第32話 後夜祭

 文化祭二日目が終わった後は後夜祭が始まる。一般客が帰って、自校の学生達だけの祭りが始まる。

 後夜祭は夕方六時から始まった。出店で残った食品を無料開放したり、特設ステージで生徒たちの自主イベントが行われる。告白タイムだとか、男子だけの野球拳とか、楽しむだけの目的で好きなようにやるのが後夜祭の醍醐味だった。

 ステージ周辺では軽音楽部が楽器や機材を持ち寄り、簡易的な路上ライブを披露していた。BGM代わりの音楽を聴きながら、皆が文化祭の終わりを祝い、一抹の寂しさ感じ、酒もないのに酔いどれる。

 後夜祭まで出たことがなかった俺は楽しみ方がわからず、特になにもしなかった。同じクラスの友人らはステージ前で馬鹿騒ぎしているが、とても混ざっていく気になれなかった。

 それより、会いたい奴がいた。


「ここに居たのか」


 校舎の裏、来客用の駐車場がある場所の隅に、彼女は座っていた。

 壁の出っ張りに腰掛けていた巧美は、俺の登場にもさして驚いた様子はない。


「なにしてんだよ、こんなとこで」

「べっつにー? あたしの自由でしょ」


 濁される。たぶん周囲に溶け込めなかったとかそんな理由だとは思う。

 もしくは、傷心だからか。

 いずれにしても好都合な状況ではあった。生徒のほとんどはステージや出店の方に集まっていて、校舎裏には誰も居ないから。


「お疲れさん」


 俺は持っていた缶ジュースの一つを彼女に差し出す。

「気が利くじゃん」などと言いながら巧美は炭酸ドリンクを受けとった。プルトップをあけると炭酸が抜ける音がする。缶ジュースを飲む巧美の視線は、暗がりの空に浮かぶ三日月に注がれていた。

 缶から口を離した後も、巧美は何も喋らない。黙ったまま月を見上げている。俺も黙っているから、遠くの喧騒だけが耳に届く。

 ピコン、と電子音が鳴った。スマホを取り出してみると、俺宛にメッセージが届いていた。


「細見さんからだ」


 演奏会限定の助っ人でしかない細見さんは当然、後夜祭には来れない。彼とは一日目が終わった後に解散してそれっきりだ。別れの挨拶もそこそこに済ませてしまったから、呆気ないなとは思っていたけれど。


 ――お疲れさん。彼女と後夜祭でいいムードのとこ恐縮やけど、助っ人料金の振込先はこちらにお願いします♪ ○○銀行○○支店……


 文面を読んで思わず笑ってしまう。

「なんて?」気になったのか巧美が聞いてくる。


「銀行口座を送りつけて来やがった」

「はは、あの人らしーね」


 二人して笑う。するとまたピコンと電子音が鳴った。細見さんからの二通目が届く。

 俺はその内容を読み、少し迷ったが、巧美にスマホの画面を見せた。


 ――君らは将来、なかなかのバンドになると思うわ。頑張って這い上がってこい。そしたらボクらんとこと対バンしようや。ま、歌唱力はうちの女神様の方が上やけどね?


 文面を読んだ巧美は口をへの字にする。


「なんつー上から目線だ」

「マジでな。てか細見さんとこも女ボーカルだったんだな」

「みたいだね」

「対バンしようだってさ」


 そう聞くと、巧美は薄く笑うだけで俺のスマホから視線を外した。


(……あれ?)


 違和感があった。褒められ、かつ歌唱力を比較されたのだから、巧美の性格上は絶対に挑発に乗るだろう。なのになぜここまで静かなのか。


(やっぱり、二位だったから凹んでんのかな)


 だとしたらやっぱり、ここに来た意味がある。それに俺の口から説明しなければいけない。実は魔眼を使わなかったことを。


「……まぁあれだ。そう落ち込むなよ。魔眼を使わなくても二位だったんだから、お前の歌唱力はやっぱり凄いってことだし」


 会話に混ぜてさらっと告白してみる。


「あたしの力だけじゃないよ。皆で盛り上げた結果だから」

「ああ、そうだな。俺たちの演奏が――」


 はたと止まる。俺は夜空を眺める巧美をマジマジと見つめる。衝撃の報告をしたというのに、全然驚いていない。


「おま、魔眼を使わなかったこと、知ってたのか?」

「そりゃねー? あんた眼鏡かけたままだったじゃん。見れば一発でわかるよ」

「……ああ、そう」


 急に恥ずかしくなる。ライブ演奏に夢中だったのは俺だけで、巧美はしっかりと俺を確認する余裕があったわけだ。

 三日月を眺める巧美は、チラと横目で俺を見た。


「一応、聞くけどさ。どうして魔眼を使わなかったの」


 その口ぶりから何となく、既に理由は察しているんじゃないかと感じる。

 どうせ説明するつもりだったので俺は素直に答える。


「アンケートで結果が決まるなら、魔眼を使う方が不利になる」

「つまり自分たちの実力で一位になれると思った?」

「……悪いかよ」

「んーん、全然」

 

 巧美がゆっくりとこちらを向き、嬉しそうに笑う。見透かすように俺を見つめてくる。

 俺は咄嗟に視線を外し、照れ隠しに後頭部を掻く。「別にさ」


「魔眼、かけてもよかったんだけどよ。ちょっとは練習したし、お前の歌声も結構良いし、いけるかなって過信しちまっただけ……やっぱあれだな、興奮すると人って間違うもんだな」

「ふふ、そっか」


 ニヤニヤとした気配が肌に突き刺さる。含みがあるのが何か腹立つ。


「それで、タクミはどこで知ったんだよ」

「アンケートのこと? 終わったあと。それで魔眼を使わなかった理由に気づいた」


 うーんと伸びをした巧美は自嘲気味に笑う。「馬鹿だよねーあたし」


「部長達に勝つために魔眼を利用したのに、結果的にはそれを使ったら勝てないんだからさ」

「まぁ、使わなくても勝てなかったんだけどな」

「どっちにしろ駄目じゃん」


 けらけらと笑う巧美は、一息つく。それから彼女はおもむろに、俺の袖をそっと摘んできた。


「魔眼を使わなかったの、あたしのため?」

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