死亡フラグ
港が近づく頃には、下船準備はばっちり完了していた。
八神医師に叱られながらも店長はちゃんと応急手当を受け、女の子たちは目立たない服装に着替えて橘から認識阻害をかけてもらった。
女の子たちをずらりと並べ、八神医師は小さく咳払いしてから話し出した。
「いいか? 港に俺が用意したマイクロバスがある。船を降りたら、真っ直ぐバスへと移動するから、俺についてくるんだ。最寄り駅まで送ってやる。くれぐれも目立たないように私語厳禁! この船の乗組員だけど、ちょっと下船します。それが何か? くらいの感じで行くんだ」
八神医師……まるで学校行事の引率の先生みたいだ。
店長が横から付け加える。
「もし怪しまれたりバレたら、追手は僕と橘くんで足止めする」
八神医師は頷いて、女の子たちへと向き直った。
「戦いになったら、俺についてバスまで走れ。捕まりたくなけりゃ、死ぬ気で走れよ」
女の子たちは皆、不安混じりではあるものの真剣に頷いた。
「百園さんは、大丈夫?」
俺が声をかけると、百園さんはしっかりと頷いた。
「はい……!」
良かった……椅子から立ち上がっても、ふらつく様子はない。
「時間だ……行くぞ!」
八神医師の声かけで、俺たちは医務室から出た。
あまりに整然と並び過ぎたら不自然だからと、ちょっと間隔をあけて歩く。
先頭は八神医師、そして百園さんが続き、その後に女の子たち……俺、店長、橘が最後だ。
いくら認識阻害をかけてもらってるとはいえ、人数も多い。さすがに
甲板に出ると、俺たちの他にも下船する人間は想像以上に多かった。
人身売買オークションとは関係なく、カジノやディナークルーズを楽しむだけの客が大勢いたのだ。素知らぬふりして混じってても、目立つことはなさそうだ。
俺たちは下船の列に並び、少々緊張しつつも無事に船から降りることができた。
後は八神医師が準備してくれたマイクロバスへ――……その時、
「いたぞっ! あそこだっ!!」
老人の叫び声が響く。
振り返ると、オッサン数人を引き連れ、眼鏡秘書と一緒に船から降りようとしている老人が見えた。
見つかった!!!!
「走るぞっ!!」
八神医師の声が響いた。女の子たちはバタバタと走り出す。
店長と橘は立ち止まり、追手に向かって構える。
「すみません……っ、……」
橘が店長に謝った。
老人と眼鏡秘書がこんなにも早く復活したのは、やはり橘の術が弱かったという事か――……。
店長は追手から目を離すことなく口を開く。
「自分のポリシーに従って選んだ術だろ? そんなに簡単に謝らない!」
ピシリと言い放つ店長に、橘は驚いたように目を見開いた。
「は、はいっ!」
さっきは説教しそうになってたくせに、店長こそブレブレだ!
俺は心の中で密かに突っ込んだ。
しかし今ここで橘を責めてる場合じゃないのは俺も同意だ。
八神医師が皆を連れてここから離れるまでは、追手を食い止めないと!
老人と眼鏡秘書、そしてオッサンは……五人か。
船から降り、こちらへ駆け寄ってくる追手に、俺も思わず身構えた。
「橘くんは足止め、都築くんがパトラッシュで気をひいて、僕が攻撃……!」
「承知しました!」
「はいっ! ……――パトラッシュ! 頼む、もっかい力を貸してくれっ!」
店長の指示を受け、俺はパトラッシュに声をかけた。
と、同時にこちら側から追手に向けて、大きく強い風がふく。大浴場の時と同じく、俺は髪一本揺れることなく、他の全員が竜巻の中にいるかのように髪も服も激しくはためいた。
オッサン達があちこちに視線を走らせ、てんでばらばらの方向へ手をかざしたり呪文を唱えたりしていることから、パトラッシュが縦横無尽に空間を駆け回っているのが、俺の目にも見えるようだ。
老人もオッサン達も攻撃はしているようだが――……、
「何故だ……ッ……、何故当たらないっ!?」
老人が驚きと焦りの入り混じった声を上げた。
「下手くそだから……!」
身も蓋もない店長の声に振り向くと、橘と並んで印を結び、店長は店長でしっかり攻撃しているようだ。
店長の口元が……笑ってる!? この人、絶対ちょっと楽しんでる!
「店長っ! いっぺんに眠らせちゃうやつ、もっかい出来ないんですかっ!?」
「あんなの何回も出来るわけないだろ、僕が死んじゃうよ」
まぁ、確かに……発動まで時間かかるだけあって、かなりの大技っぽいもんな。
橘も言われた通りに足止めしているのだろう、こちらに近づこうとする奴は片っ端から足元をすくわれたようにひっくり返る。
これって、いわゆる――……連携プレイってやつなんじゃ!?
その時、俺の耳に車のエンジン音が飛び込んで来た。見れば、マイクロバスが走り去っていく。バスの窓に一瞬、心配そうな百園さんの顔が見えた。
よし! ミッション完了だ!
「店長っ! 俺たちも逃げましょうっ!」
楽しそうな店長が
「僕が乗って来た車が向こうに停めてある、行こう!」
店長が走り出したので、橘と俺もそれに続いた。
薄汚れた倉庫が並ぶ一角へと走り込む。
店長の車は遠目からでもすぐに
倉庫の影に、申し訳程度に隠すように、店長のピッカピカの高級車が停まっていた。
いつも店の裏の駐車場に鎮座しているやつだ。
あまりの場違い感――……目立ちまくりだっ!
「都築くんと橘くんは後ろに乗って! 追いかけて来られたら迎撃!」
「はいっ!」
返事をしながら、橘は素早く後部座席へと乗り込んだ。
げ、迎撃っ――……!?
怖い単語に青ざめつつ、俺も橘に続いて後部座席へと飛び込む。
車はすぐに発進した。
シートベルトを締める間もなく、大きなエンジン音――……後ろを見ると、もの凄いスピードで車が突っ込んで来てる!
やはりパトラッシュだけで足止めは無理だったか。
「店長! 来てますっ、追って来てますよっ!」
「分かってるよ……!」
車は倉庫の間をすり抜けるように、細く入り組んだ道を走ってゆく。
店長はカーアクションの映画スタントマンかと思うような、すごいハンドルさばきだ。
映画でカーアクションの
ドリフトする度に、車は左右に大きく揺れ、俺も橘も後部座席でひっくり返りそうになる。しゃべると舌を噛みそうだ。
車が倉庫群を抜けると、一気に視界が開けて海が見えた。
スピードが上がる。
追ってくる車はしっかりとついて来る。
そう簡単に引き離せそうにない。
前方から視線を逸らすことなく、店長が鋭く声を上げた。
「橘くん! 窓開けるよ!」
「はいっ!!」
後部座席の窓が開く。橘は窓枠に手をかけ、迷うことなく上半身を乗り出して、窓枠に腰かける。
「ちょっ! おま――……っ、危なっ!!!!」
細くてちっこくて軽そうな橘なんか、簡単に車から放り出されてしまいそうだ!
とっさに、俺は橘の両足をがしっと抱えた。
見上げると、橘は追手の車をしっかりと見据え、もう印を結んでいる。
その顔には恐怖など欠片もない。
ふいに、橘が俺を見降ろした。
目が合った瞬間、橘は花が開くように笑った。
「しっかり捕まえてて下さいね。僕の命、都築さんに預けます」
勝手に死亡フラグ立ててんじゃねぇーーーーーーーっ!!!!
突っ込む間もなく車は大きく揺れ、俺は橘の足に全力でしがみつき、車内で踏ん張った。
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