エクソシスト

「落ち着いた?」


「うん」


 さつきちゃんの手の包帯が痛々しい。

 出血の割に傷は深くなく、病院には行かずリビングで手当てをすることになったのだ。

 俺と弥生さんは、さつきちゃんを間に挟むようにしてソファに座っている。

 弥生さんが手当てをしている間、俺はさつきちゃんの背中をさすっていた。さつきちゃんは泣き止んではいるが不安そうだ。

 店長はソファに腰かけて何やら考え込んでいる。

 アレクさんは心配そうに、さつきちゃんの手当ての様子を見守っていた。


 弥生さんが救急箱を片付けに行くと、アレクさんは苦々しい表情で店長と俺を見比べた。


「今までもさつきちゃんが怪我したことはあったが、ここまで酷いのは初めてだ」


 アレクさんも訳が分からないといった様子だ。

 俺は言っていいものかほんの少し迷ってから、思い切って口を開く。


「動物霊はバロンじゃないと思います。バロンだったら、さつきちゃんに怪我なんかさせるわけない」


 全員が一斉に俺を見た。

 え、俺そんなおかしなこと言ったか?


「ここに居る動物霊はバロンだ。間違いない」


 店長が俺の考えをはっきりと否定する。でも……!


「バロンとさつきちゃんは仲良しだったんでしょう? 大好きなさつきちゃんに、こんな酷いことするわけない! 動物霊がいるとしても、きっとバロンじゃない」


「バロンです」


「…――店長っ!」


 店長の声は、どこまでも冷静で、冷淡にすら聞こえた。

 俺は唇を噛む。

 店長だって間違えることあるじゃないか! ランチ営業の会計で割り勘のお客さんに間違った金額言っちゃったこともあるし、バー営業用のお酒の本数を間違えて発注したことだってある! 俺が食い下がるより先に店長がソファから立ち上がった。


「気になることがあるので、建物内を調べてきます」


 リビングを出ていく店長に、俺はアシスタントとしてついて行く気になれなかった。

 気まずい沈黙が流れる。

 アレクさんは小さくため息を吐き、俺の肩に手を置いた。


「霊っていうのは変わるんだ。生前どんなにいい奴だったとしても、霊になってしまったら憑いてる場所の環境や人々の思念の影響を受けて、良くないものに変わってしまうことも多い。特に動物霊は変化しやすいんだ。俺もこの屋敷にいる動物霊はバロンだと思う」


「そう、なんですか……」


 優しく説明してくれるアレクさんの言葉に俺は俯いた。


「と言っても、バロンが亡くなってまだ一ヶ月くらいだもんな。変わってしまうには、あまりに早い気がする。どうして除霊できないのかも分からないし、困ったな」


 アレクさんは腕を組んで考え込んでしまった。

 俺はソファから立ち上がる。


「店長のお手伝いしてきます!」


 きっと店長は除霊できない原因を探しに行ったんだ、俺も手伝わないと。

 ここで意地張って拗ねてても仕方ないだろ、俺のバカタレ!

 リビングを出た俺は両手で両頬をバチン! と叩く。

 大きく一つ深呼吸してから、俺は店長の姿を探して歩き出した。


 玄関ホールで階段を上がってゆく店長の後ろ姿が目に入る。


「店長、さっきはすみませんでした!」


 急いで階段を上がり店長に追いつくと、俺はガバッと頭を下げた。

 恐る恐る顔を上げる。店長は困ったように苦笑していた。


「僕も大人げなかったよ、ごめん。動物霊がバロンだとしても、さつきちゃんの前で言うべきじゃなかった。子供部屋をもう少し調べたいから、都築くん手伝ってくれるかな?」


「はい!」


 俺は店長と共に子供部屋に入った。


「都築くんの話を聞いて少し考えてみたんだ。さつきちゃんに怪我をさせたのがバロン以外のものである可能性を、ね」


「可能性あるんですか?」


「たとえばバロン以外にも霊がいるとか。可能性はいくつかあるから、一つずつ確認するつもりだよ」


「でも、他にも霊がいるなら店長やアレクさんが気づくんじゃ?」


 話しながら店長は本を拾ってパラパラとページをめくり、一冊ずつ中を確認してから本棚へと戻してゆく。俺は転がっている椅子を部屋の隅に移動させ、教科書やタブレットの他にも散らばっている文房具を拾い集めたりして少しずつ片づけだした。


 手を止めることなく、店長が説明してくれる。


「強い霊や凶悪なものは隠れるのが上手いんだ。バロンの気配がそこかしこに強く残ってるから、それに紛れて隠れることもできるんじゃないかな……と思ったんだけど、それはなかった」


「なかった?」


「念入りに調べてみたけど、ここにはバロン以外に霊は存在しない」


「そうですか…――って、店長! 何やってんですかっ!?」


 本を戻し終わった店長は、なんと勉強机の引き出しを次々開けて中の物を調べだしたのだ。

 俺は驚いて駆け寄る。

 小学生の女の子の机の引き出しを物色するなんて、店長そういう趣味があったのか?


「何って、もう一つの可能性を――…見つけた、これだな」


「え……?」


 店長は引き出しの中を厳しい瞳で見つめていた。

 俺も覗き込む。

 そこにあったのは……


「なんだこれ……魔法陣? じゃないな、護符?」


 A4サイズくらいの紙に見たことない図形や文字が書いてあった。くねくねした文字は梵字ってやつだろうか。


「なるほど、そういうことか」


 店長は紙を手に取り、小さく呟いた。

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