肝試し
「はぁ、店長のまかない食べたかったなぁ……」
バイトをしているカフェバー「ムーンサイド」からアパートまで徒歩二十分はある。途中コンビニで豚の生姜焼き弁当とプリンを買った俺は、マイバッグを手に夜道をトボトボ歩いていた。
いつも夕飯はバイト先でまかないを出してもらっているのだが、今日は夜の営業が臨時休業になったのだ。コンビニ弁当で我慢するしかない。
ポケットの中でスマホが鳴りだした。引っ張り出して確認すると、画面には「一ノ瀬」と表示されている。大学の友人だ。とっている講義もほとんど同じ、ゼミも同じ……ということで自然と仲良くなった。
しかし、こんな時間に連絡してくるなんて珍しい。提出期限が迫って来た課題の相談だろうか。
「もしもし、一ノ瀬? どうした?」
「都築! お前、今ヒマ?」
「ヒマっつーか、バイトからの帰り道」
「お! ヒマだな! そんじゃ大学来いよ!」
「は……?」
なに言ってんだこいつ……と、少々めんどくさく感じ、電波が悪いふりして切ってしまおうと思ったが……、
「お前が気になるって言ってた二宮さん、居るぞ……!」
「えっ!?」
二宮さんはゼミで一緒になった子だが、これがまたとにかく可愛い! 派手過ぎない落ち着いた雰囲気や、ちょっとおっとりした話し方など……かなり俺の好みのタイプだった。
「なんで二宮さんが?」
「さっきまで、ゼミ旅行の打ち合わせで大学に集まってたんだよ。三宅や四条も一緒だ」
そういえば一ノ瀬も二宮さんもゼミ旅行の世話係だったな。他に三、四人いただろうか。宿泊の部屋割りだの「旅のしおり」作りだの、けっこう大変そうだ。
「こんな遅くまで? 大変だなぁ……」
「んで、打ち合わせは終わったんだけど……せっかく夜の大学に居るんだし肝試しでもしようって話になってさ。皆、仲いい奴呼んだりして盛り上がってんだよ、お前も来いって!」
「…………やめとく」
「なんで?」
食い気味に聞いてくる一ノ瀬の声は、ちょっと責めてるような口調だ。
「悪い。俺、今日ちょっと疲れててさ……明日もバイトだし……」
二宮さんに会いたいのは山々だが、何しろ今日はキツい。バイト先の店長の副業を知ってしまったり、悪霊を封印してしまったり、とにかく盛り沢山すぎた。
俺が苦学生だと知っている一ノ瀬は、どんな時でも「疲れてる」「バイト」の二つを出せば、まず無理強いはしてこない。
「そっかぁ、分かった! でも何かあったら、また誘うな!」
「あぁ、ありがとう……」
今回もあっさり引いてくれた。俺は通話を切り、スマホをポケットに突っ込むとアパートへの道を急いだ。
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「は? 帰って……ない?」
翌日の夕方、バイト先にいた俺は、夜の営業時間が始まる前の休憩タイムにLIMEをチェックして驚いた。これまた大学の友人である五十嵐から、一ノ瀬の所在を知らないか、という内容の連絡がきていたのだ。
すぐに通話ボタンを押す。
「あ、都築! 一ノ瀬から昨日の夜、肝試し誘われなかったか?」
「誘われたよ、でも断った」
「俺もなんだけど……肝試しに行った奴ら、まだ誰も家に帰ってないらしいんだ」
「えっ!? 誰も?」
「あぁ、夜に大学で集まってて行方不明になったって大騒ぎになってる。何か知ってる奴は連絡しろって、大学事務局から緊急連絡メールも来てるし」
「あー、俺……バイトでメールとか全然チェックしてなかった」
五十嵐に言われて確認してみると、確かに大学事務局からメールが来ていた。通話している俺の口調からただの雑談ではないと感じたのだろう、カウンターの向こうから店長が心配そうにこちらを見ている。
「都築……俺、昨日一ノ瀬から肝試しのコース……聞いたんだ」
「え……?」
「今から探しに行ってみようと思ってる」
「待てって! それ、大学に連絡したのか?」
「いや、俺が聞いたのはあくまで予定だから。本当にそこに行ったか分からないし……とりあえず自分で見に行って、何か手がかりを見つけたら大学に報告しようと思ってる」
「五十嵐、俺も――…」
一緒に行く! と言いかけたところで、店長が俺の手からスマホを取り上げた。
「店長……?」
「やめておきなさい。都築くん、今日来た時から良くない気配が憑いてて心配してたけど……今、通話してる間にそれがどんどん濃くなってる。ややこしいことに巻き込まれてるね」
「は? ちょっと! 変なこと言わないで下さい! 今、大事な話を……」
慌てて店長からスマホを取り返すも、もう五十嵐との通話は切れていた。すぐにかけ直すが出ない。俺はスマホをポケットに突っ込むとウェイターのエプロンを外した。
「店長! 夜の営業のバイト、お休みさせてもらいます!」
「ダメだよ、危ないところへ行くと分かっててOKするわけないだろ? それに仕事中にいきなり出てくなんて……バイトとはいえ責任ってものが――…」
「あ゛――――――っ!! いたたたたっ! 腹痛てぇ――っ!」
俺はガバッと腹を押さえ、思いっきり大声で叫びながらしゃがみ込んだ。さすがの店長も驚いて目を見開いている。
「いだだだだっ! こりゃ、バイトなんて無理だぁ~っ! 店長! 早退させてくださいっ!!」
「…………」
これで早退させてくれないなら労働基準監督署に訴えてやる! 俺の三文芝居に、店長は呆れたように大きなため息を吐いた。
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「なにも店長まで付いてこなくても……」
「いや、どう考えても僕も来る流れだったでしょ」
「そうかなぁ……」
夜の営業をあっさり臨時休業にしてしまった店長は「心配だから」と大学までついて来ていた。大学の門を入ったところで再び俺はスマホを取り出し五十嵐への通話ボタンを押す。今回はすぐに五十嵐が出た。
「都築? どうした?」
「五十嵐! 俺も一緒に一ノ瀬たち探すから! 今どこだ?」
「西館奥の旧校舎だよ」
「分かった! すぐ行くから待ってろ」
急いで旧校舎へ向かう。俺はほとんど小走り状態なのに、店長は少し早足という程度でついてくる。うぐぐ……スタイルの違いが恨めしい……。
大量の行方不明者が出たということで大学の構内はものものしい雰囲気だった。普段はあまり見ない警備員や、警察官らしき人もいる。店長はどっからどう見ても学生じゃない。不審人物として見咎められるのではと俺は心配したが……全くの杞憂だった。警備員とすれ違っても店長のことを見もしない。
「部外者が入り込んでるって止められるかと思ったけど、案外平気なもんなんですね」
「あぁ、僕の姿は見えてはいるけど、認識されないようにしてるからね……」
なんだそりゃ、霊能力者ってすげぇ……。スパイや暗殺者が泣いて欲しがりそうなスキルを、さらっと発動してる店長に、もう突っ込む気にもなれない。
「都築ーっ! こっちだ!」
旧校舎の前で五十嵐が手を振っているのが目に入った。俺も振り返す。
「五十嵐! 何か手がかり見つかったか?」
「まだ何も……。理系の実験棟からこの旧校舎行って、最後に裏の林を通って体育館でゴールって聞いたんだ。実験棟の方は一通り見て回ったけど何にも見つけられなかった。今から旧校舎を調べてみようと思って……」
「間に合って良かった。この旧校舎が元凶のようだ」
「…――え?」
俺と五十嵐の話に割って入った店長の声は、いつもより少し低い。見ると、店長は旧校舎の三階部分に厳しい視線を向けている。
「あ、五十嵐ごめん! この人は俺のバイト先の店長でさ、一ノ瀬たち探すの手伝ってくれるんだ」
「え……? あ、あぁ、そうなのか……よろしくお願いします」
俺が紹介して初めて、五十嵐は店長の存在に気づいたようだった。店長のスキル『透明人間』(俺命名)やっぱ、すげぇな……これ女風呂でも覗きに入れるんじゃないか……?
アホなことを考えている俺の横で、店長はいつもの穏やかな口調で五十嵐に話しかける。
「この旧校舎はとても危険です、あなたはここで待っていて下さい。もし僕たちが一時間経っても戻らなかったら、ここへ連絡を……」
店長は名刺のような小さなカードを五十嵐に渡した。
連絡? いったいどこへ?
俺は五十嵐の手の中のカードを覗き込もうとした。が、店長にグイッと腕を引っ張られる。
「都築くん、行きますよ。急いだ方がいい」
「あ、はい……」
見られなかった。俺は小さく舌打ちする。
しかし今は一ノ瀬たちの捜索が最優先だ。
俺は店長と一緒に旧校舎の古い木の扉を開いた。
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