第4話
白い貝殻が五つと真っ赤な
「こちらは西方から取り寄せた無花果でございます。まぁ素敵。
行商の真似をしてみるものの、支払いの順序がわからずソラはそのまま考え込んだ。果物を買ったとして、貝殻(金)を渡すのか、貝殻を渡してから果物を選ぶのか。もし、全部渡しても足りなかったら一体どうするのか、悩みはつきない。
そういえば朝、行商が渡り廊下を通っていた。悩んでいたソラの頭に行商の姿が浮かぶ。帰りも同じ道を通るなら、運が良ければ教えてもらえるかもしれない。ソラは窓辺に駆け寄ろうとして、部屋をのぞき込む丸い目に驚いて短く悲鳴を上げた。
「姉ちゃん、何してんの?」
六つになる頃の
「あなた、一体、私は部屋で『お買い物』を」
しどろもどろになりながら、ソラは
「はぁ? 誰もいねぇし、もしかして姉ちゃんやべーやつなの。鳥人ってだけでもやべーのにさぁ」
「やべー……? いえ、あの、そうですね。一人で『お買い物』の勉強をしていました」
「俺より年上なのにそんなことも勉強しなきゃできねーの?」
無慈悲な言葉にソラの眉尻が下がる。必要なものは支給され、外に行くときは必ず同伴が必要だ。王宮の中でさえ、行ってはいけないところが沢山ある。街に降りて買い物など夢のまた夢だ。
ソラの悲しげな顔を見て、少年は気まずそうに視線を反らせる。
「その……俺が教えてやっても、いい、けど」
「本当ですか?」
鉤爪のついた柔らかい手のひらが、少年のごつごつした豆だらけの手を掴む。ふわりと漂う花の香りは、少年がよく出入りする娼館でも嗅いだことのないほど優しく甘い。
「私はソラです。ユルク王太子殿下の『鷹』です。よろしくお願いします」
「ユルク王太子!? ゴメン、やっぱ俺」
蜜を固めたような目で見つめられて、少年は恍惚と自分の名を告げた。目の前の生き物が奴隷だということは、幼い彼でも十分理解できた。布製の首枷に王太子の紋章が縫い付けられている。王太子の住む第一後宮ではどこにいたって目に入ってくる紋章だ。
だがソラは姫のように綺麗で、柔らかい肌をしていて、いい香りもする。それだけで彼は不思議と夢心地になってしまっていた。
「そう、アサドというのね。素敵なお名前ですね」
とろけるように甘い声で話しかけられて、アサドは顔を紅潮させて放心した。
これが奴隷だというのなら、自分は一体何なのか。靴でさえ誰かから盗んだもので、それすら穴が開いて冷たい雨の日は辛いというのに。手のひらが豆だらけになるまで働いても、ソラがもっている宝石の一粒だって手にすることはないだろうに。
そんな考えが溶けて消えてしまうほど、その奴隷は別の世界の生き物だった。
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