廃世のストレンジ・サバイバー

夢想曲

序章 滅びが人々を分かとうとも

第1話 はじまりは静寂から

 西暦二九九九年。突発的に起こった第三次世界大戦によって世界は死を迎えた。

 かつて日本と呼ばれた国もその例に漏れず、文明は瓦礫の山へと姿を変えたのである。

 僅かに生き残った人々は人の住めない地となった地上を離れ、地下シェルターや地下鉄跡などに身を寄せ合って暮らした。

 ……と、私は聞いて育った。実際の所、文明崩壊から何百年も経てば当時を生きた人間もいない訳だから本当はどうだったのか分からない。

 ただ分かる事はひとつ、地上において一大文明を築き上げたご先祖様たちの爪跡は深く今も残っているという事だけだ。


 神奈川県川崎市川崎区、うねる大蛇の様に大地に横たわる多摩川は瓦礫と埃、そして大気汚染と崩壊した工場跡から流れる汚染物質で汚れ、文明崩壊前よりも細くなり、静かに流れる水の流れの衰退は人類の今を表している様だ。

 そんな多摩川の近くに建てられた多くの場所へと繋がる駅、川崎駅。

 その駅は幸区とまたがる巨大な駅で戦前は大型商業施設と隣接し、大変賑わっていた様だ。

 既に電車を迎える駅のホームも、待ち合わせや時間の調整にと使われていた飲食店も瓦礫の底に沈み、長い長い年月によって積もった埃にまみれている。

 最早この広大な駅構内を清掃する清掃員も、濁流の様に流れる乗客の波を監視、管理する駅員も存在しない。




 西暦三二九九年。私はこの駅で拾われた。戦時中、軍港として使われていた横須賀や横浜、京浜工業地帯よりも攻撃の被害が少なかったこの周辺はそれらの地域よりも大気汚染は無く、フィルターの付いた防護マスク等を装着しなくても短時間は行動できる。だがそれは大人の場合の話だ。

 赤子の私は汚れた外気に野ざらしにされたまま、改札口の横にあるコインロッカーの中に捨てられていた。文明崩壊を生き残った人々によって無理やりこじ開けられ、歪み、出来そこないの蜂の巣の様になっていたロッカーの中にだ。

 駅の近くの地下街の更にその下に大型の地下シェルター・ヴィレッジがあり、それが狭苦しくも数少ない生空間だった。

 この川崎駅の中は散々探索された手垢まみれの場所だ。簡単な瓦礫は探索者達によって撤去され、ある程度見通しも良い。だがそれでも大型施設の廃墟である。

 あちこちが崩れ落ち、虫に食われた葉っぱの様に穴だらけになった場所なんて潜った所で百害あって一利なしと言っても良い。少なくとも今の私なら行こうとは考えないだろう。

 そんな場所で捨てられた赤子の私の鳴き声に気付き、拾って地下シェルターまで運び、育ててくれた男がいた。

 私は汚染された空気を泣きながら肺に吸い込み、地下街に運ばれた時はその男も半ば諦めかけていたが、どうやら私の体力は並はずれた物だったらしい。

 もしかしたら、数百年と言う長い年月の内に私の一族は汚染に対するある程度の耐性が体質として身についていたのかもしれない。なんて言う者もいて私は色々検査を受けさせられたらしいが、特別な事など何もない、逆に不思議な健康優良児だったそうだ。何を検査したかは知らない。専門家でもない、ただ銃をぶっぱなすだけが取り柄の私にはわからない事だ。どうせ他人と違う部分が分かったところで私の生き方が変わるわけでもない。


 私は育ての親である南部と言う男の住居に身を寄せながら、今は地下街のみんなの為に外界の残された資源を探し歩いている。

 捨てられた場所に一緒に置かれていた銃、そして私の名前にもなった銃を腰に携え、私は先程行こうとも思わなかった川崎駅に足を運んでいた。

 

 そして三三一八年。硝煙の臭いが私を呼んでいる。

 止まったエスカレーター、人が一人上れるか危うい程に崩壊した大階段。それを見上げ、ゆっくりと、腰のホルスターに指を滑らせた。

 割れたガラスや瓦礫の隙間を縫う様に吹く風が、ここで死んでいった人々の断末魔の叫びの様に時折耳障りに耳元をすり抜ける。

 左腕に付けられた放射線量計測器ガイガーカウンターを搭載したデジタル腕時計に目を向ける。既に日が沈み、角ばった数字の羅列が深夜零時を示そうとしていた。

 私を拾い育ててくれた義父、南部から貰った無骨なデザインの腕時計。地下街に存在した時計屋から使えそうな部品を集め、南部が独自に組み上げた代物。外を出歩くようになったからと私に用意してくれていたのを知った時は嬉しくて隠れて涙したのは恥ずかしい思い出。一九歳となった今ままで育ててくれた南部には頭が上がらない。

 育ての親ではあるが、彼を父と呼ぶには気恥ずかしい。けれど、こうして時計を眺めていると近い内にお礼と一緒に言ってあげたいと思う。


 さあ、そろそろ、私の住む場所に悪戯しようとしているブリガンド共にお仕置きしないと。



 私は時計のタイマーをセットし、つけていたマスクを外した――。

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