Prayer in Action

たくみ@もう食べられません

第1話 一兎を追え

12月24日


駅前のロータリーは多くの人で賑わっていた。

どこかへ出かけてゆくのか、どこからか帰って来たのか、浮かれることを許された夜に皆が心を預けていた。上気した顔を色とりどりのイルミネーションが照らす。


黒崎は人ごみの中で「兎」の背中を追いかけていた。

幸せに満ちた空気の中を切り裂くように男の背中を目指す。


兎は赤信号の手前で足を止めた。黒崎も距離をあけて立ち止まる。

この信号を渡って数百メートルも歩けば暗い路地がある。

情報通りだ。おそらく、そこで決まる。


黒崎は自身の中に糸をイメージする。ピンと張られた糸、その糸の繊維組織を拡大する。顕微鏡で覗き込むような世界の中で、少しずつ綿密に組織の空洞を埋めていく。

どんどんと強くなる一本の糸、カメラを戻していく。張られた糸は黒崎の中にある。そして、それが全ての源であった。いつの頃からだろう、この映像がインプットされたのは。



黒崎はコートの中を指でなぞりながら横断する車を見つめていた。



兎が跳んだ。

横断する車の頭上を超える大きな跳躍で兎は交差点の向こう側へと降り立ち、そのまま走り出した。

黒崎も慌てて走り出す。躊躇なく車道に飛び出す。けたたましくクラクションが浴びせられるが走る速度はゆるめない。ロックしたタイヤはゴムをちぎりながらスライドしてゆく。


「勘づかれたらしい、追跡中」無線に伝える。

「どじ、間抜け、どじ」白馬が単調に罵る。

「他の班はどうなってる? 」

「先回りしてる人間もいるけど、プレイヤーはクロちゃんだけだから、止めきれないよ」

「わかった、追いつく」

コンビニの前に止められた自転車を見て、鍵がかけられていないものを見つける。

ハンドルを引っ張って体に寄せてからまたがった。

店内で驚くおっさんの顔が見えたが、気にせずにペダルを踏み始めた。

「無茶やるね」白馬の笑い声が聞こえてくる。


タイヤが細いスポーツ用の自転車で追い始めても、兎の背中はなかなか近づかない。

名づけられているだけあり、ギフトによって脚力の強化がされているようだ。

しかし、逃げているということは脚力以外に自信がないことの証明だ。

脳内で確保のためのシミュレーションを行う。追いついた後に、迅速に動きを止めて仲間の車に押し込む。兎には生きていてもらわなければならない。


「次の交差点、足止めかけるからな」先回り班からの無線が入った。

兎は何も知らないまま、仲間の待つ交差点に差し掛かっていた。住宅街の中の暗く、見通しの悪い交差点だ。


光る。強烈な光が兎を照らした。逆光の中で、ひるむ兎の姿が見えた。

黒崎は一気に加速し、自転車を乗り捨て、抱き着くように兎に覆いかぶさる。


絡み合ったままアスファルトを転がる。コンクリートの塀にぶつかったところで黒崎は兎の首元を右腕で締め上げる姿勢を完成させていた。容赦なく、気道を圧迫する。腕や頭に必死の抵抗が来るが左手で軽くいなす。あとは兎の体内酸素量が一定値以下まで下がるのを待てばいい。


仲間が遠巻きに見守る中で、その状態が10秒ほど続いた時であった。

急に視界が変わった。景色が流れていく。上から下へ、見ると兎の脚は伸びきっていた。跳んだのか、地面を蹴ってもろとも跳びやがった。


滞空時間はとても長く思えた。冬の澄んだ空気の中でオリオン座が光る。

首を圧迫する姿勢こそ崩さなかったが、恐怖はすぐにやってきた。来るべき自由落下の時間だ。上昇はすぐに終わり、慣性に従って2人は落下を始めた。


「パラシュートは持ってるか? 」

風切り音の中で白馬の声が聞こえる。

組み合った姿勢のまま住宅の屋根を突き破った。



先に起き上がったのは兎であった。首元にまとわりつく腕は無かった。

冷え切った空気を吸い込み、呼吸を整える。

天井に空いた穴を見つめる。兎は脱出の跳躍のために壁に手をかけた。

金属質で軽い音が手元から鳴る。


手には手錠がされていた。兎が振り返る。

「まず一羽」

黒崎は兎の喉元にスタンガンを押し当ててスイッチを押した。

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