希少価値

「…………つ、……いたた……ッ、……」


 意識が戻って来るのに合わせて、後頭部の痛みも強くなる。

 俺は頭に手をあてようとして動かせないことに気づいた。


 後ろ手に縛られている!!


「なんだ、これ……ももぞの……さん?」


 無理して目を開き、周囲を見回すも暗くて良く見えない。室内なのは確かだが……。

 人の気配がする。しかも何人も。


 目を凝らそうとした時、窓から弱い光が射し込んできた。

 月明りだろうか。

 ぼんやりと照らし出された室内は、まるで倉庫のように大量の物が雑然と積まれている。そこでようやく俺は、自分が檻の中に居ることに気づいた。


 熊など大型動物の運搬に使われるような、かなり大きめの檻だ。


「都築さん、気が付いたんですね……良かった」


 小さな声が聞こえ、俺は慌てて隣の檻を見た。

 百園さんが心配そうにこちらを見ている。

 俺も百園さんも、それぞれ檻に入れられている。

 しかも、周囲を良く見てみればたくさんの檻が並べられ、その中に女の子が一人ずつ入れられてるじゃないか!


「これって……拉致? 監禁? 誘拐? でも、なんで……?」


 俺たちをさらったオッサン連中は、明らかにの人だった。パトラッシュを封じ、百園さんを霊的に殴り倒したんだ。

 でも、どうして……いや、考えるのは後だ。

 今は逃げ出す方法を探さないと!


「百園さんは、怪我はない?」


「はい。他の子たちも、見たところ大きな怪我をしてる子はいないようです」


 見上げると、天井の端っこに監視カメラのような物がある。音まで拾えてるかは分からないが、俺たちは檻の端っこに寄って声を潜めて話す。


「……パトラッシュが今、どんな状態か分かる?」


「今は姿も見えないし気配も感じません。ずっと封じられたままなのかも……」


 消滅させられた可能性がチラリと頭をよぎったが、確認しようもない今はうじうじ心配してても仕方ない。

 ……パトラッシュ、無事でいてくれ!


 俺は窓を見上げた。角度的に空しか見えないが、やはり夜のようだ。

 拉致されてからどれくらい時間が経ったのかも分からない。


「ここ、どこなんだろう……」


「かすかに潮の香りがするので、船の貨物室じゃないかと思うんですが……」


「えっ? 船……」


 百園さんの言葉に、俺も鼻をスンといわせてみた。

 確かに少しだけ海の香りがするような……。

 嫌な単語が浮かぶ。「人身売買」……俺たちは海外にでも売り飛ばされるのか?


 その時、靴音が近づいてきた。緊張が走る。

 ドアが開くと明るい廊下の光が眩しくて、俺は目を細めた。


 入って来たのは男が三人。

 一人は杖をついている着物姿の老人。

 そして、眼鏡にスーツのやり手サラリーマンのような中年男性。いかにも老人の秘書っぽい。

 最後に入って来たのは、俺たちを拉致した尾行オッサンの一人だ。


「何なんだ、あんた達っ! ここはどこなんだ!? 俺たちをどうするつもりだっ!?」


 俺の問いなど聞こえていないかのように、三人はゆっくりと檻の間を歩いてゆく。


「予定の人数は確保できています。しかし今回、Aクラスは一人だけです」


 眼鏡秘書が書類のような紙を確認しつつ老人に声をかけた。


「ふむ……」


 老人は並ぶ檻をぐるりと見渡し、百園さんの檻に近づいて中を覗き込む。


「これがAだな」


「はい。霊感はAクラス、霊との意思疎通が出来る事も確認済です。力は弱いようですが、依り代や霊媒れいばいとしては非常に使い勝手良く、品質も状態も良好です」


 百園さんは怯えた瞳で、老人と秘書のやり取りに体を強張らせている。


「見た目も悪くない、今回の目玉商品だな、…――で? そっちの男は? わざわざ男を仕入れたという事は、かなりの希少タイプなんだろうな?」


 老人が俺へと目を向けた。値踏みするような視線が気持ち悪い。

 

「あんた達、人身売買でもしようってのか!? こんなの犯罪だぞっ!!」


 鉄格子の隙間から睨みつけると、老人は軽く顔をしかめた。


「少々うるさいな。声が出せないよう、声帯を切ってしまうか……」


 すみません、もう黙っときます! ホント、マジごめんなさい!


「それは犬神憑きです。日本でも非常に珍しく大変希少な上……霊的なダメージを受けない特異体質のようです」


 秘書は眼鏡をカチャリと押し上げ、書類を確認しつつ老人に説明した。


「ほぅ……」


 老人は俺の顔をまじまじと見つめてくる。


「なるほど……それなら、使い捨てではなく何度でも依り代に使える上、逆凪や呪詛避けとしても使い勝手がいい。汎用性も高く、エコだな」


 眼鏡秘書が力強く頷く。


「はい、エコです……!」


 嬉しくなーーーーーいっ!!

 俺はまったく、これっぽっちも、地球にも環境にも優しくなんかないぞっ!!


「これなら言い値で売れる、いや……オークションなら、いくらつくか想像もできんな」


 満足そうに頷いて俺から離れた老人は、眼鏡秘書の説明を受けつつ他の檻も一通り見て回った。

 女の子たちは、それぞれBだのCだの、勝手にランク付けされているようだ。

 不本意だが、俺たちは完全に商品として扱われている……。


 確認を終えて出ていく三人を、俺はただ睨みつけることしか出来なかった。

 これはもう間違いない。


 俺たちは祓いの世界の人身売買組織に「仕入れ」られてしまったんだ!




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 貨物室には時計もなく、時間も分からない。


 天井近くの小さな窓から見える空で、夜が明け、昼間になり、夕方から夜になったのは分かった。

 つまり、一日以上俺たちは捕まったままだった。


 俺たちの「商品価値」を損なわないためか、オッサンが朝、昼、夕の三回、食料のパンやおにぎりを配ってくれた。そのついでに頼めば、見張り付きだがトイレにも行かせてもらえる。


 食事やトイレのために解いてもらった手首にはロープで擦れた傷が赤い痕になっていた。それすら、オッサンは「傷をつけてしまった」とちょっと焦っていたくらいだ。


 しかし、俺たちはただパンを食べ、トイレに行ってただけじゃない!

 オッサンがいない間、何とか逃げられないかと百園さんとあれこれ相談した。

 しかし、まず檻から抜け出すことが不可能な上、たとえ抜け出せたとしてもここは海の上……陸からどれくらい離れているか分からない。逃げようがないのだ。


 これという逃走案を思いつくことも出来ないまま、無情にも時間だけが過ぎていく。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 廊下を近づいて来る複数の足音に、再び緊張が走った。

 ドアが開く。

 入って来たのは先ほどの老人と眼鏡秘書、そして――……


「た――…っ!?」


 思わず「橘っ!?」と叫びそうになった俺に、橘はきゅっと口を引き結んで一瞬わずかに首を振った。

 俺は口をつぐむ。

 二人に案内されて入って来たのは、紛れもない橘だ。

 橘は倉庫の中をゆっくりと見渡し、老人に声をかけた。


「ご無理を言ってすみません……」


 老人は橘に愛想よく笑い、親し気に話す。


「いえいえ、前もって商品を見ておきたいというお客様は珍しくありません。橘様には今回に限らず、これからも長いお付き合いをお願いしたいものです。何でもお申しつけ下さい……何か、気になる商品はありますか?」


 老人に問われ、橘はいくつかの檻を覗き込んでから俺の檻の前で足を止めた。


「この人は……」


 俺は橘とばっちり目が合ってしまったが、ここは空気を読んで初対面の顔をしておこう。


「さすがは橘様、お目が高い! それは犬神憑きなのですが、どうやら霊的なダメージを一切受けないようで……『仕入れ』の時にも少々手間取ったほどでして。私もそのような商品を扱うのは初めてです」


 嬉々とした老人の説明に、俺を見つめる橘の瞳がわずかに揺れた。

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