生意気で素直じゃないヤンキー美少女は、俺が見つめないと歌えない
伊乙式(いおしき)
第1章
第1話 不良少女に魔眼をかけてしまった件
突然だが、俺――
簡単に言えば、自分の目に超常の力――異能が宿る、って話だ。
フィクションの産物とか厨二病の妄想の方が有名だけど、元ネタは「邪視」と呼ばれる民間伝承だったりする。
ケルト神話のバロールの眼とかギリシャ神話のメデューサの眼が有名だろう。
ほとんどは創作に違いないけれど、でも、もしかすると本当に魔眼を持っていた人間がいた、かもしれない。
なぜそう思うか? 俺自身ていう証拠があるからだ。
発端は十歳の頃。生死の境をさ迷うほどの高熱を出して入院した後、俺の目は変わってしまった。今にして思えばたぶんこの高熱が異能覚醒の原因だったんじゃないかと勘ぐっているが、確証はない。
ただ、その前後で決定的に変わってしまったという事実だけが存在している。
そう――俺の日常は変わってしまった。
なにせ目を合わせた人間が揃いも揃って俺に好意を持つようになったんだ、変わらないわけがない。
初めはそうと気づかなかった。検診や見回りでやってくる女性看護師たちがやたらと愛想よかったり密着してくるなと不思議に思ってはいた。同室の少年患者にはさっぱりした態度の女の人が、俺に対してはやたら可愛い可愛い言って笑顔を振りまいて何でも言うことを聞いてくれるのも、俺という人間が気に入られているからかな、と単純に解釈していた。
なにせ十歳だもの。初恋もまだだったし、母親と同年代の女性が俺に対して性愛から来るアプローチを仕掛けてきてるなんて、思うはずもない。
だけど、頬を赤らめた男性医師に携帯電話の番号を渡されたときは、さすがに驚愕した。
看護師や患者に人気であろう若い医師が、俺の前では相好を崩してべたべた接して挙げ句には退院後に会いたいだなんて囁いてくる。
本気で気持ち悪かった。
同時に、絶対おかしいとも思った。
男性医師には付き合っている女性がいて、これまでも私的な接触をすることはまったくない、人望のある先生だと聞いていたからだ。
まるで人が変わったかのようだった。
結局その男性医師の行動は同室の患者から俺の親に伝わって大問題になった。
男性医師は俺の担当から外れ、病院長と共に両親に謝罪した。
しかし、両親から伝え聞いたところによると、男性医師は
『どうしてそんなことをしてしまったのか、まったく覚えがない』
としきりに狼狽し、困惑していたという。
言い訳甚だしいと怒っていた母親の前で、俺は雷に打たれたような衝撃を受けていた。
考えてみれば皆、俺の前でだけおかしくなる。
豹変ぶりがあまりにもハッキリしていたものだから、俺は密かに色々なことを試してみた。
判明したことは、四つ。
1.俺と目を合わせた人間は老若男女関係なく無条件に好意を寄せてくる。
2.目を合わせている限りその状態が続く。目を離すと、五分間効果が続いた後に、もとに戻る。
3.元に戻った後は記憶が曖昧になる。
4.裸眼と目を合わせなければ効果はない。
1番目は確認するまでもないことだった。2番目と3番目は男性医師の証言と同室の人間で試したときに確認できた。
4番目は偶然だったが、両親が俺を見ても豹変しなかったことから気づいた。
両親とも、眼鏡をかけていたから。
――魔眼には幾つかの種類がある。
その中には
かくして俺は、その魅了の魔眼と共に生きることになった。
……こんな便利な能力が手に入ったんだから、順風満帆だって思うだろう?
まぁ、確かに大抵のことは思い通りになった。
どこかのサラリーマンにおごらせたり、優等生に宿題をやってもらったり、女の子との美味しい思いも堪能した。
それというのも、魔眼をかけた後は記憶がボヤける、という特性があるからだ。悪さをしてもほとんどバレないし、相手だって思い出さない。
だけどデメリットもある。記憶がなくなるから一時的な使い方しかできず、約束ごとや長期の使い道にはそぐわない。魔眼をかけたときと終わったときの落差が激しいほど違和感も生じる。何より、本当の意味で惚れさせることはできない。
そこを見誤って、手痛い失敗もした。
そうした経験を経て俺は、どうやったら魔眼を最大限に活かせるか考え始めた。
大きな商談を取れる営業マンはどうだろう?
記憶が無くなるから、契約した覚えがないとか言われたらまずい。却下。
女の子に絶対モテるホストにでもなるか?
継続指名が必要だからやっぱり記憶が無くなるのはまずい。あと酒で肝臓を悪くするのは嫌だ。却下。
このように、便利でも限定的な効果だから、魔眼だけで将来安泰になるってことはんさそうだった。けれど魔眼を使わずなんとかするって案も却下。使わない手はない。
そんなわけで俺は、魔眼を最大限に活用する方法を模索しながら生きてきた。あまり目立つのも良くないので、普段はモブのように目立たず、必要なときに魔眼を使って都合のいい方向へ誘導する――そんなことを繰り返した。
皆と同じように将来に悩みつつ(中身は違うけど)、だけど俺の人生はきっと誰よりも安泰になる――そう、信じていた。
あいつと、出会う前は。
***
「犬飼はさ、誰がタイプよ」
休み時間、クラスメイトの友人たちと喋っているとき、流れで同学年の誰がタイプかという話になった。
「俺? 俺は……数藤かな」
途端に皆がギョッとして、一斉に「ないないない」と手を振って失笑した。
「数藤ってあの
「ああ、聞いた聞いた。軽音の連中とも揉めたってよ。女子にすげぇいじめしてるとか裏でタバコ吸ってるとか。近づこうもんなら精神を病むぞお前」
「いやタイプって言うから。純粋に顔で選んだんだけど」
「確かに美人系だけどあれはねーって。普通に怖えーよ。犬飼ってマゾ?」
「なんだよそれー」
皆は呆れ笑いしてすぐに次の話題に移った。俺はそのまま聞き役に徹する。
数藤巧美の名前を出したのはワザとだ。モブで居ることを重視しているので、こういうときも下手に現実味のある相手を出さず、笑いを取っておいている。
ちなみに数藤巧美というのはクラスで浮いている一匹狼の女子だ。美人な顔つきで華奢だから人気が出そうものだが、口が物凄く悪い。いつも不機嫌そうに眉をしかめて誰かを睨んでは舌打ちしている。なので友人もいない。クラスの行事もよくサボる上に手伝いもしないという、一言で言えば問題児な女子。
そんな女子を選ぶ奴はいないだろう。俺だって選ぶつもりはない。
間違っても魔眼なんかかけたくない相手だ。
「そういやさ、今日の連載ってあの読切の――っいて」
漫画の話に加わろうとしたとき、誰かと肩がぶつかった。
一瞬ムッとしたが、腹立たしさは乾いた音と共に消え去る。
ぶつかった拍子に眼鏡が落ちてしまった。
(しまっ……!)
俺は速攻で落ちた眼鏡に手を伸ばす。目を閉じながら。
いつもの癖だった。普段メガネをかけて魔眼が発動しないように気をつけているが、偶然落とすことだってある。最悪なことにキモいオッサンと目が合ってホテルに誘われたことがあってから、俺は眼鏡を落としたら絶対に目を閉じるようにしていた。
だから、気づかなかった。
眼鏡を取ろうとした指先が触れたのは、暖かい感触。
「落ちたぞ」
少し低めの、よく透き通る凛とした女子の声。
(……あれ、誰かに拾われちまったのか)
もしかするとぶつかった相手が拾ってくれたのかもしれない。
そう考えた俺は、目を閉じたまま声の方向に笑いかけた。
「わり。ありがとな」
手を差し出して、掌に眼鏡を乗せて欲しいと、俺は目を閉じたまま相手に示した。
ていうかさっきから友人らの声が聞こえないな、どうしたんだろ。
「は? ふざけてんのかてめぇ」
ぐいと引っ張られ、前のめりになる。
「ぅお……!」
なぜかネクタイを相手に掴まれていた。
そんなことをされると思っていなかった俺は、反射的に目を開けてしまった。
「拾ってやったのになんで目を閉じ――」
相手の声が尻すぼみになって消えていく。
俺の目を見る彼女の目が、次第に宝石のようなきらめきを帯びていく。
脳内では警戒音と共に記憶海馬が情報を引っ張り出してくる。
ウルフカットに整えられた長い黒髪。片耳にピアス。細い眉。外人のようにすらっとした鼻筋。小さな唇。綺麗な顎のライン。
そして、意思の強さを想起させる大きくて真っ黒な瞳。
顔面の情報から教室の中の人間と照合し――警戒音が最大に跳ね上がる。
「……なんで」
俺を見つめるその女子が小さく呟く。
潤んだ瞳を向け、ネクタイを掴む手に力を込める。
「なんで、おじさんがここに?」
彼女の名は数藤巧美。
触れてはいけない、このクラスのアンタッチャブル。
「おわっ!?」
力ずくで引っ張られる。前のめりに倒れると思いきや、柔らかいものに抱き留められた。
俺は教室のど真ん中で、数藤巧美に抱きしめられていた。
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