出発
「遅いぞ、都築ーっ!」
「悪い!」
集合場所は駅の改札口前。
集合時間より五分早く到着したものの、俺以外のゼミメンバーはとっくに揃っていた。
今日から二泊三日のゼミ旅行で京都へ行くのだ。
仲良しの一ノ瀬や憧れの二宮さん、他にも三宅、四条、五十嵐など気心の知れたメンバー達と、ゼミの担当である
「おし、全員揃ったな! じゃあ九重教授からご挨拶お願いしまーすっ!」
「えっ!? 私ですか?」
いつも以上にテンション高めな一ノ瀬に、九重教授は困ったようにハンカチで額の汗をぬぐった。
「えぇーっと、皆さん。ゼミ旅行と言っても堅苦しく考えず、仲良く楽しくいきましょう」
「はーいっ!!」
駅構内に皆の元気な声が響く。
「電車の出発まで後十分くらいなので、皆さんホームへ移動してくださーい!」
二宮さんの声かけで皆いっせいに動き出す。
ゼミ旅行のお世話係、ご苦労様です!
九重ゼミは三島由紀夫作品をテーマとしているため、今回のゼミ旅行は「金閣寺見学」が主な目的となっている。しかしそれ以外は全くの自由! 京都の観光旅行と言っても過言ではない。
電車に乗り込んだ俺たちは、適当に仲のいい奴らで座席に腰を下ろした。俺の隣に座った五十嵐がさっそく京都の観光ガイドブックを取り出す。付箋いっぱいのそれは五十嵐がどれだけゼミ旅行を楽しみにしてたのかを窺わせた。
「俺さ、京都銘菓の『おたべ手作り体験』に行こうと思ってるんだ。都築も一緒に行かないか?」
「手作り体験? へぇ~、そんなのがあるのか。面白そうだな」
和菓子好きとしてはかなり興味をそそられる。
二宮さんが友達と盛り上がっているのは、レンタル着物で京都観光をできるというプランだ。
九重教授はそんな皆を微笑ましく眺めていた。
毎日カフェバーのバイトに明け暮れている俺にとって、この京都ゼミ旅行は夏休み最大のイベントだ。店長や千代ちゃん、そうだアレクにもお土産を買おう! 俺は心躍らせながら観光ガイドブックに目を落とした。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
京都駅に着いた俺たちは「旅のしおり」の予定通り、一ノ瀬や二宮さん達お世話係の案内で京都タワーに上った。そこには京都を一望できる展望台があり、
「金閣寺は
説明してくれる二宮さん、修学旅行のバスガイドさんみたいだ。
パンフレットや観光ガイドブック、二宮さんの説明をざっくりまとめると、室町幕府三代将軍の足利義満が極楽浄土をモチーフに庭園と建物を造ったらしい。とんちで有名な一休さんの父親である
皆で一通り見て回り集合写真を撮ると、あっという間に自由時間になった。
六時までに宿にチェックインして七時に宴会場「松の間」で夕飯。
それまでは完全な自由時間だ。
二宮さん達はさっそくレンタル着物のところへ行くらしい。
俺と五十嵐がスマホの地図で「おたべ手作り体験」の場所を確認していると一ノ瀬と三宅が近づいてきた。
「都築と五十嵐はどこ行くんだ?」
「おたべの手作り体験に行く。さっき五十嵐が連絡したら、今日はすいてるから予約なしでもいいってさ」
一ノ瀬は俺のスマホの地図を覗き込む。
「へぇ~どれどれ? あー、ここか! 俺たちこの近くの
「うん、ここからだとバス移動だな」
四人でバス乗り場へ行くと、たくさんの観光客で長い行列ができていた。
「たいした距離じゃないし、歩くか!」
一ノ瀬の提案で俺たちは歩き出した。
京都の街並みを眺めつつ、和小物の土産物店を覗いたり……ただ歩いてるだけで楽しい。
ふいに俺たちのすぐ横に一台の黒い車が横づけされた。ドアが開き、出て来た三人が真っ直ぐにこちらへ近づいて来る。
なんだろう? 俺……?
先頭の男は……高校生くらいか?
その後ろはスーツのおじさん二人。
いきなり高校生がものすごい力で俺の腕を掴んだ。
「えっ!?」
「あなたはいったい、どういう……大丈夫なんですかっ!?」
「は???」
日本語がオカシイぞ。
「な、何なんだっ?」
俺を見つめる高校生の瞳はひどく心配そうで、信じられないものを見ているような驚愕の色も混ざっている。一緒にいた一ノ瀬、三宅、五十嵐の三人も何事かと驚いて、高校生と俺を見比べた。
「都築、知り合いか?」
「んなわけないだろ。京都に来たの初めてなんだぞ、知り合いなんかいるわけ……っ、いたたたっ!」
俺の腕を掴む高校生の力が増し、俺は思わず悲鳴をあげた。
高校生の声が低くなる。
「そうか――…、なるほどそういう事か」
待て待て待て! 待ってくれ!
勝手にものすごく納得してるようだが、絶対に何か勘違いしてる!
それより何より、掴まれている腕が痛い。
「何なんだよっ! 放せって!!」
俺が声を荒げると、高校生は急に険しい
「一緒に来て下さい。あなただってこんな
何を言われているのか分からない。
強引に腕を引かれて体勢を崩した俺は、助けを求めようと一ノ瀬達を見るが……、
「一ノ瀬っ? おい、三宅! 五十嵐!? どうしたんだよ、お前らっ!?」
三人は催眠術にでもかかったかのように、ぼんやりと
なんだこれ、理解が追い付かない。
俺は必死に高校生の手を振り払おうともがくが、おじさん二人からも両腕を掴まれ、すごい力で引っ張られて車の後部座席に押し込まれてしまう。
拉致、誘拐――…恐ろしい言葉が頭に浮かぶ。
命の危険すら感じて暴れようとするが、後部座席のシートに押し付けられ後ろ手に捻り上げられる。痛みで涙目になりながら声を上げようとする俺の首におじさんの手が伸びてきた。
顎の下あたりをぐっと押される。何のツボだか知らないが、抗うことも出来ず、俺の意識は強制的にシャットダウンさせられてしまったのだった。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
なにやら遠くから呪文のようなものが聞こえる。意識が戻ってくるのに合わせて、それは徐々に大きくはっきりと聞こえだし、数人の男性の声だと分かった。
俺はゆっくりと目を開く。
見知らぬ部屋だ。
縛られたりはしていない、体を起こして周囲を見回してみた。
床には陣のようなものが描かれ、俺はそのど真ん中にいた。そしてその陣をぐるりと取り囲むように白い着物姿の数人のおじさん達が座り、俺に向かって印を結び呪文を唱えているのだ。
「あの……これは、いったい……?」
俺は立ち上がり、おじさんの一人に近づきながら声をかける。
「た、立ち上がった!!」
おじさんは目を見開き、慌てて印を結び直すと大きな声で何やら唱えだす。
立ち上がったらマズかったのだろうか……。
しかし何とかしてまともに会話をしなくてはいけない気がする。
俺はさらにおじさんに近づいた。
「ひぃいっ! 陣から出たぞ! そんなバカな!! 術が全く効かない、だとっ!?」
本当だったら床に描いてある陣からは出られないはずだったらしい。
出ちゃった、ごめん。
おじさんの一人が我慢の限界とばかりに逃げ出すと、他の人たちも恐怖の叫び声を上げながらばらばらに逃げ出す。蜘蛛の子を散らすようにとは良く言ったものだ。
「いや、あの……えっと、話を…………」
おじさん達は恐怖のあまり完全にパニック状態でガクガク震え、皆がそれぞれ呪文だか悲鳴だか叫びまくり、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図……。
「だーーっ! まともに話せる奴はいないのかーーーーっ!?」
俺の叫びは、おじさん達の悲鳴と呪文に虚しくかき消された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます