心霊番組

「んー! うっまぁあああいっ!」


 俺は幸せいっぱいで老舗和菓子店胡月堂の話題の新作「柚餅子ゆべし」を頬張った。口の中に拡がる甘さはしつこ過ぎず、香ばしいクルミの食感が絶品! 店長が俺専用の湯呑に淹れてくれるいつもの緑茶も、今日は格別美味しく感じる。


 俺がバイトしているカフェバー「ムーンサイド」は、ランチタイムの営業が終わると夕方のバータイムまで休憩時間だ。休憩と言っても店内の掃除をしたり装飾を入れ替えたりと仕事は山ほどあるのだが。


 一通りバータイムの準備が終わった俺は、カウンターでおやつの柚餅子をいただいていた。


「こんにちは~」


 営業時間外だというのに千代ちゃんが当たり前のような顔をして入ってくる。

 千代ちゃんは巫女さんだ。

 神社で起こったトラブルの解決に何度か店長が手を貸しているらしい。祓い屋「ムーンサイド」のお得意様といったところか。

 俺も絵馬事件でお手伝いした時に知り合った。


「都築くん、いいもの食べてるじゃない。私にもちょうだい」


「これ一個しかないから無理!」


 俺の隣に座った千代ちゃんは、今日も巫女さんのイメージとかけ離れた服装をしている。

 キャミソールに涼し気なレースの上着を羽織り、プリーツスカートとサンダル。前回のギャル風とはちょっと違うお嬢様ちっくな装いだ。

 女の子って着る物でこんなに雰囲気変わるんだなぁ……。


 お茶を淹れてきた店長は千代ちゃんの前に湯呑を置き、不思議そうに首を傾げた。


「今日はどうしたの? 宮司さんから依頼の連絡は来てなかったと思うけど」


「依頼じゃないの。この前の絵馬の件、神社からムーンサイドにはきちんと支払いがあったと思うけど、それとは別に、依り代を引き受けてくれた都築くんに私達巫女からお礼をしたいって話が出てね」


「えっ!? そんな……いいのに」


 神降ろしの儀式では巫女さんが依り代になるのが定番らしい。だけど心を壊してしまう危険性もあるということで、何の影響も受けない俺が依り代を引き受けたのだ。

 しかし儀式の間、俺は薬を飲まされてぐーすか眠ってただけだし、なんの影響も受けずピンピンしている。感謝されるなんて、なんだか申し訳ない。


「巫女全員でお金出しあったのよ、ありがたく受け取りなさい!」


 千代ちゃんはカバンから小さな紙袋を取り出し、俺に差し出した。


「……ありがとう」


 紙袋には神社の名前が印刷されている。

 開けてみると小さな勾玉のキーホルダーが出てきた。

 摘まみ上げて目の前で揺らす。


「翡翠だね、綺麗だ」


「勾玉は魔除けだけじゃなく幸運を呼ぶ強力な御守りでもあるんだから、大事にするのよ」


「分かった」


 俺はポケットに入っていたアパートの鍵に、勾玉のキーホルダーを取り付けた。

 千代ちゃんはお茶をすすってから、はた……と思い出したように店長を見る。


「もしかして、都築くんって……ご利益りやくも受けられない?」


「そうだね。悪い影響だけじゃなく良い影響も受けないと思うよ」


「なーんだ、じゃあ御守りなんて意味なかったわね。でも、神様のご加護もご利益も受けられないなんて、ちょっと可哀そう」


 アレクさんは俺のことを「神の奇跡」なんて言ってたけど、俺としては千代ちゃんの認識の方が正しい気がする。


「でも俺のためにってしてくれた気持ちが嬉しいから大事にするよ。ありがとう」


 俺の言葉に千代ちゃんは一瞬不思議そうに目を瞬かせてから、お茶をすすった。


 夜のバータイムまでまだ少し時間がある。

 店長と千代ちゃんと俺の三人はゆっくりとお茶と雑談を楽しんでいたが、ふいに店の奥から電話の着信音が響いた。

 あの音は事務所の電話だな。

 店長が応対に行く。


「そういえば、六呂むろくんとななみちゃんは上手くいったのかな」


「昨日うちの神社で夏祭りがあったんだけど、二人で浴衣で来てたわよ。もうラブラブ~って感じだったわ」


「そっか」


 俺が高校生の頃なんて、女の子と二人で夏祭りどころか一緒に下校したこともなかったぞ。

 六呂くんはしっかり青春を満喫してるようだ。全然モテなかった俺の分まで楽しんでくれ。

 寂しかった高校生活に思いを馳せていると、店長がエプロンを外しながら戻って来た。


「都築くん、急ぎの祓いの仕事が入ったよ。なるべく早く来て欲しいらしい」


「分かりました!」


「じゃあ私は帰るわ。お仕事、頑張ってね。尾張さん、お茶ごちそうさま」


 千代ちゃんは湯呑を厨房の流し台へと運んでいく。完全に勝手知ったるといった様子だ。もう千代ちゃんもここでバイトすればいいのに。


 千代ちゃんを見送った俺はウェイターの制服から着替え、戸締りだの何だの急いで出かける支度に取りかかった。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 店長と俺が外へ出ると同時に白い車が店の真ん前に停まった。

 運転席からアレクさんが降りてくる。


「尾張、待ったか?」


「いや、出かける準備が終わったところだ」


 俺は驚いて二人を見比べた。


「え、アレクさん? 今回は教会からの依頼なんですか?」


「違う違う。さっき尾張から依頼先へ行くのに車を出してくれって連絡があったんだ。急ぐんだろう? 話は車の中で。さ、二人とも乗ってくれ」


 アレクさんが運転席、俺は助手席、そして店長は後部座席へ乗り込んだ。

 車は滑るように走り出す。アレクさん運転上手いな。


「でも、店長だって車持ってますよね? やたらと高そうなやつ」


 店の裏にある駐車場には店長の車が鎮座している。車には詳しくない俺でも分かるくらい、かなりの高級車だ。


「今から霊現象が起こってる場所へ行くんだよ。汚されたり壊されたりしたら嫌じゃないか」


「アレクさんの車なら、汚されたり壊されたりしてもいいんですか?」


 店長と俺のやり取りに、アレクさんは小さくふき出した。


「それに、アレクさんに運転手させるなんて……」


 エクソシストは司祭以上じゃないとなれない偉い人だって教えてくれたのは店長なのに……。そんな偉い人に運転手させていいのか? だけど俺は免許を持ってない。

 申し訳なさそうな俺の視線に気づいたアレクさんは、「気にするな」とでも言うようにニッと笑う。


「いいんだ、都築。こないだの八伏家の件で俺は色々と勉強になった。教会からも、なるべく尾張の手伝いをして日本の『祓い』ってものを勉強してこいと言われている」


「そうなんですか……」


 八伏家のポルターガイスト事件の時にも思ったけど、アレクさんは本当にいい人だ。


「あぁそれから、俺のことはアレクと呼び捨てにしてくれ。協力関係に敬称は不要だ、それに俺たちはもう友人だろう?」


「アレク……分かった!」


 俺は少なからず感動した。

 アレクは俺の中で、いきなり心の友に認定されたのだった。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



 車は郊外を抜けて山道へ入り、少しずつ悪路になってゆく。

 揺れる車の助手席で流れる景色を眺めていた俺は、ふと景色や標識を知っていることに気づいた。


「あれ? ここってもしかして……テレビの心霊スポット紹介でよく出てくるとこじゃないですか?」


「都築くん、そんな番組も見るんだ?」


 後部座席で優雅に寛いでいた店長が、ちょっと意外そうに問いかけてくる。


「えぇ、まぁ……」


 俺は霊現象の類を見ることも感じることも出来ない。でももし少しでも霊感があったらこんな風に見えるのか……と、テレビの心霊特集などを最近よく見ていた。

 この道の先には有名な心霊スポットのトンネルがあるはずだ。


 店長はいったん窓の外へと視線をやり、ゆっくりと口を開いた。


「今回の依頼、テレビの心霊番組の撮影中にトラブルが起こったらしい。タレントさんが一人行方不明になって、撮影に同行していた霊媒師から助けて欲しいって連絡がきたんだ」


 神社や教会だけでなく、テレビに出てるような霊媒師からも頼られるのか……店長は俺が想像してるよりずっと大物かも知れない。そこで、俺はまたしても素人丸出しの疑問にぶつかった。


「霊媒師って、霊能力者とはまた違うんですか?」


「分類上は霊媒師も霊能力者に入るけど、霊力より霊感の方に特化していると言ったらいいのかな。見たり感じたりする力に長けているんだ。だから、力ずくの除霊なんかは苦手な人が多い。自分の体に霊を降ろして未練を断ち切ったり、霊に共感して相談にのってやったりして、霊が自ら浄化されるように導く。そういう形で『祓い』を行うのが霊媒師だよ」


「なるほど……」


 店長の説明に俺は頷き、脳内メモに新しい知識を書き加えた。


「つまり、問答無用で襲いかかってくるような凶悪な霊への対応は苦手ってことだ」


 アレクが付け加えた説明に俺はドキッとした。

 今から行くとこにいるのは、そういう霊ってことなのか……。

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