オークション

「今すぐ買い取らせていただきたいのですが……」


 橘は老人へと向き直り、万里を彷彿とさせるような愛らしい笑顔を浮かべた。

 しかし、老人は一瞬だけをあけ、何やら考えつつ答えた。


「申し訳ありません。私も、これに関してはいくらの値をつければいいのか見当もつきません……ぜひとも、オークションで競り落としていただければと……」


「そうですか……、少し拝見します」


 橘は残念そうに声を落とし、俺の檻の前にしゃがんだ。

 目線の高さが合う。

 橘の肩越しに老人と眼鏡秘書が何か話しているのが見える。老人たちは、橘が俺を品定めしていると思っているようだ。


 橘は自分の体で監視カメラと老人たちから死角を作り、小さなを俺の檻にそっと投げ入れた。


「これは、ぜひとも競り落としたいですね……」


 橘は何事もなかったように立ち上がり、老人たちの元へと戻っていく。

 俺はさり気なくを拾い、見つからないように握り込んだ。


「あちらの女の子は……?」


 橘が百園さんを指さすと、老人は嬉しそうに声を上げる。


「おぉ! さすがは橘様、やはりお目が高い! あちらはAクラスなんですが、あれでしたら今この場で即決でお買い上げいただくことも可能です」


「では、お願いします。このまま引き取って、僕の船室に連れて行けますか?」


「はい! お支払いですが――…」


「お好きな額で大丈夫、現金でお支払いします」


 橘の言葉に、老人はそれはもう嬉しそうにニンマリ笑った。


「かしこまりました、用意致します!」


 百園さんは不安そうに橘と老人を見比べている。

 橘は俺たちの味方だから大丈夫! 心配いらないよ! と言ってあげたいが、ここは我慢だ。


 老人が目配せすると、眼鏡秘書がポケットから鍵を取り出し、百園さんの檻を開く。

 眼鏡秘書は怯えている百園さんの腕を掴んだ。


「いやっ、……きゃあっ!」


「大人しくしろっ!」


 強引に引きずり出される百園さんは涙目で悲鳴を上げたが、一喝されて腕を捻り上げられてしまう。

 あまりの状況に橘が眉を寄せた。


「買い取りが決定しているのだから、もう僕のものです。乱暴に扱わないで下さい」


「これは失礼致しました」


 眼鏡秘書はすぐに謝った。マズいと思ったのか、老人が機嫌を取るように橘に声をかける。


「逃げられぬように足の腱を切るオプションもございます。今回は初めてのお取引ですので、サービスでお付けできますが?」


「――…ッ、……必要ありません」


 一瞬言葉を詰まらせた橘は、すぐにピシリと断った。

 眼鏡秘書が百園さんを連れて廊下へ出ると、老人が続き、橘は最後に一瞬だけ俺をちらりと見て、部屋を出て行った。


 足音が遠ざかるのを待って、俺は監視カメラに背を向けた。

 握りしめた手を開く。

 橘が投げ入れたは、一センチくらいに小さく折りたたまれた紙だった。

 紙を開くと、そこには店長の字が――……、


『救出計画が狂わないよう、勝手に動かないこと! 怪我させられないように、大人しくいい子にしてなさい』


 まだ助かったわけでもないのに、俺は一気に全身の力が抜けるのを感じた。

 じわりと涙が浮かび、ゴシゴシ袖で拭う。


 橘が運んでくれた店長の手紙を、俺は大事にたたみ直してポケットにしまった。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 しばらくして時間の感覚がなくなってきた頃、見張りのオッサンが二人現れて女の子を連れて行った。

 またしばらくして、もう一人……。

 次々連れて行かれる女の子たちは不安そうで、泣いている子や暴れる子など色々だったが、オッサン達は慣れた作業とでもいうように連れて行ってしまう。


 これは、完全に売買が始まっているんだろう。


 最後に残された俺は檻から出される時も抵抗することなく、再び後ろ手に縛られる時も、ちゃんと「大人しくいい子」で従った。


 前後をオッサン達に挟まれる形で狭い廊下を歩く。

 ずいぶん距離がある。

 想像してたより、ずっと大きな船のようだ。


 俺が連れて行かれたのは、劇場のような場所だった。


 丸い舞台のような部分に引き出されると、照明がカッと俺を照らした。

 眩しさに目を細めつつ見てみれば、ぐるりと取り囲む客席は満員御礼……日本人だけじゃない。世界中からお金持ちが集まって来たのかと思うほど、ワールドワイドなオークションとみえる。


 マイクを手にした老人が俺の横に立ち、客に頭を下げた。


「今夜最後となります、この商品……健康優良な成人男性。今では日本でもなかなか見つけることが出来ない『犬神憑き』でございます。しかも、霊的なダメージを受けない特異体質であり、依り代、霊媒、逆凪や呪詛避けとして何度でも使いまわせます。お客様のアイデア次第で利用方法は無限です!」


 客席にどよめきが拡がる。


 俺はゆっくりと客席に視線を辿らせて橘の姿を見つけた。

 少し離れた場所に店長も座っている!

 なるほど、俺を競り落としてくれるわけか……頼みます! 店長!


 俺が最後の『商品』ということで、ここまで長かったのだろう……店長はちょっと眠ダルそうに、ふぁあ……と欠伸をした。


 店長!? ちょっと飽きてます!? 頼みますよ、店長!!!!


 悲壮な俺の視線なんか、どこ吹く風の店長……俺は橘に全てを託した!


 眼鏡秘書の事務的な声が会場に響く。


「それでは、50万からのスタートです」


 50万か、大学の一年分の学費より安いな……。

 ちょっと複雑な気分だが、俺の金額はみるみる跳ね上がった。

 金髪のふくよかな中年女性が身を乗り出してガツガツと値段を上げている……オバサン、そんなに俺をご所望ですか……。


「270万!」


 オバサンが手を上げて叫ぶと、っていた他の人が静かになった。

 そこで、橘が手を上げた。


「300万」


 橘の声が響く。

 オバサンは驚いたように橘に目をやると、悔しそうに睨みつけ、再び手を上げた。


「310万よ!」


「350万」


 オバサンの声に橘の冷静な声が続く。

 オバサンは予算オーバーになったのか、ガックリと肩を落とした。


 良かった! これで俺は無事、橘に買い取られ――…


「400万」


「――……ッ!?!?!?」


 店長の声に、会場の客の間にざわめきが拡がり、皆が店長と橘を見比べた。

 橘も驚いた表情かおで店長を見た。そしてすぐに手を上げる。


「410万」


「450万」


 橘の言葉に店長の声が被った。会場の空気が凍り付く。


 ちょ、ちょっと待て! 何が起こってるんだ!?

 どうして二人が競ってる!?

 どっちかがり落としてくれればいいじゃないか!


 橘と目が合った。


 落ち着け! 俺のために札束で殴り合うのはやめてくれ!


 俺の心の声が届いたのか、橘はきゅっと唇を引き結び、何やら決心したように頷いた。

 ……橘クン!?


「470万」


 手を上げて金額を吊り上げた橘に「なんでやねーんっ!」と心の中で激しく突っ込む。

 しかし店長は涼しい表情かおで歌うように声を上げた。


「500万」


 さらに手を上げようとした橘の腕を、隣に座っていたオジサン陰陽師が掴んだ。

 オジサンが泣きながら首を振っている!!!!

 橘は唇を噛み、俯いてしまった。


 いや、うん……そこ落ち込むとこじゃないから!


「500万が出ました。他にいらっしゃいませんか?」


 眼鏡秘書の冷静な確認に、誰も手を上げる者はいない。

 俺は500万か……相場なんて知らないが、会場の人達の反応からしてかなりの高額なんだろう。

 店長、俺のために500万も出してくれるなんて……。


「500万ドル!」


 眼鏡秘書が木槌のようなものをガンッ! と打ち付けた。

 俺は自分の耳を疑った。

 弾かれたように橘と店長を交互に見た。


 ド、ル……??? 円じゃなくて、ドル!?!?


 くらりと眩暈がした。

 俺の生涯賃金の何倍だ!?


 引き渡され、店長の船室へと連れて行かれる間も、俺は自分についた値段に、ひたすら恐怖を感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る