四辻の怪

「それは確かに、異常だな」


 俺は改めて橘から詳しい説明を受けていた。

 異変が起こったのは約一ヶ月ほど前。それまで月に二、三件だった怪奇現象・心霊現象の類が、ある日を境にほとんど毎日……すごい頻度で起こるようになったらしい。しかも夕方に集中して。

 橘とおじさん達はそれらの対応に奔走し、原因究明は全く進まないとのこと。


「本当にそれらの現象を誰かが起こしてるんだとしたら、一ヶ月近く毎日なんて……一人でそんなことできるもんなのか?」


「それは僕も考えました。犯人は複数犯の可能性が高い……もし一人でそんなことが出来る人間となれば、それこそ尾張さん並みの方でなければ無理です。けれど、そんな方……日本には数えるほどしかいません」


 マジか、店長……やっぱり俺の想像の上の上のそのまた上の人だった。

 複数犯ということは悪の組織だか秘密結社だか知らないが、そういう類の奴らが暗躍してるってことだよな。でも、そんな組織があるなら橘の全日本霊能力者連盟の情報網に引っかからないなんておかしいだろう。いったい、どうなってるんだ?

 だーっ! もう! ぐるぐる考えてても埒が明かない!


「そういう現象が起こった場所の印を地図につけてくれ! 何か手がかりがないか、見て回ってみる」


「それなら僕もご一緒します」


 見て回るなら事件が集中するという夕方の時間帯がいいのかも知れない。しかし、とにかく座って考え込んでるなんて性に合わないのだ。

 橘が地図の準備をしているほんの数分の間に、俺はおじさんの一人が運んできてくれた夕飯のおにぎりと豚汁をしっかりとご馳走になった。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 俺は地図を片手に橘と二人で京都の町を歩いていた。

 観光地というだけあって夜も人は多い。しかし神社仏閣があちこちに点在していて緑も多く、明るく賑やかな場所と暗く人気ひとけのない場所が割と近くで混在している。


 隣を歩く橘はあちこちに視線を走らせてアンテナを張っているようだ。

 ずっとそんなんで疲れないんだろうか……。


「服、着がえたんだな……」


狩衣かりぎぬは制服みたいなものなので、儀式や行事の時には着ますが、あの格好で出かけることはほとんどありません」


 千代ちゃんからも似たような台詞せりふを聞いたのを思い出す。

 シンプルなTシャツとズボン姿だと、橘はかなり幼く見える。


「橘くんってさ、もしかして中学せ――…」


「高校生です!!」


 橘が俺の言葉を遮った。

 軽く唇を尖らしたその頬っぺたには、思いっきり「不愉快」と書かれている。

 大人っぽく見られたい年頃だよな……悪いことを言ってしまった。


「そ、そっか……はははっ! ごめん、ごめん!」


 俺は歩きながら持っていた地図を拡げた。

 橘が作ってくれた地図にはあちこちに丁寧に印がつけてある。


 ほとんど毎日のようにと言っていたが、本当にすごい数だ。しかも印はただの丸ではなく日にちの数字入り……俺は隣を歩く橘をチラリと見た。

 こいつ、かなり几帳面そうだとは思ったが相当だな。


 俺たちは地図を頼りに近場から回っていた。

 人気ひとけのない暗い四辻よつつじがほとんどだ。

 地図に書き込まれた情報からみて、同じ場所で何度も……ということもあるようだ。

 俺はそれぞれの場所の共通点を探してみたり、地図で位置関係を確認してみたりもするが、全く関連性を見つけられない。散々歩き回り、とうとう俺たちの足は止まってしまった。


「うーん……難しいな。橘くん、何か気配とか感じたりしない?」


「特になにも……、少し休憩しましょうか」


 橘が住宅街の中の公園を指さす。

 俺たちは公園に入ってすぐのベンチに腰を下ろした。

 改めて地図を拡げて見る。まだ半分くらいしか回れていない……。

 まぁ、そんな簡単に手がかりを見つけられるくらいなら、橘とおじさん達がとっくに見つけてるよな……。


 ポケットの中でスマホが鳴る。

 取り出すと、画面に表示されているのは千代ちゃんの名前だった。


「もしもし?」


「都築くん、尾張さんから聞いたんだけど京都に旅行中なんですって?」


「そうだよ」


「私へのお土産は、『よーじや』のあぶらとり紙をお願い。三つでいいわ」


 店長といい千代ちゃんといい、図々しいのに憎めないタイプの人たちって得だよな。

 

「……分かった。今、取り込んでるから切るよ」


「え? 宿でゆっくりしてるんじゃないの?」


 俺は簡単に状況を説明した。俺がおじさん陰陽師集団に調伏ちょうぶくされそうになったくだりで、千代ちゃんが呼吸困難になるほど笑ってるのが電話越しにもはっきりと分かった。


「つまり今って、その橘くんって陰陽師と一緒なのよね?」


「うん」


「本物の陰陽師なんてすごいじゃない! スピーカーにしてよ、ちょっと話してみたいわ」


 俺は言われるままスマホを操作する。


「もしもし? 初めまして! 橘くんって式神しきがみとかも使えるの?」


「え? はい、まぁ普通に……」


「すごーーーーいっ! そんな人と知り合いになれるなんて、都築くん羨ましい! 高校生で陰陽師、しかも橘家の人だなんて! スペック強すぎ!!」


 千代ちゃんのテンションからみて、陰陽師ってのはかなり憧れの存在らしい。

 橘は橘で、ちょっと困惑しつつまんざらでもなさそうだ。どう反応したらいいのか分からないようで、ほんのり頬を染めて俯いてしまった。

 女子高生に騒がれて照れくさそうにしてるのが何とも初々しい。


「それにしても、さっきの話。心配ね……、私SNSで京都の子も仲良しいるんだけど、その子が行ってる高校で最近流行ってる遊びがあってね。放課後にするらしいから夕方は気を付けるように言っておくわ」


「流行ってる遊び?」


「うん、夕方に四辻で占いをするっていう――…」


辻占つじうら……っ! そうか、辻占だ!!」


 いきなり大きな声をあげた橘は慌てて地図を拡げ、何やら確認しだす。

 ……またしても俺の知らない単語が出て来たぞ。


「千代ちゃん、辻占って?」


「夕方にくしを持って四辻に立って、最初に通りかかった人で占いをするの。たとえば、明るい色の服を着てたらいいことがある、暗い色の服ならその反対……とかね。他にも、歩いてきたのが二人だったら話してる内容を聞いて、そこから発想ふくらませて占いするの」


 なんだそれ……通りすがりの人が着てる服や雑談の内容で占いするとか、俺には理解できない。今どきの女子高生はワケの分からない占いをして遊ぶんだな。

 橘は地図から目を離さず、丁寧に説明してくれる。


「辻占というのは『万葉集まんようしゅう』にも出てくる古くからある占いです。辻は人だけでなく神も通る場所なので、偶然そこを通った人々から『神託しんたく』を得られると考えられていたんです。夕方は逢魔おうまときとも言われて、妖怪や物の怪、幽霊など魑魅魍魎ちみもうりょうが動き出す時間とされています。よからぬもの、不思議なもの、不吉なものに出会いやすく、異界との扉が開く……そういう時間なんです」


 なるほど……俺が思ってたよりずっと由緒正しい占いのようだ。

 橘は俺の手からスマホを取り、千代ちゃんに問いかける。


「そのお友達の高校で流行ってるというのは、どの程度の規模ですか?」


「えーっと、学校中の女子が誰でも一回はやったことあるって言ってたような……」


 すごい数だ……。

 つまり、放課後に女子高生たちが京都中あちこちで辻占をして、異界への扉を開けまくってたってことなのか。下手な鉄砲もなんとやら……そのうちのいくつかが本当に「良くないもの」を出現させてしまった……。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 異変の原因は辻占だって言うの? 京都って色んな意味でその手の守りは万全なんだと思ってたけど……」


 千代ちゃんの声には驚きと困惑が入り混じっている。


「その手の守りって?」


 聞き返すと、千代ちゃんは少し考えてから答える。


「んー、たとえば……そうね、安倍晴明が作った京都守護魔方陣きょうとしゅごまほうじんとか」


「きょうと、しゅご……なに?」


「京都守護魔方陣、よ」


 あ、またしても千代ちゃんの声が、そんなことも知らないのかって呆れたようなトーンになってる……いやいや、普通知らないだろ。京都の観光ガイドブックにも載ってなかったぞ。

 地図を折りたたんだ橘が優しく説明してくれる。


「安倍晴明が京都に作った方陣『星満道満せいまんどうまん』という結界です。晴明神社を中心に五芒星の形に陣をとったのです。それぞれの角には、上賀茂かみがも神社、松尾まつお大社、八坂やさか神社、鹿苑寺ろくおんじ慈照寺じしょうじが配置されています。結界の有効期限として晴明が西暦二千二十年十二月二十二日冬至と定めていたので、僕の代になり結界を張り直しました。もしかしたら、張り直す時に何か不備があって不十分な結界になってしまったのかも……」


 結界に有効期限があるのにも驚きだが、それを張り直したとさらっと言ってのける橘にもビックリだ。


「それなら、その結界がちゃんと機能してるか確認しないと!」


 俺の言葉に橘は頷いた。


「そうですね。でも今日はもう遅い……明日、朝から五つの角と五芒星の中心である晴明神社を回りたいと思います。都築さん、ご一緒してくれますよね?」


「もちろん!」


 千代ちゃんが「面白そう! 私も行きたい!」と騒ぐのをなんとかなだめて通話を切り、俺たちはいったん橘の屋敷へと戻ったのだった。

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