希望の幻影 1/2


 夜が明ける頃には、小雨が降り始める。


 もう、バティスタ領に着いた……はずが、そこには見慣れぬ景色が広がっていて、俺は混乱してしまっていた。


 バティスタ領の中心街――その周りには、簡素な家々が並ぶスラム街があったはず。


 たけど、街が無くなっていて、家々は壊され、瓦礫と魔獣の死体ばかりに……


 ――そして、人の死体がいくつか見えた。



 自分の家のあった場所へと急ぐ。


 途中に転がる死体は服装から、知り合いだったスラムの人たちだとわかった。


 直視はできなかった……


 兵士らしい死体も……消えかけている黒犬の魔獣の死体もあって、それらには近づいて、しっかりと確認した。


 その死体の破壊のなされ方から、神具により倒された形跡だと推測できた。


 誰と誰が戦い、誰が死んだのか……?


 領主のバティスタが異形の魔徒と組んだと、アムスの領主は言っていた。


 アムス領を攻めた大量の魔獣は、おそらくここを通ったはず。――ここに帰りつくまでの道には、魔獣の足跡が多く残っていた。


 なら皆は、魔獣に全滅させられたのか?


 ――そんな予想はしない!!


 死体の数は、スラム全員の数からいえば少な過ぎる……だから、きっと生きている。


 希望を考えながら走り、たどり着いた自分の家は――跡形も無く、壊されていた……




 瓦礫の中に、埋もれた「扉」を探す。


 掘って――鉄板を見つけ、中に「小さな光たち」がいるのを感じることができた!


 ――良かった!


 屈んでその鉄板をノック、五回、二回とノックをすれば、一度だけ小さな音が返ってくる。


 今度は二回、五回とノック、そうすれば、小さな光たちが、こちらに向かってやって来る。


 俺は鉄板を持ち上げて、そこを開いた。


「ジェノー!」


「ゼノさん!」


「ゼノ〜!!」


 笑顔で飛び出して来る、子供たち。


 次から次に出てくる子供たちを抱きしめて、無事を喜んでいたら、赤い髪が見えた。


 井戸と一緒に掘った地下室から、ひょこりと青い瞳をのぞかせるラナ。


「おかえり、ゼノ。」


「ただいま、ラナ……みんな無事か?」


 ラナは一呼吸置いて、答えを返す。


「ごめん、リリスちゃんが飛び出していってしまって……」


「リリスが!? どこに?」


「教会の子たちを守らなきゃって……。

 ごめんなさい……、ちゃんと隠れて逃げるって、私が教えきれていなかった。」


「謝るなよ、俺の責任でもある。

 それにリリスは強い。大丈夫だ!」


 自分に聞かせるようにラナを励まして、……そうしながら考える。


 教会へ行くという選択――それ自体は間違いじゃない。


 教会は、中心街の中にある。


 異形の魔徒と組んでいるとしても、領主が自分の街の人間まで巻き込むとは考えにくい。


「ゼノさん、荷物まとめたよ! エリクサーもここに!」


 一番年上の男の子セシルが移動の準備を整えて、元気に呼びかけてきた。


 だけど、顔にかなりの傷が見える!


「セシル!? どうした、その傷!?」


 俺の問いにはすぐにラナが、セシルを庇うように答えた。


「セシルは近所の人を助けて、中に運んで連れてきてくれたの! それでちょっと怪我したみたいで……」


 近所の大人たちと子供たちが、セシルの後ろから這い出してくる。


 一緒に避難していたらしい。


 セシルと同じく、魔獣にやられたのか?


 彼らも、傷を負っていた。


「エリクサーを使え!」


「これくらい大丈夫だよ、ゼノさん!」


 俺の命令をセシルは拒む。


 近所の人たちも、大丈夫と笑顔を見せてくる。


 ――遠慮せず治せばいい。


 俺はもう一度言おうとしたが、彼らの向けてくる目に声が出なかった。



 ――意志を宿した真っ直ぐな瞳――



 彼らの目に、言葉が出なかったのだ……




 準備を整えて、皆で教会へ行くことに。


 リリスや教会にいる人たちも心配だったし、避難所としても悪くない。


 近所の人たちの話によれば、ゲバラに連れられて、数十人は教会に向かったそうだ。



 教会へと歩きながら、状況を確認する。


 まず最初に、爆発する猿と石になる鳥に襲われ、家を壊された。


 次に魔獣が通り過ぎ、その次は人である兵士たちが襲ってきたらしい。


 後はずっと隠れていたらしく、黒犬の魔獣と、それを倒した者はわからなかった……


 ――魔獣の動きには合点がいく。


 兵士たちが街の人たちを襲った理由はわからないが、魔徒に組みしたのだろう。


 異形の魔徒は、領主や兵士たちに魔神の復活を伝えたはずだ。


 復活後の自分や家族の命を保証されて、そちらに加担したと考えられる。


 生き残るための選択は、決して間違いではないのだから……




 防壁の中は、外と大して変わらなかった。


 瓦礫と、魔獣の死体が転がっている。


 ――人の死体もいくつか見えた。


 不安そうな子供たちを安心させながら、ゆっくりと歩き、進んでゆく。


 子供にマントを掴まれて、リリスとここを歩いたことを思い出す。


 振り向いて、掴んできた子を見たら、一瞬だけど、リリスの緑色の瞳見えた……。


 霧雨の中に、金色の髪をした少女の……


 ――俺は、その幻影を見たのだ。


 あの子は……、おとなしそうに見えて、行動力と正義感の強い子だった。


 髭面の男に人質にされても、あの子は雷撃を放って反撃した――あれが無ければ、俺は死んでいた。


 女騎士のお嬢様000……。


 ローゼンの馬車が襲われた時、「助けてあげて」と叫んだのはあの子だった。


 林に隠れていろと言ったのに、俺がピンチの時に飛び出してきてくれた。


 リリスは強くて優しい子だ。


 他人なんて、助けなくていいのに……




「――神具を手に入れて、世界を救うんだ!」


 かつての冒険者たち――父さんも……彼らはそんな志を持って、迷宮へと潜っていたらしい。


 冒険者たちだけじゃない。


 世界のためだとか、誰かのためだとか……そんな志を、が抱いていたのだろう。


「何かを成せ! 何者かになれ!」


 彼らはそう、俺たちに言ってきた。


 ――だけど、それは偽りだ。


 それは、子供のような空想……


「ただ生きる」、その難しさを知らない人間の戯言と、今の俺たちは知っている。


 事実、世界は救われなかった!!


 俺の父や母の時代――まだ、神が魔神に敗れるまでは、誰でも何かになることができた。


 少なくとも父親や母親に……世界が希望に溢れていたからだ。


 ――だけど、今は違う。


 他人に迷惑をかけ、他人の未来を奪って、そうしてでも「ただ生きる」、俺たち。


 父も母も、守れなかった……


 ――何かを成したい!


 何も叶えられない俺たちは、そう思う。


 ――何者かになりたい!


 無価値な俺たちは、そう思う。


 子供のような空想、偽りの戯言……。


 彼らの「志」という幻影に引っ張られて、俺たちは生き方を間違えた。



 ――いや、最初から間違えていた。


 生まれた時代を、間違えていたのだ……

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