第27話 十戒

 十戒は戦争孤児だった。


 鬼と人間との戦いによって村が滅び、たまたま通りかかった忍によって、忍の里へと連れ帰られた。


 里では十戒のような孤児たちが無数に集められ、衣食住を提供される代わりに絶対的な上下関係のもとに特殊な訓練がほどこされた。


 まずは忍術や剣術をはじめとした戦闘訓練。次に変装などの隠密訓練。さらにどこででも生き延びるための生存訓練。


 そして、齢(よわい)十五になると、訓練生同士で殺し合いをさせられる。それまで家族のように支え合い、励ましあってきた同輩を殺せるだけの非情さと戦闘技術、そして命令への絶対遵守が試されていたのだ。十戒と相対した少年は同じ部屋で育ち、同じ釜の飯を食い、寝床を共にした唯一無二の親友だった。


 動揺する十戒と裏腹に、親友はどこまでも平然としていた。


 そう、親友はすでに覚悟していたのだ。


 十戒に殺される覚悟を。


 親友は言った。


 ――いいよ、僕を殺して。


 優しく、諭すような声だった。それでも十戒には手を下すことはできなかった。


 ――君を殺すくらいなら、君に殺される方がいい。


 そう言う親友に対して、十戒は言った。


 ――できない! こんなやり方は間違っている! 二人で逃げよう! 俺が必ず守るから!


 しかし、親友は首を振り、


 ――無理だよ。僕たちの行動はすべて監視され予測されている。僕はせめて君にだけは生きていて欲しいんだ。


 そう言うと手にした苦無で自らの喉を切り裂いた。迸る血潮。十戒を染める返り血。


 結果、十戒は最終試練へと進むことになる。その試練とは、実際に半鬼を抹殺することだった。己の手でいかなる敵も葬れると証明することができて、初めて一人前の忍として認められる。


 十戒が抹殺を命じられたのは、阿魏(あぎ)という女の半鬼だった。白い髪に青い瞳をした子どもとのことだった。ところが罪名は反逆。立派な処刑理由だった。武装を整え目的地に向かう。


 そこで十戒を待ち受けていたのは、まだ年端もいかない、あどけなく笑う少女の姿だった。


 ――あーあ、とうとう見つかっちゃったか


 阿魏はあどけなく笑う。


 ――誰も傷つけず、何も奪わずに生きていたいだけだったのにな。


 そう言う手足は病人のように白く細かった。


 ――私ね、どうしても鬼を殺すことができないの。それが自分の運命と知っていても、鬼が悪さをしていると頭では分かっていても、どうやっても殺せなかった。だってね、生きているときに辛い思いをして、この世を呪って、人に取りついてまで恨みを晴らそうとする人をまた殺すなんて、あまりにも可哀想じゃない。


 そう話す横顔がかつての親友と重なった。


 ――だけど、そんな言い分がこの世界で通用しないのも分かってる。だからね、


 そして、阿魏は言ったのだった


 ――いいよ、私を殺して。


 かつての親友と、同じ言葉を。


 ――!


 狼狽える十戒。


 ――黙れ! そうやって甘言によって油断させようという腹積もりなんだろう! だがその手にはのりはせんぞ!


 苦無を構える十戒。


 しかし、阿魏はかわらず微笑んだまま。


 ――ごめんね、辛い仕事を押しつけて。

 ――黙れと言っているだろう!

 ――私、分かるの。あなた優しい目をしてる。きっと人を殺すのには向いてないんだって。

 ――黙れ黙れ黙れ!


 もはや十戒にはかつての親友と阿魏が重なって見えていた。そう見ざるを得なかった。


 ――それ以上無駄口を叩けば命はないものと思え!

 ――そうね、たしかにこれ以上話しても分かりあえないかもしれない。でも、これだけは忘れないで。


 阿魏は俯いていた顔をあげて、 


 ―あなたは辛い業を背負っているのかもしれない。どの道を通っても茨が待ち受けているかもしれない。けれど、人生はきっとあなた自身の手で切り開くものなの。


 そう言って阿魏は自分の手を刃に変えて自決した。愕然と座り込む十戒。


 そのとき思った。こんな酷いことが許されていいはずがない、と。


 忍の里に戻り、任務を終えて一人前と認められた十戒は、その日のうちに足抜けを志願した。罪なき命を奪う忍のあり方に疑問を持ったのだった。しかし、一度忍になったものは、忍として生きるか、忍として死ぬかの二択しか用意されていなかった。ただ一つの例外を除いて。


 その例外とは、特級指定の鬼を単独で抹殺すること。特級の鬼とは忍十人の部隊で倒せるかどうかの超凶悪な力をもった鬼であるから、これに単独で挑むのは自殺行為といわなければならない。


 つまり、十戒は事実上の自害を命じられたのだ。そうしてその特級指定の鬼のなかでも土蜘蛛といって、八本の足が刀のような金属でできている巨大な鬼に挑み、敗れ、そこを百と千里に見つかったのだった。

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