 別にリビングにいる必要はないから部屋に移動するとゆめも付いてきて僕のベッドに転んだ、そのまま目も閉じてしまったから話しかけることはせずに着替えた。


「れいも転んで」

「はは、確かにこのままだとお腹が空いちゃうからいいかもね」


 隣に寝転んで反対側を向く。

 ベッドに転んでいても食べたいという気持ちの方が大きかったから眠たくなるようなことはなかった、服が掴まれているというのも影響したのかもしれない。


「……れいが近くにいるときはまさと上手く話せなくなる」

「それならふたりきりで話したらどうかな? 部活の後に寄ってもらおうか?」


 僕らの家より遠いからここは通り道だ、わざわざ違う方向へ行かなければならないということでもないから負担をかけるということはない。

 それに今日中に容器を返してもらえることになるからメリットがあった、彼女だって今日なんとかできるということならそれはメリットと言えるはずだ。


「勘違いしないで、私は謝りたいだけだから」

「え、どういうこと?」

「……別に、それならまさに連絡しておいて」


 忘れそうだから連絡をして今度はベッドの上で目を閉じた、先程と違ってぴったりとくっついてきているゆめがいるが気にならなかった。

 これからもなにかがあった際にはこれをしたらいいと思う、そうすればあんまり不安定にならずに向き合うことができる。

 ゆっくりしていたらあっという間に時間が経過して両親が帰宅、帰宅したならと四人でご飯を食べ始めた。


「れい、いつもありがとう」

「言わなくていいよ」

「『うん』でいいんだよ、れいは頑固なところがあるよなあ」

「普通だよ普通」


 ありがとうと言ってもらえたら嬉しいが、だからってもっと感謝してくれなんて言えるわけがないし、言うつもりもない。

 こういう話になったらいつも言わなくていいと終わらせようとするものの、何故か逆に広がってしまうというのが微妙な点だった。

 なんか家族から言われた場合は素直に喜びづらいんだよ。


「ゆめちゃん、なんか暗い顔をしているけど大丈夫?」

「似合わないぞそんな顔、というか、俺らが嫌だからやめてくれよ」


 こういうことも多くて自分の娘のように可愛がっていた父らしい発言だが、なんか押し付けのようにも見えるからあんまり言ってほしくなかった。

 

「これからまさに謝らないといけないから」

「まさに? 喧嘩でもしたのか?」

「ちょっと可愛くないことを言っちゃっただけ、あっちは気にしていないだろうけどこっちが気になるから謝ろうかなって」


 父は納得したような顔で「それならその方がいいな」と。

 そもそも本人がそうすると決めたんであればこっちにできることはそっかと言うことだけだった。

 無理やり止めようとしたところできっと変わらないし、なんなら仲が悪くなるだけだからそれでいい。

 いけないことをしようとしているなら嫌われる覚悟を持って言うのもありかもしれないものの、僕にそんな強さはなかった。


「っと、多分まさだな」

「出てくるよ」


 扉を開けると「よ」と親友が話しかけてきたので挨拶を返しておいた。

 それから背中に張り付いていたゆめをはがして向き合わせる、先延ばしにしても自分が大変になるだけだからなるべく早く頑張った方がいいからだ。


「……いつも可愛げがない態度でいてごめん」

「え、そんなことが言いたかったのか? 別に気にしなくてもいいのになんか面白い人間だな」

「わっ、か、髪に触らないでっ」

「はははっ、っと、こうして寄ったんならちょっとゆっくりしていくかな」


 お腹が空くでしょと言ったら「酷い奴だな」と言われてしまった……。

 別に追い出そうとしたとかそういうことでもないのにそういう反応をされたことがなんか寂しかった。

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