第13話 修行の息抜き

 ある日の修行終わりのこと。 


「なんでそんなに必死に頑張るんだよ。いくら鍛えたって鬼なんかに勝てるわけないだろ」


 千里が汗を拭きながら健太に尋ねる。すると健太は千里の嫌味にも曇らないまっすぐな瞳をして答えた。


「守れるようになりたいんだ。いつかお師匠様みたいに強くなって、大事なものを奪われないように、守れるようになる」 


 そして千里を見つめて、


「千里、お前のことだっていざとなったら守ってやるよ」


 と言った。


 千里は呆れた顔をして、


「なんでお前に守られなきゃなんねぇんだよ」


 と言うが、健太は肩を組んできて、


「水臭いこと言うなって。俺たちもう友だちだろ?」


 こう真っ正面からこられるのに慣れてない千里は照れて答えに困りながら、


「そう、かもな」


 とだけなんとか答えた


「そうだ! 明日の朝さ百も連れて裏にある森にこいよな」

「どうしたよ、また急に」

「なんででも! じゃあまた明日!」




 翌朝、千里と百は健太たちに言われたとおりに屋敷の裏の森に来た。


「せっかく修行が休みだってのに、どうしたんだよ、こんなところに呼び出して」

「決まってるじゃない、遊ぶのよ」 


 とお鈴。


「遊ぶって、なにして?」

「まずは、鬼ごっこからな」  


 と健太。


「百がいたら勝負にならないだろ」


 千里が問題を指摘すると、


「それくらい分かってるわ。だから制限をもうけたの」

「制限?」

「百さんは片足しか使えない。これならちょうどいいでしょ?」


 と純。


「百は、それでいいのか?」


 と千里が振り返ると、


「片足で鬼のふりをすればいいの?」


 がおー、と言いながら訊くので


「はあ……まずは、遊び方の説明をするか」


 そして遊び方の説明をすることに。


「——てことで要は鬼のときは相手の身体に触れたらいいんだ。で、逆に鬼から触れられたらその人が鬼になる」

「把握した」

「よーし、そんじゃあ、じゃんけんな!」 

  

 と健太。


「じゃんけんってなに?」 


 ここでも百が首をかしげるので、また千里が説明。


 そして、


「「「「じゃーんけーん、ぽん!」」」

「……」


 一人だけグーを出した百が負けたのだった。


「じゃあ、百ちゃんが鬼ね!」


 みんないっせいに逃げていく。


「1、2、3……」


 数える百。


「10!」


 片足けんけんで走り出す百。標的は一番足の遅い純らしい。


「うわあ!」


 必死に逃げ続ける純。木々の間を器用に走り抜ける。


 しかし、それでも食らいつく百。


 結局ほどなくして捕まる純。


「うそお……捕まっちゃった。ええと、1、2、3……」

「おいおいマジかよ、こりゃ百相手でもうかうかしてられねえな」


 木の陰からその様子を見ていた千里は認識を改めざるを得なかった。 


「ひとまず鬼になった純から離れるか…」


 と走り出そうとした瞬間、背中に手の感触が。


「——」


振り返ると、


「捕まえたよ」 


 にやりとする純。


「げっ、嘘だろ! 俺が鬼かよお!」




 それからしばらく走り回ったが、みんな森の中の追いかけあいっこに慣れている。一番足の遅い純にさえ追いつけない。挙げ句には


「へへーん、おいらはこっちだよーんだ!」

「ほらほら、こっちへきてみなさい!」


 こうして挑発までされる始末。


「なんで休みの日にまで修行みてえなことしなきゃなんねえんだよぉ!」


 ぎりぎりと歯ぎしりする千里。


「頭きた。ぜってえ誰か捕まえてとっとと雲隠れしてやる……!」


 そして、あえて疲れてたちどまったふりをする千里。

 そこへ挑発しに後ろから健太が近づいてきた瞬間、


「ここだ!」


 勢いよく反転。飛びかかり、見事捕まえる。


「ちっきしょう!さすがにやりすぎたか……!」

「へへ、せいぜいそこで悔しがってな。あばよ!」


 そこから千里は闇雲に走ってすべてのプレイヤーから距離をとる。足音がすれば反対の方角へ逃げる。そうしてしばらくするとどこからも足音がしない安全圏にたどり着く。


「はあ、はあ……。ここまでくりゃ大丈夫だろ。ここで10分は休ませてもらうぜ」 


 木の幹に背中を預けて呼吸を整える。瞼も閉じてゆっくりと休んでいると——


「見つけた」


 聞き覚えのある声。


「な——!」  


 ぴと。


 百の右手が千里の胸に触れる。


「次、千里が鬼」

「またかよおおお!」


 とうとう崩れ落ちる千里。


「くそぅ! こうなったらリベンジマッチだ。俺の休息をぶち壊した百をなんとしてでも捕まえてやる!」


 10秒間目で追い続けていたのでだいたいの方角は分かる。


 そこへ走り込むとしばらくして独特の足音が聞こえる。間違いない。片足でけんけんしている百の足音だ。


 それからさらに追い続けるととうとう目視で捉えきれた。あとは追いついてタッチするのみ。目標の背中まであと数十センチというところで千里が手を伸ばすと、


「——」 


 突然百は右にステップして回避した。まるで背中にも目がついているかのように。


「ちっ、逃がすかよ!」 


 千里も右に方向転換し間合いを詰める。ところが、張り手のような勢いで繰り出す手がことごとく避けられる。ときにしゃがまれ、ときに飛び越えられ、あるいは上半身の動きだけで。


「千里は鬼にしては弱い。もっと鬼になりきらないと」

「くっ! お前にまで挑発されるとはな! だが後悔させてやる。必ず捕まえて見せるからな!」


 ……数分後。


「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……なんで、これだけ、頑張ってんのに、いっこうに、捕まらねえ、んだよ」


 とうとう地面に突っ伏す千里。


「だって、そういう遊びでしょ?」

「そりゃ、そうだけど」

「手加減した方がいい?」

「いや、それじゃ面白くない」 


 そう言ってにやりとする千里。


「久しぶりだぜ、こんなに本気で必死になったの。やっぱ遊びってこうでなきゃな」 


 それから大地に仰向けになって


「俺も色々あって忘れてたのかもしれねえ。ふつうに遊んで今を楽しむってことを。それをあいつらが思い出させてくれた」 


 そしてちらりと百をみて


「なあ、百」

「なに?」

「百は今、楽しいか?」

「……」

「正直に答えていいんだぜ」 


 すると百は心なしか微笑みのようなものを浮かべて、


「たのしい、と思う」 


 と答えた。

 それを聞いて、


「そっか。俺も楽しい」


 年相応の満面の笑みを浮かべる千里だった。

 



 そのあともおはじきや花札をしているとあっという間に日が暮れて一日が終わる。泊まり込みではない健太たちはそれぞれの家へと帰ってゆく。  


「じゃあな! また明日も頑張ろうな!」


 と健太が大きく手を振る。


「おう!しっかりやろうぜ!」


 千里が振り返すと 


「あんたこそ手を抜くんじゃないわよ~!」


 とお鈴。 


「千里くん、百さん、また明日~!」


 と純。


 それら三人の後ろ姿を見送った後、


「さ、俺たちも帰るか」


 そう言ってから気がついた、


(帰る、か。まさか俺がそんな言葉を当たり前に使える日が来るなんてな。こんな知らない世界で居場所ができるなんて思いもしなかったぜ) 


 そして、こう祈らずにはいられなかった。


(せめて、こんな日々が一日でも長く続きますように)




 その日の風呂にて。 


 今日も今日とて朱音が百の背中を洗っていると、

「ねえ、朱音」

「なに、百」

「ずっと考えていたことがある」 


 いつになく神妙な声色の百。


「……言ってごらんなさい」

「朱音が人間らしい生き方を目指していることも、それが助け合うことを意味しているのも分かった。なら逆に、鬼らしい生き方ってなに?」


 とても大切な問いかけをされてる気がして、じっと考え込む朱音。


「そうねえ……誰かの大切なものをためらいもなく踏みにじるようなことは、鬼らしいと言えるかもしれないわね」

「それが、鬼?」

「ええ、だいたいその認識でいいと思うわ。百、あたしにはあたしの生き方があるように、あなたにもあなたの生き方がある。だから強制はできないけれど、どうかあなたにも人間らしい生き方をしてほしい。それがあたしの願い」

「わたしにもできる?」

「ええ、望みさえすれば」

「……自分が何を望むのか、まだ分からない」

「いいのよ、それで。時間はいくらでもあるんだから」

「でも、最近は毎日が『たのしい』って思う。こんなこと初めて。できるなら、こんな日々を続けていきたい」

「そうね、あたしもそう願ってるわ」


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