帰る場所 1/2
――意志を宿した真っ直ぐな瞳――
家の扉を開けば、いつも通り真っ直ぐ俺を見る、青い瞳がそこにはあった。
長く真っ直ぐ伸ばした赤い髪。
白いシャツに、茶色いつなぎのスカート。
いつもと変わらない姿で迎えてくれる、線の細い彼女。
「おかえり、ゼノ。」
「――ただいま、ラナ。」
無表情で挨拶をくれる彼女に返事をする。
出会って五年……少女はもうすっかり大きくなって、ソバカスもできる歳になったけれど、俺は彼女の笑顔を一度も見たことがない。
「おかえり、ゼノ〜。」
「おかえり〜、ジェノ〜。」
「ゼノ〜!」
こちらは笑顔の挨拶。
ラナのスカートの後ろに隠れていた小さな子供たちも、一斉に迎えてくれる。
――帰ってきた。
そんな実感が湧いてくる。
黒マントを掴んで後ろに隠れているリリスを、ラナが無言で見下ろしている。
みんなに新しい家族の紹介をしなければならないだろう。
「また、連れてきてしまった……リリスっていうんだ。みんな、今日からよろしく頼むよ。」
「リリス〜。」
「リリスちゃん〜。」
「リュリシュ〜。」
小さな子供たちは、すぐに歓迎ムードだ。
ラナも小さくかがみ、リリスに目線を合わせてから静かな声で歓迎してくれる。
「リリス、私はラナ。よろしくね。」
そう言ってラナが手を伸ばすと、リリスはラナの手をとって俺の背中から離れる。
そしてラナに、その金色の髪を撫でられるのだ。
無表情なのに子供に好かれる……ラナは不思議な娘だ。
そんな彼女はリリスの頭を撫でながら、上目で俺を見て伝言をくれる。
「朝、ティクトさんが来てた。」
「あいつが? どこで俺の動きを掴んでるのやら……。」
そう話をしていると後ろの片引き戸が開いて、少年のような声がした。
「あ、いたいた♪ やあゼノ。待ってたよ。」
――噂をすれば、というやつだ。
パーマのかかった銀の髪。
少年のような顔に全く似合っていない、黒い口髭をつけた奴。
「ティクト、なんだその格好は?」
「え、このチェック柄のスーツ? 可愛いでしょ?」
「いや、そこじゃない……。」
「あ! 新しい女の子だ! また、幼児誘拐をしてきたんだね♪」
わざとかみ合わない会話をしながら、イタズラな笑顔で笑うティクト。
相変わらず、掴み所の無い……
ティクトはリリスに興味を持った様子。
このままだとペースに呑まれて時間を奪われそうなので、俺はその流れを切りにいく。
「ラナ、教会に行ってくるよ。だけど、エリクサーもポーションもあまり無いんだ。後で持って来てくれるかい?」
「いいけど……。やっぱりそのボロボロのマント、何かあったんだね。」
「おや〜、ゼノ様が収穫無しで帰ってくるなんて珍しい!」
「ティクト、教会で子供たちを診たい。話は向かいながらでいいか?」
「ん? いいけど……。」
ティクトを連れて、帰って早々だが出かけることに……出かけようと横を通るが、パーマ頭はその瞳の方向を変えようとしない。
何があるのかと後ろを見れば、リリスが不安そうにこちらを見ている。
一人にさせるのも忍びないか?
「リリス、一緒においで。」
だから、そう声をかけた。
するとリリスは嬉しそうに、俺についてきてくれるのだった。
うす暗い空によく似合う、灰色の街。
ティクトと話しながら、教会へと向かう。
「ねえねえ、ゼノぉ。その可愛いリリスちゃんは、どこで誘拐してきたの?」
「カストロ領の貴族から貰ってきた。」
「えっ! 金髪のイケメンから?」
「――いや、丸顔の中年だ。」
「ああ、アジール・カストロかぁ……。」
「よく知っているな。」
「殺しちゃったの?」
「――まあ、そんなところかな。」
ティクトは、こちらを見てニヤニヤ笑う。
銀の髪に幼げな笑顔……それに似合わない口髭が、なんともムカつく顔だった。
「ゼノは、ほんとに貴族に容赦無いなぁ。
アジール様は神具なんて持ってなかったでしょう?」
「………………。さっき、金髪のイケメンって言ってたな? お前の情報通り、迷宮に神具はあったようだが、そいつに先を越されたらしい。――どんなやつなんだ?」
そう聞くと、ティクトは手で金を要求するサインを示す。
それに応え、俺はカバンから財布袋を取り出し、丸ごと全てティクトに渡した。
「さすがゼノ様! 気前いい〜♪」
「お前が来たってのは、ほかにも神具の情報を持って来たんだろ? それで全部話してもらうからな!」
「はいはい、お任せくださいゼノ様。」
「――まず、カストロ領の『マルス』の話だ。」
「あ♪ もう名前は知っているんだね。
マルス様は、カストロ領にその人ありって言われる有名人だよ。」
ここで急に――リリスの歩幅が乱れた。
リリスも、マルスという男を知っているのかもしれない……気になったが、ティクトとの会話をそのまま続ける。
「で? どんなやつなんだ?」
「あそこはさ、国と荒野の間にあるじゃん。
だから、領の周りには魔物がわんさか出てくるし、盗賊団もいっぱい……だった。」
「――だった?」
「マルス様ってのは、それをほとんど一人で壊滅させちゃった英雄なんだよ。」
「はっ! バケモノだな!」
「神具持ちを狩るのが趣味のゼノ様に、バケモノって呼べるかは知らないけどね。」
嫌味を放ち嬉しそうに微笑むティクト。
俺は苦笑いしつつ、話題を変えた。
「神具持ちと言えば、ローゼンという女にあったな。お前、情報を売ったんだろ?」
「ローゼン様に会ったんだ! まさか!?」
そう言って、ティクトは立ち止まった。
「殺しちゃったの?」
「――殺してない。むしろ助けた。」
「あぁ、良かった――ゼノ……。」
立ち止まるティクト。
薄茶色の瞳に、珍しく真剣な光を宿している。
手を後ろで組んで、真顔でじっとこちらを見つめてくる。
そして……
「ゼノ、ローゼン様を殺しちゃダメだよ。」
そして、そう忠告をするのだ。
「なぜだ?」
そう返せば、ティクトはその銀髪パーマをかいて、いつもの戯けた表情に戻る。
「ん〜。大切なお客様だからかな?」
――本心では無い。
そう気づくも、追求はしない。
「そういえば……お前、ウルゴ・セントールの情報をローゼンに売ったらしいな。」
「そこまで知ってるって、ローゼン様と結構お話したんだねぇ。――ゼノ様が貴族とお話♪
あ♪ ローゼン様がタイプだったんだ!」
茶化してくる笑った幼さな顔と、似合わない口髭が異様にムカつく。
だから、話をやめて歩くのに集中する。
リリスは相変わらず大人しく、マントを掴んでついてきてくれていた。
「ごめんごめん。ゼノはラナちゃん一筋だもんね〜。」
「悪いが、お前のお喋りに付き合うのは飽きてきた。そろそろ本題の話がしたい。」
俺は、隣を歩くティクトを睨んだ。
俺も、リリスに睨まれた気がする。
「う〜ん、ウルゴ・セントールの話も聞きたいんだけど、まあ、自分で調べよう。
今日はねぇ……、神具のある迷宮の情報と、その迷宮に神具持ちが来るって情報を持って来たんだよ。」
神具のある迷宮と神具持ち?
一挙両得な情報じゃないか!
気づくと、驚いた顔でティクトがこちらを見ていた。
話を聞いて高ぶった俺は、どうやらニヤリと笑った顔になってしまったらしい。
気づいて、手で口を押さえ表情を戻す。
その仕草を見て、ティクトは言うのだ。
「――ゼノ、君はやっぱり『バケモノ』だ。」
そう、嫌味を言われたところで、そこはもう教会の前だった。
話を止めて、白壁の教会を見上げる。――この中では、難病の子供たちが待っている……
子供たちを想うと、高ぶった気持ちはどこかへと消え去っていった。
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