中
二十四時。窓がコツコツと鳴ったので近づいてみると、ベランダに半魚人みたいな化け物が横たわって、ぎょろっとした大きな目をこちらに向けていた。私は思わず叫んでしまったのだけれど、その化け物は腕と脚、そして顔から緑色の液体を流していた。化け物は私をじっと見て「たすけてください……」と何度も繰り返した。その辛そうな目が私の母性本能か何かを目覚めさせたんだと思う。私は窓を開けて化け物を部屋に招き入れた。
日本語を話せるっていうのは最初不気味だったけど、普通の人間と同じようにコミュニケーションを取っていくうちに恐怖心は薄れていった。
名前はビムと言って、火星からやってきたらしい。警察とかを呼ぶつもりはなかったけど、とても一人で抱えきれる気がしなかったから智也くんにだけこの事実を伝えた。彼は最初驚いていたけど、君のためならと言って協力してくれた。そうして智也くんと一緒にビムさんの看病をしていたら、ビムさんの容態はみるみるうちに良くなった。
元気になったビムさんはある日私の前で地球人に擬態してみせた。背はすらっと高く筋肉質で、髪は首元まで伸びている。イケメンかは私はよく分からないけど、今まで一度も会ったことがない不思議で魅力的な顔をしていた。それに真っ裸だったから私は思わず声をあげちゃって、目を覆いながら慌てて箪笥の中の服を渡した。そんな私を見てビムさんは不思議そうに首をかしげていた。
ビムさんの話はとっても面白くて、聞いているだけで私も宇宙の様々な星を旅している気分になった。そうして一緒に暮らすうちに、気づいたら惹かれていた。自分でも分かってはいた。地球人と火星人の恋愛なんて無理だと。
それとなく「地球人と火星人の恋愛なんておかしいよね?」って訊いたら、ビムさんは「今の宇宙は星を超えた恋愛なんていくらでもあるよ。全然おかしいことじゃない。」って優しい笑顔で言ってくれた。そしてそのあとビムさんはこう言った。
「実はずっと隠していたのだけれど、僕は人の心がある程度読めるんだ。安心してくれ。僕も君が好きだ」
季節は夏を迎えていたこともあってその時は頭がくらくらした。ビムさんと出会ってから二か月のことだった。
智也くんのことはどうしようかずっと悩んでいた。彼には中学時代からずっと付きまとわれていた。それに加え私に執拗に付きまとう他の男がいると智也くんは問答無用で殺していった。毒薬を飲ませているらしい。殺したことを私に報告することは一度もなかったけど、連続毒殺事件のニュースを見た時に智也くんがやっているんだと気づいた。
警察に捕まることもないまま、気づけば智也くんは十人以上殺していた。正直邪魔者を消してくれるのはありがたかった。それに智也くんは私の言う事に必ず従ってくれるから頼りにはしてた。けど、もう私にはビムさんがいる。
ある夜ビムさんは私の耳元で言った。
「智也は僕と君の関係に気づいているようだ。そして彼はどうやらそれを良しとしていないらしい。私に対する憎しみは殺意といえるものにまで達している。」
ビムさんを殺そうなんて! 許せなかった。
智也くんはビムさんを殺したいみたいだけど、私は智也くんを殺したかった。
初めての恋愛はそれほど私を熱くさせた。
「それなら面白い方法がある。」
ビムさんは恐らく私の心を読んでそう言うと、ある作戦を教えてくれた。私たちはそれをすぐさま実行に移した。
まずビムさんは智也くんの前で「地球の環境に適応出来ていないみたいだ」と嘘をつき体調を崩す演技を見せた。ビムさんに強い殺意を持っている智也くんはこれを好機とみていつものように毒薬での殺害を試みるはずだ。夜中に智也くんが入ってこれるように部屋の窓は毎晩開けておくことにした。
一週間ほど経ったころ、智也くんは案の定夜中に忍び込みビムさんの口にカプセルの様なものを押し込んだ。智也くんがいなくなるとビムさんはこれを吐き出した。
ビムさんは「君の手はなるべく汚したくない」と言って事前に入れたお茶にカプセルの中の粉を入れた。あとは私がレンジで温めて出す。青色の湯呑にだけ毒が入っており、それを智也くんに渡せば良いとのことだ。それが私の大事な仕事だ。あとは演技だ。私は智也くんに電話をして、ビムさんが死んで悲しさに打ちのめされている演技をしなくてはならない。
朝がきた。まずはビムさんが軒先で死んだ演技をする。これはただの死んだふりではない。なんとビムさんは一時的に生命活動を停めて死をも再現できるらしい。ただそれにはひとつ条件があった。それは太陽の光を浴びること。ビムさんは生命活動を停める代わりに、植物のように太陽光による光合成で命を保つことが出来るのだという。そんな理由で朝日差し込む軒先が死亡現場に決まった。
私は電話をかけ智也くんにビムさんが死んだことを伝えた。智也くんはいつものようにものの五分ほどで来た。智也くんは私を抱きしめた。正直気持ち悪くて早く離れてほしかった。けれどこれからこの人は死ぬのだと思うと、少し可哀そうになってごめんなさいと何度か胸元で呟いた。
しばらくしたあと智也くんは軒先のビムさんの遺体を確認しにいった。その時の彼のしたり顔といったら! とっても滑稽だった。君の作戦は失敗してるんだよ!
思わず私は吹き出しそうになって顔を抑えた。ビムさんの脈を確認している姿を見たらもっと可笑しくなってきて、顔を両手で抑え込んで肩を揺らしながら笑いをこらえた。どうやら笑ってるのはばれてなかったみたいで、智也くんは私のところに来てまた抱きしめてきた。
ここからが本番だった。「ありがとう。少し元気になった」と言って私は絡みついた腕を振り払い、キッチンに向かった。レンジで例のお茶を温め、青い方の湯呑を智也くんに渡した。
これで終わった。あとは遺体を智也くんの家に運び、警察を呼ぶ。そして部屋の捜査が始まれば連続毒殺事件の犯人は自らも毒を使って自殺をしたということになる。私たちの作戦はそれをもってグランドフィナーレだ。彼は幸せそうな顔でお茶を飲んでいた。
さようなら智也くん。
私はお茶を啜りながら、これから始まるビムさんとの明るい未来を思い描いた。
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