神社へ

 霊から攻撃されるなら、俺が防壁になれないか!?

 俺は百園さんを庇うように抱きかかえた。百園さんの悲痛な叫びが耳元で響く。


「こっち来ないでっ!!」


 俺は百園さんを強く抱きしめてギュッと目を瞑った。


「………………」


「???」


 しばらくの沈黙――…俺は目を開いた。


 百園さんの顔から恐怖の色は消え、ただ驚いたように空間を見つめている。

 千代ちゃんも宮司さんも同じ方を見つめ、呆気にとられたように立ち尽くしていた。


 なんだ? 


「千代……ちゃん? ……百園さん、大丈夫?」


 俺だけ状況が全く分からない。

 どうなってるんだ?

 襲いかかってきたはずの霊は? 誰か説明してくれ!!


「あ、あぁ……えっと――…」


 千代ちゃんが我に返ったように俺へと視線を向け、数回目を瞬かせた。


「犬神が……都築くんの中から飛び出した犬神が、ね……霊を、食べたの」


「――…は? 食べ……???」


 パトラッシュが!?


「けっこうエグい感じだったけど……それはもう、がっつりとお召し上がりになったわ」


 千代ちゃんの説明から、スプラッタ映画のワンシーンが俺の脳裏をよぎった。

 俺の腕の中で震えている百園さんが小さく呟く。


「助けて……くれた、のよね?」


 百園さんは犬神がいるだろう空間に手を伸ばした。


「ありがとう……」


 ふいに千代ちゃんの手が伸びて来て、俺の襟首をグイッと引っ張った。


「ぐえっ!」


「都築くん、いつまでくっついてるの!? 女子高生に抱きついてる変態がいるって、警察呼ぶわよ!!」


「わゎっ! ごめんっ、百園さん!!」


 俺は慌てて百園さんに謝り、決してやましい気持ちはないのだと胸の前で両手をブンブン振った。

 百園さんはそこで初めて、思い出したように俺の方を見た。

 

「都築さんも、ありがとうございます……!」


 都築さん「も」って……、俺はパトラッシュのついでのような感謝に乾いた笑顔を浮かべた。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 転んだ時に酷く膝を擦りむいてしまった百園さんは、神社の社務所で千代ちゃんから手当を受けていた。

 後からやってきた店長は、宮司さんとお茶を飲みつつ今回の件について話している。公園の霊は少し前からこの辺の霊能力者の間で問題視されていて、近いうちに祓う予定だったそうだ。

 パトラッシュの大活躍を楽しそうに聞く店長の横顔……あの人、完全に面白がってるな……。


「痕が残るほどじゃないとは思うけど、けっこう酷い傷になっちゃったわね……」


 千代ちゃんは百園さんの傷を綺麗に消毒してガーゼを当て、テープで止めながら優しく声をかけた。百園さんは軽く首を振る。


「一人で逃げ回った時には川に落ちちゃったこともあるし、もっと酷い怪我をしたことも……これくらい大丈夫です」


 苦労してるなぁ……。

 百園さんの手当てを終えた千代ちゃんは改めて俺を見ると、頭のてっぺんから足元まで視線を辿らせた。


「都築くんは大丈夫そうね――…まったく! 女の子に怪我させるなんて騎士ナイト失格よ!」


「すみません……」


 項垂うなだれた俺を横目に、千代ちゃんは救急箱の蓋をパタンと閉じた。


「その犬神……えーっと、パトラッシュって言った? その子、ちゃんと褒めてあげなきゃダメよ?」


「褒める?」


「さっきからずっと都築くんのすぐ横でお座りして尻尾振ってるし、どう見ても『褒めてもらい待ち』だと思うわ」


 百園さんもコクコク頷いた。

 千代ちゃんが指差す辺りを見てみるが、当然俺には何も見えない。


 ……どう褒めればいいんだろう。


 俺は少し考えてから、そっと手を伸ばしてみる。

 もちろん触れることは出来ないが、そこは想像でカバーだ。


「パトラッシュ……百園さんを守ってくれて、ありがとう。すごく――…すごく、助かった」


 見ることも感じることも出来ない俺は、当然祓うことも戦うこともできない。

 自分の無力さに歯がゆい思いをするのは何度めだろう。

 今回、百園さんを守り切れたのは全部パトラッシュのおかげだ。


 人間に酷い殺され方して、成仏も出来ずに犬神にされてしまったというのに、それでも人間を助けてくれる――…お前、ほんとにいい奴だな。


「満足したみたいね。都築くんの中に戻っていったわ」


「俺の中に???」


 問い返した俺に、百園さんが口を開いた。


「私にも、都築さんの中にパトラッシュが吸い込まれて消えたように見えました」


 つまり『俺』がパトラッシュの『ハウス』って認識でいいのか?

 店長が言ってた『アストラル界』とかいうのより、ずっといい気がする。


 パトラッシュ、本当にありがとう。


 俺は心の中でもう一度小さく声をかけ、胸に軽く手を置いた。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




「これでよし!」


 六畳一間のアパートの端っこに置いた段ボールを、俺はポンと叩いた。

 部屋の中で一番陽当たりのいい場所だ。今までは俺の昼寝スポットだったが、パトラッシュをまつるための祭壇をそこにすると決め、ちょうどいい大きさの段ボールを近所のスーパーから貰ってきたのだ。

 段ボールの上に犬用の皿を二つ置き、一つにドッグフードをザラザラーッと入れ、もう一つには水を入れてやる。

 さらにペットショップで買ってきた大型犬用の赤い首輪と、俺が想像で描いたパトラッシュの絵を飾った。


 うん、なかなか良いんじゃないか?


 改めて段ボールの上を眺めた俺は、目を瞬かせた。

 ちょっと待て、何だかこれ……死んじゃったペットの供養みたいじゃないか?


「ごめん、パトラッシュ……ちゃんとした祭壇の作り方、店長に教えてもらうから……とりあえずはこれで我慢してくれ。知識不足の飼い主で申し訳ない」


 姿を見るどころか、鳴き声も聞こえず気配すら感じないが、それでも俺は確かにパトラッシュとの友情を感じるようになっていた。


 スマホがアラーム音を響かせる。見ればそろそろバイトへ行く時間だ。

 今日は日曜だから、ランチタイムは家族連れの客も多くて大忙し間違いない。

 俺は気合い充分で立ち上がった。


「行くぞ、パトラッシュ! 今日もがっつり稼ぐぞーっ!!」


 どこかで『ワンッ!』という返事が聞こえたような気がした。

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