悪魔祓い
「……うわ、すごい……」
店内はソファセットや観葉植物、装飾品も片づけられ、代わりに人形を飾るための台座が並べられていた。
たった一日でここまで――…!?
店長の手際の良さには本当に驚かされる。
これだけ本格的にすれば普通に「ちゃんとした展覧会」だ。
七瀬さんも疑う余地ないだろう。
店の奥で店長と七瀬さんが話していた。
俺とアレクは二人に近づく。立っているのもやっとな俺をさり気なく支えてくれるアレク、……男前だ。
アレクが七瀬さんに笑顔を向ける。
「こんにちは、七瀬さん。私も出来る限りギャラリーのお手伝いをしますので、よろしくお願いします」
俺も挨拶しないと!
「七瀬さん、昨日はおトイレ借りたり熱測らせてもらったり……色々とすみませんでした。ありがとうございました」
俺はなるべく普通に話したつもりだったが、昨日より体調が悪くなってるのがバレバレだったのか、店長はすぐにアレクへ目配せした。
「アレク、都築くん、こっちは大丈夫だから、事務所でパンフレットの手配やお得意様への招待状の作成をお願いできるかな」
「分かった。行こう、都築」
俺はアレクに連れられてカウンター奥の事務所へと移動した。
事務所といってもパソコンと事務机、書類棚が一つあるだけの小さな部屋だ。
「来たわね」
「お久しぶりです、アレクさん、都築さん」
事務所には千代ちゃんと十和子さんがいた。
千代ちゃんは巫女、十和子さんは霊媒師、祓いの仕事で知り合った二人だ。
「あれ? なんで二人が?」
「尾張さんから依頼がありました。大量の人形の中から問題のものを見つけ出すために人手が欲しいとのこと、微力ながらお手伝いさせていただきます」
和服美女の十和子さんは、相変わらず上品で丁寧に挨拶してくれる。
霊媒師である十和子さんは、見たり感じたりという部分で特に優れているらしい。今回のように「探し出す」ということなら得意分野かも知れない。
「私はただ遊びに来ただけ。そしたら何か面白そうな事になってるから、お手伝いできないかと思ってね」
なるほど、千代ちゃんは通りすがりのお手伝いさんか。
店内から移動されてきたソファなどが所狭しと詰め込まれ、かなり窮屈な状態だったが文句なんか言ってられない。
アレクが俺をソファに座らせてくれた。
「ありがとう、ごめんな……アレク」
「謝るな、都築。俺達が必ずお前を救ってみせる。都築が元気になったら、胡月堂の饅頭を好きなだけ買ってやる! 一緒に腹いっぱい食おう!」
ギュッと俺の手を握り涙ぐむアレク……ごめん、それ死亡フラグにしか聞こえない……。
数分もせずに勢いよくドアが開き、店長が入ってきた。
「七瀬さんが帰った! すぐに始める! 都築くんを特別室へ!」
「分かった!」
祓いを行うための部屋……『特別室』が事務所のさらに奥にある。
俺はアレクに抱えられるように特別室へ移動した。
前に覗いた時とは違い、部屋の真ん中に大きな星を囲む円が描かれ、見たことない文字や記号がびっしりと書き込まれていた。クネクネした文字は陰陽道の護符で見た梵字とは全く違うもののようだ。
アレクが俺を運んでる間に、店長、千代ちゃん、十和子さんの三人は人形を抱えて移動させて来る。
俺は星のちょうど真ん中へ寝かされた。
ホラー映画で観た悪魔召喚の生贄みたいになってるぞ、俺。
「……いたた」
俺は小さく呻いて腹を押さえた。
運んできた人形を乱暴に床へ転がす店長が視界に入る。歴史的にも美術的にも価値があるなんて言ってたのに、もうちょっと大切に扱った方がいいんじゃないだろうか。
「尾張さん、これで最後です!」
「ありがとう。千代ちゃん、十和子さん」
すぐにアレクと千代ちゃんが人形の服を脱がせ始める。
店長と十和子さんは丸裸にされた人形を一体ずつ手に取り、手足を動かしたり瞳を覗き込んだりして確認していく。
「あの……どの人形が問題なのか、そんな念入りに調べないと分からないもんなんですか?」
俺は遠慮がちに質問してみた。
トンネル事件で十和子さんの能力を目の当たりにした。この人は本当にはっきりと『見る』ことができるはずだ。
アレクが人形の服を乱暴にひん剥きながら答えてくれる。
「こういう人形ってのは、本来は呪術の道具として使われていたものが多いんだ。人の形をしているが中味は空っぽだろう? 昔から『入れ物』として重宝されていた。こういうアンティーク品ともなれば、様々な因縁が纏わりついたものがほとんどだ。呪術用ではなく観賞用として作られたものでも、人々を惹きつける為に人間の魂を封じ込めたものもあれば、持ち主の生気を吸い取るような仕掛けをされているものも珍しくない」
つまり、どの人形もいわくつきで、どれが七瀬さんや俺に悪さしてるか分からないってことなのか。
「尾張、これじゃないか?」
アレクが人形の一つを店長に差し出す。
その人形の背中には知らないマーク……三角と目のようなものが描かれているのが俺からも見えた。
店長はアレクから人形を受け取り、その額に自ら額を押し付けて瞳を閉じる。
しかしすぐに顔を上げた。
「……違う! 今忙しい、お前は後回しだ」
店長は吐き捨てるように言い、部屋の隅へと人形を転がした。
皆はすぐにそれぞれ別の人形を手に取り、続けて調べ始める。
なんだか……今まで見たどんな店長より緊迫した雰囲気を感じる。
もしかして俺ってかなりマズい状況なのだろうか。
アレクが言ってた胡月堂の饅頭……本当に死亡フラグだったのかも。
痛みで額に脂汗が浮かぶなんて初めてだ。
奥歯を噛み締めていないと情けない呻き声が出てしまう。
俺は腹を押さえて体を丸め、目を閉じた。
「見つけた! これだ!!」
目を開けると、店長が一つの人形を手にしていた。
栗色の髪、緑のリボン……シモンヌ、お前か。
照明の加減か角度のせいか、シモンヌを見下ろす店長の微笑みは、今まで見たことないほど冷たく禍々しく俺の瞳に映った。
「尾張、すぐに祓いを……!」
アレクの声が遠ざかり、視界が暗くなっていく。
抗いようもなく俺は意識を手放した。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
「都築! おい、しっかりしろ! 都築」
「都築くん、聞こえたら目を開けて」
アレクと店長が俺を呼んでいる。体が揺さぶられてるのも感じる。
なんとか目を開くと、俺を見下ろしている二人の顔があった。
千代ちゃんと十和子さんも心配そうに俺を見ている。
「終わったよ、良く頑張ったね」
店長の労いの言葉がどこか遠くに聞こえる。
汗で額にはり付いていた俺の前髪をアレクの指が優しくかき上げた。
暗闇から少しずつ浮上するように感覚が戻って来る。
「…――っい!」
「???」
「いたたただだだああああああ~っ!!!!」
俺は腹を抱え、もう恥も外聞もなく悲鳴を上げた。
みぞおちの辺りが痛かったはずだが、今はもう腹全体が痛い。
息をするのも苦しい。
「こ、これは……っ、どうなってるんだ!? 尾張っ?」
「ちゃんと祓ったはずよね? どういうことっ!?」
「都築さん、しっかりして下さいっ!」
アレク、千代ちゃん、十和子さん三人の驚きの声が響く。
肩を掴まれて体が回転し、仰向けにされる。涙で歪む視界がぐるんと回った。
店長の顔がすぐ目の前に来た。
俺の瞳の奥をじっと見てくる。俺じゃなく、俺の中を見られてるような不思議な感覚。
店長、こんな真剣な
「分からない……、あれじゃなかったのか……っ……」
「都築の方から辿って調べられないか?」
「今、やってる」
店長とアレクの会話も、ほとんど内容が理解できない。
けれど俺の瞳を覗き込む店長の顔が悔し気に歪んだのだけは分かった。
「こうなったら全部だ! アレク、片っ端から祓うぞ!」
「やってやろうじゃないか……!」
俺から離れ、床に散らばる人形へと走る四人の背中を見つめながら俺が考えたのは……、
……死にたくない。
それだけだった。
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