大浴場

 オークション主催者というだけあって、老人の客室はやたらと豪華だった。入ってすぐの部屋は執務室&応接室のようになっており、奥に見える扉が寝室なのだろう。


 応接セットは豪華な革張りのソファー、壁には芸術的な風景画、そして棚には高そうな壺なども飾ってある。


 百園さんと俺は部屋の奥にある大きなデスクに近づいた。

 どっかの社長室にでも置いてありそうな、重厚感バツグンのデスクは、いかにも大事な物がしまってありそうだ。


 しかし……


「きゃっ、……つ、都築さんっ!」


 百園さんが小さな悲鳴を上げた。真っ青になって社長デスクを見つめている。


「どうしたの?」


「その引き出し……呪詛のような仕掛けがしてあります! 強引に開けたら危険です!」


 なるほど……。

 百園さんが指さしている一番大きな引き出しを、俺は慎重にそっと開いた。


 そういう仕掛けをしてしまったがために、油断して物理的には鍵もかけていない。


「さ、さすがです……都築さん。私一人だったら、その引き出しにはさわれませんでした」


「は、ははは……」


 百園さんの尊敬の眼差しに、俺は引きつった笑いを浮かべつつ引き出しの中から書類を取り出した。束になっている書類をパラパラめくる。


「これだ……!」


 オークションの取引内容一覧には、落札者やその値段がずらりと並んでいた。

 俺の額だけずば抜けて高い……ちょっと複雑な気分で内容を確認する。

 百園さんと俺を抜けば、残り十三人か……。


 百園さんも書類を覗き込んでくる。


「納品のためでしょうけど、落札者の客室番号も書いてありますね」


「うん、ちょうどいいね」


 この書類の部屋番号と八神医師からもらった見取り図を合わせれば、女の子たちの居場所が分かる。

 俺は書類を束から引き抜いた。


「よし、撤収しよう!」


「はい!」


 百園さんと俺が部屋を出ると、ちょうど店長も隣の部屋から出てきたところだった。


「店長、取引内容の一覧表を見つけました!」


「うん、こっちにも面白いものがあったよ」


  店長が見せてくれた書類は、Aクラスとして『仕入れ』予定の子のリストだった。年齢や住所、能力などが書いてある。上から順に百園さんのところまで『済』というマークがつけてあった。


「そんなの、どうするんですか?」


「ふふっ、分かってないなぁ……ま、これは僕が預かっておくよ」


 書類を綺麗に折りたたんでポケットへしまう店長の、含みある笑いがちょっと怖い。が、今は突っ込んで聞いてる場合じゃない。


 店長は俺と百園さんが入手した取引内容の一覧に軽く目を通した。


「けっこう多いな……いったん、医務室へ戻ろう!」


「はい!」


「分かりました!」




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 医務室に戻った俺たちは、すぐに作戦会議に入った。

 店長は一覧表を手に、船内見取り図にマークをつけていく。


「十三人のうち、五人は客室へ納品済か……残りの八人は材料として解体されてからの納品だから……」


 店長の言葉に百園さんが青ざめて口元を抑えた。

 解体という単語でスプラッタ映画のワンシーンを思い浮かべてしまった俺も、顔が引きつる。

 横でコーヒーを飲みながら聞いていた八神医師が眉をひそめた。


「尾張……もうちょっと、言葉選びに思いやりとセンスをだな」


「うるさいなぁ」


 店長は面倒くさそうに八神医師をちらりと見て、すぐに見取り図へ視線を戻した。

 何やら考えている。


「この船内で解体作業をするとしたら……大きめの浴室か、もしくは調理室……」


 マグカップを片手に近づいてきた八神医師は、見取り図を覗き込み、指をさした。


「ここに大浴場がある。今回のクルージングで客は使用不可だそうだから、可能性は高い。調理室は二つあるが、どっちも使われているようだぞ」


 八神医師、やはりデキる!!

 店長は説明を聞きながら、見取り図に印をつけてゆく。


「解体は作業員や見張りで人も多いはず……、乗り込むなら三人だな。その後、手分けして客室にいる子たちを救出しよう。ルートとしては、こう回るのが効率的かな……」


 見取り図に店長が赤ペンで引いた線を、俺と百園さんは頭に叩き込んだ。


「それじゃ、まずは大浴場からですね! 行きましょう!」




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




「……ここだ!」


 大浴場の前で足を止めた店長が低く呟く。

 そっと覗き込むと、脱衣所には見張りと思われるオッサンが二人。


「どうするんですか?」


 声をひそめて問いかけると、店長は軽く首を傾げて考える。


「殺す?」


「却下!」


 店長はちょっと拗ねたように軽く頬を膨らませた。

 なんでいちいち発想が物騒なんだ、この人は!


「えーっと、ほら……夜宴サバトから橘を助け出した時、いっぺんにたくさんの人を眠らせたじゃないですか……あの術は?」


「あれ、けっこう大変なんだよねぇ……発動までに時間かかるし。それに、使うなら人が多そうな大浴場の中で使った方が良くない?」


「……確かに」


「ま、あの二人なら大したことないし……軽く捻り潰してあげるよ」


 ふふっと微笑む店長の横顔は、ひどく綺麗で禍々しい……あれ? もしかして俺って悪役側の人間だったか!?


 店長は俺と百園さんを残し、一人で脱衣所へと入って行く。

 オッサン二人が店長を見咎め、すぐに声をかけた。


「大浴場は使用禁止です、お引き取り下さい」


「そうなの? ふぅん……残念」


 店長は何気なく迷い込んでしまった乗客と言ったていでオッサン達を見比べ、くるりと踵を返して脱衣場を出ようとし……


「あ、そうそう……ちょっと、これ見て?」


 店長は何やら思い出したようにポケットから小さく折りたたまれた紙を取り出した。

 拡げて二人に見せる。


 オッサン達は何の警戒もせずに紙を覗き込んだ。


「ひっ!?」


「うわっ、何だこれはっ!」


 二人は悲鳴を上げて青ざめた。と同時に、店長が二人の目の前に手をかざす。

 店長の手は視界を遮るように動き、パチン! と指を鳴らした。


 オッサン二人が崩れ落ちる。まさに、糸の切れた操り人形のようだ。


「す、ご――…っ!」


 百園さんと俺は店長とオッサン達に駆け寄った。二人は完全に意識がなく、ぐったりしている。


「店長、殺したんじゃないでしょうね?」


 ジト目で睨むと、店長はぷいっと横を向いた。


「殺してないってば。大丈夫、半日くらい悪夢に苦しんだら勝手に目覚めるよ……今までちゃんと修行してれば、精神崩壊は起こさないと思う」


 こっっっっわ!!!!


「さて、と……大浴場に入ったら、僕が術を発動するまでの間、パトラッシュが暴れて時間を稼ぐ。百園さんは捕まってる子たちの拘束を解いて連れ出す。とりあえずは脱衣所に避難させて」


「はい……!」


 百園さんが頷く。しかし俺は困惑していた。


「パトラッシュが暴れて時間稼ぎって、俺たち意思の疎通が出来ないんですよ? 店長が通訳でもしてくれるんですか?」


 店長は目をパチクリさせ、不思議そうに俺を見た。


「普通に声に出して頼めばいいんじゃない?」


「あ、そっか……」


 店長が大浴場への扉に近づいた。


「行くよ――……!!」


 勢い良く店長が扉を開き、中へ走り込む。俺と百園さんも続いた。

 中には女の子たちが八人、並んで座らされており、オッサン達は十人くらいだろうか。


 俺は叫んだ。


「パトラッシュ! 頼む、オッサン達をやっつけてくれ! って、殺すのはナシ! 大怪我もナシ! ついでに精神崩壊もナシでっ!!!!」


「注文多すぎーーーーっ!」


 笑いを含んだ店長の突っ込みが浴室に響いた。

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