名前


 騎士の制服を纏ってはいるが、それは男ではなく、美しい少女だった。


 寝そべる俺の顔に金色のポニーテールを垂らして、緑の瞳で見つめながら、優しい微笑みを浮かべている。


「ゼノ殿、目覚められて安心したよ。酷い怪我だったから……」


 以前カストロ領からの帰り道に、襲われた馬車に乗っていた貴族の娘……。


 その彼女との意外な再会に驚き、目が覚めた。


「ローゼン? なぜ、ここに!?」


 質問には、別の人物が答える。


 遠くから少年のように明るく、――耳障りな声が聞こえてくる。


「それは私のおかげだよ! 感謝してよね、ゼノ様!」


 起き上がって声の主を見れば、銀色パーマの少女が笑っている。


「ゼノ、ラナちゃんたちは無事だった? あの子たちならちゃんと逃げ隠れるだろうし、私よりも強いだろうけど……。私じゃ何も出来ないから、援軍を呼びに行ったんだよ。」


 真剣な顔に戻して、そう心配する少女。


 守銭奴のティクトが、俺の家族を気にしてくれるとは……。


「お前がローゼンに……、セントールに援軍を頼んでくれたのか?」


「そうだよ。ラナちゃんたちは無事だよね!?」


 どうやらバティスタ領の異常を知って、助けを求めに行ってくれたらしい。


 だから、素直に礼を告げる。


「ラナやうちの子たちはみんな無事だよ。

 ありがとうティクト、助かったよ。」


「やめてよゼノ、気持ち悪い!」


 俺の礼に体がかゆくなったようで、ティクトは体をかいている。


 そんなディクトは放っておいてローゼンの方を見てみれば、座ったままの態勢で裸の男の子の相手をしていた。


「オッパイ! オッパイ!」


「すまない。私はあまり大きくないし、ミルクもまだ出ないんだよ。」


 ローゼンに抱きつき、両手で胸を触る黒髪の男の子。――名前はなんだったか?


 そんなカラスを、俺は叱りつける。


「マト! 女の胸は軽々しく触るものじゃない!」


「ちぇ! ゼノのケチ!」


 ローゼンはふてくされるトリの頭を優しく撫でながら、彼について尋ねてきた。


「異形の魔徒だから、『マト』なのかい?」


「ヤダ! もっとかわいい名前がいい!」


「お前、異形の魔徒とわかっていて、その対応か?

 林の中で俺が襲撃犯を見逃した時も、黙っていたし……。」


「ゼノ殿、私は貴方を信じている。貴方のおこないには意味があると信じているんだ。」


「アホか! だいたいあの時は初対面だろ? なんでそんな簡単に他人を信じられる!?」


 俺の疑問に、少女は微笑みだけで答える。


 マトは相変わらず、そんな彼女にひっついていた。


「トリ、そのお姉さんが腰にさしているのが、お前の弱点の神具だぞ!」


 ――ローゼンは敵じゃない。


 そうわかっているが、捻くれた心がそんな言葉を放たせる。


 その脅しにはビビったらしい……。カラスは俺の背中に隠れようとする。


「お姉さん、神具を持ってるの?

 ――ぼくを……殺すの?」


 ローゼンは微笑んだままで、腰にさす美しい宝剣に手をかけた。


 そして立ち上がり、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


「マト殿、貴方はゼノ殿の家族だ。ゼノ殿の家族は私の家族も同じ。私は家族を殺したりしないよ。」


「お姉さんも、家族?」


 優しく頭を撫でられて、トリは安心したようだ。

 

「お姉さんも家族! ぼくの家族!

 ぼく、もっとかわいい名前がいいな! ローゼンお姉さん、ぼくに名前つけて!」


 ローゼンは、手をアゴに当てて考える。


 ――そして、言った。


「マトマトというのはどうだろう?」


「ちぇ! お前もセンス無しかよ!」


 カラスは怒って駆け出して、今度はティクトに飛びついた。


 銀髪パーマの少女は、マトを抱きかかえて困った様子……胸を触られている。


「お兄さん、ぼくにかわいい名前をつけて。」


「お兄さんじゃなくて、お姉さんね。」


「え? お姉さんなの?」


「この可愛いティクトさんの顔を見なよ!」


「お姉さ……ちぇ! オッパイないな!」


「ゼノ、このガキ、殺していい?」


 ティクトの「殺す」という言葉に反応して、トリは殺気を発した!


 魔術エネルギーを解放しだしたカラスを止めるため、俺は「魔法の言葉」を言ってみる。


「マト、ティクトも家族だ!」


「え? このお姉さんも家族なの?」


「ぎゃははは! 私もゼノの家族だって!

 ゼノ様ぁ♪ 私は家族だよ♪ ご飯にする? お風呂にする? それとも……♡」


「このお姉さん、ほんとにお姉さんなの?

 やっぱり、オッパイないよ?」


「ティクトは胸なんて無くても、とても可愛い女の子だよ。」


「ゼノ、マジキモいからやめてよね!」


 俺たちが言い争っていたら、部屋に二人の男が入ってきた。


「あ! ゼノさん、目覚めたんすね!」


「なにやら賑やかじゃのう?」


 金の短髪をした青年騎士と、ボロをまとった白髪の老人。


「イース、久しぶりだな。――ウルゴさん、なんでまた、そんなボロボロの格好のままなんです?」


 ローゼンの部下イースと、彼女の祖父であり、英雄として名高いウルゴ•セントール。


 イースは笑顔で答えてくれる。


 ウルゴさんは、質問の答えを返してきた。


「ゼノ殿、ボロはのぉ……昔の英雄は、今は静かにスローライフを送りたいんじゃ。」


 その答えには苦笑する。


 笑いながら、ウルゴさんの頭を見て、俺は一つ発見をした。


「だいぶ体が回復してますね。――髪も!」


「皆が気を使っていいものを食べさせてくれるものでな。――髪は嬉しいのぉ。」


 以前よりフサフサになった白髪を触り、濃い緑の瞳で笑っているウルゴさん。


「ねえ、ゼノ〜。あの二人も家族なの?」


 カラスの質問には、俺より先に二人が答えた。


「俺はゼノさんの弟っす! 弟っす!」


「おお! わしはおじいちゃんだぞ〜。」


 ――いつからだ?


 ノリのいい二人に、戸惑う俺。


 それをよそに、トリは二人に近づいた。


 ジャンプしてイースに抱かれ、隣のウルゴさんにおねだりをする。


「おじいちゃん、かわいい名前つけて!」


「わしに? クロゾウとかどうじゃ?」


 一瞬……、空気が凍った。


 応えてくれたウルゴさんを無視して、カラスはイースにおねだりをする。


「お兄さん、かわいい名前つけて!」


「俺っすか? クロウとか?」


「ちぇ! 厨二病かよ!」


 ――わがままなマトの態度。


 それに怒ったのは、ティクトだ。


「ゼノ、このガキ生意気だよ!

 ちぇっちぇちぇっちぇ舌打ちばかっりだし! 名前なんて『チェッチェ』でいいよ!」


 ティクトのテキトーな言葉……。


 それにマトは、意外な反応を示す。


「チェッチェ、かわいい!  ぼくの名前!」


 ――いいのか、それで?


 でもチェッチェは、その名前が気にいったらしい。


 とても嬉しそうに笑ったのだ……。




 ――バティスタ領の中心街。


 ローゼンたちはすでにそこを制圧していて、魔獣はおらず、領民たちは集められていた。


「ま、魔神がもうすぐ復活するんだ!」


「し、仕方なかったんだ!」


「生き残るには、魔徒に組するしかなかったんだよお!」


 言い訳、命乞い、混乱の声……


 叫ぶ領民たちの前に、騎士である少女――ローゼンは立った。


 神具の長剣を天に掲げ、集められた人々に呼びかける。


「セントール家は、復活する魔神と戦う! 世界を、魔神の手にさせはしない!

 ――信じてくれ! 我々を! 未来を!」


 その気丈な声に誰もが注目。


 注目の中でも堂々と、少女は人々に呼びかけ続け、彼らの導き手となるのだ。


「誰も罪には問わない! 魔徒たちの手からは我々が守ろう! セントールに来るなら拒みはしない!

 ――だから安心して、もう魔徒たちに惑わされないでくれ!」


 少女は声を張り上げ、自分は味方だとはっきりと伝えて、人々を受け入れる。


 ――その姿は、次世代のリーダーだ。


 少女だからと、侮るものはいなかった。


 彼女こそ英雄の地セントールを継ぐ者だと、誰もが認めたことだろう。



 ローゼンの姿に見惚れていた俺に、ティクトが話しかけてくる。


「ねぇ、ゼノ。ローゼン様はきっと、魔神と戦ってくれると思うんだ。貴族だけど、味方だよ。」


「あいつは味方だ……わかっているよ。

 ――だけど、あの子は戦わせたくない。あの子には、次の時代を生きてほしい。」


 それは、正直な俺の気持ちだった。


「ゼノ、ローゼン様好き過ぎない!? さっきは口移しでポーション飲ませてもらっていたし、どんだけの仲なの!?」


 ティクトは驚いた顔で言ってくる。


 俺は一々答えない……。


 からかわれる前に、その場所からは立ち去った。




 ――なぜ?


 なぜ神具は、「力」は……、持って欲しくないやつばかりが持っているのだろうか?


 俺は交換する。


 神具を奪い別の持ち主へと……命を懸けられ、捨てられる人間へと。



 ――魔獣たちに守られた屋敷。


 そこに立て籠もる領主バティスタに会いに、俺は向かう。――神具を奪う、そのために!

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