Blind Love
畔 黒白
上
ある朝、彼女の家の軒先で火星人は死んでいた。
連絡が来て俺は直ぐに車を飛ばした。ひどく震えた声だった。
「ビムさんが……死んじゃった」
五分ほどで到着した。家に入るなり、俺は彼女を抱きしめてこう言った。
「きっと地球の環境に適応できなかったんだ。君のせいじゃない」
俺の胸の中で彼女は「ごめんなさい……ごめんなさい……」と、か細い声で何度も呟いていた。抱きしめていた手で彼女の背中をぽんぽんと優しく叩き、遺体を確認しようと俺は彼女から一度離れた。支えを失った彼女は膝から崩れ落ちると、顔を両手で覆った。
遺体は軒先に横たわっていた。なぜ軒先にいたのかは分からなかった。最期に遠い空の彼方に浮かぶ自分の故郷を見たかったのだろうか。遺体はしっかり脈もなかったし、身体も冷たくなっていた。朝日に照らされた顔は思いのほか安らかな顔をしていた。ちらと振り返り彼女のほうを見ると、彼女はまだ顔を手で覆いつくし体を震わせていた。
三か月前の春の終わりにこの火星人は彼女の家へやってきた。身体中ひどい怪我をして衰弱していた。そんな彼を俺たちは素人ながらも必死に手当てし看病した。
数日で快復した火星人は自分のことをビムと名乗り、流暢に日本語を話した。ビムはもともと深海魚のようにぬめっとした青緑色の肌で人型の気色の悪い外見だったが、元気になったあとは地球人と全く同じ
彼女の家で暮らしていたビムだったが、一週間ほど前から体調を崩しだした。夏の暑さにやられたのだろうか、地球の環境に適応出来ていないのだと言う。どうやら見た目は地球人に擬態出来ても身体機能までは真似出来ないらしい。
これはいいチャンスだった。彼女はビムを警察に突き出そうとはしなかったし、俺と彼女以外にビムのことを知る者は誰一人としていなかった。この遺体も俺たちで埋めることになるだろう。
つまり、俺の犯行がばれることは絶対にないということだ。
前々から二人の関係には感づいていた。このままにしておいても衰弱して死ぬだろうとは思っていたが、どうしても自分の手で下したかった。
昨晩、彼女の家まで行くとラッキーなことに部屋の窓が開いていた。俺はそこから忍び込み、寝ている彼に胃の中で溶け遅れて作用するカプセルを飲ませた。火星人に地球人への毒が効くのかわからなかったから、とりあえずネットで調べた様々な種類の毒をありったけカプセルに閉じ込めた。結果は大成功だったという訳だ。まあもし毒が効かなかったら彼女のいない隙にチェーンソーで粉々にして、「ビムは火星に帰ったよ」とでも言っておけばいいのだけれど。
地球人だろうと火星人だろうと俺の邪魔をする奴は許さない。
これでまたふたりきりになれるんだ。
俺は思わず上がっていた口角を無理やり引き下げてから振り返り、彼女のもとへ戻った。
うなだれる彼女を俺は抱きしめ続けた。しばらくしたあと彼女は「ありがとう。少し元気になった」と言ってお茶を入れにいった。
彼女の入れてくれた温かいお茶を飲みつつ、俺はこれから始まるふたりの明るい未来を思い描いた。
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