戦いの後は、武器を拾い集めた。


 自分の武器を回収した後は、倒した相手の死体をまさぐる。


 髭面の男の得物は、金製の長い剣だった。


 ぜひ持って帰りたいと思ったが、大きく目立つし、何よりも重い。


 この男、こんなものを扱うなど、やはり相当な使い手だ。――勝利は奇跡と言うべきだろう。


 さて、どうするか?


 このカストロ領へ入る時は、街の防壁にある門を通ったが、次はもう通れない……


 罪人として、捕まる可能性がある。


 山を越えるしかないか……?


 俺はそう考えて街へは戻らずに、山越えでこの地を後にすることにした。




 リリスを連れての山越え……


 それは、厳しいものになると思われた。


 だが、この土地は魔術エネルギーに侵されておらず、動物も綺麗な川も残っていた。


 ――予想よりずっと楽な道。


 世界で最も豊かといわれる、英雄の領地セントール領、そして、このカストロ領。


 それらに囲まれたこの土地は、これから帰る土地と比べてなんと恵まれていることか。


 感謝と妬みを入り混ぜ、山の恵みを頂く。


 味気ない獣肉に、マントと焚火だけの野宿。


 それでもリリスは文句も言わずに、そんな旅路についてきてくれる……


 ――ラナと、出会った頃を思い出す。



「飴があるの。ゼノさんも食べる?」


 五日も寝食を共にしたリリスは、すっかり俺に懐いてくれた。


「良いのを持っているね。いただこう。」


 俺は樹液の飴を口にしながら、リリスと肩を寄せ合い小さな焚き火を見る。


 ――静かな夜。


 それは、安らぎの時間。


 口の中の甘さ、肩にある……人の温もり。


 疲れていた俺は久しぶりに……深い眠りに落ちたのだ……




 この温もりは、いつのものだったか……




 ――破壊された村。


 死体と瓦礫の積み上がった中で、食い物でも残っていないかと俺は物色をしていた。


 あの戦いの日、神と人は魔神に敗北し、世界は滅びを迎えるはずだった。


 だが、勝利し神を滅ぼした魔神は、自らも大きな傷を負い、今は眠っているらしい……


 その魔神が眠る場所に近い土地ほど、魔獣や魔徒が溢れて、荒廃が進んでいった。



 ――時間が伸びただけなのだ。


 魔神に対することのできる神は、この世界から失われた。


 世界は、魔術エネルギーを宿した暗い雲に覆われて、段々と、着々と、滅びに向かっている。


 もう、どうしようもない世界で人は、自分を守るだけに必死になっていた。


 俺が生きてきた場所は、魔神の眠る地に近く、終わりを向かえるのが早かった。


 国や貴族の治安も立ち行かず、強奪も、革命と言う虐殺も、繰り返し起きていた。


 だが、国も貴族も、革命軍も盗賊も、食料を奪いに農村を襲うのは同じだった。


 ――小さな農家の物置の中。


 見つけたのは、赤い髪の少女。


 見つけた時、彼女は泣くことも無く、その青い瞳で俺を真っ直ぐに見つめていた。



 ――意志を宿した真っ直ぐな瞳――



 数十頭はいるだろう……馬の足音が聞こえてくる。


 盗賊団の襲来。


 俺は少女を抱いて、物置に隠れた。


 男たちの声、悲鳴や馬たちの足音……


 それらが消えるまでずっと……少女を抱き暗闇の中に身を潜め、じっと隠れてやり過ごす……



 それからは、二人で旅をした。


 獣の群れからは隠れて、出会う者は全て殺して――『人』のいる場所を探し続けた。


 そしてある街で、俺たちは保護される。


 ボロボロな俺とラナを見て、そこの領主――初老の男は言ったのだ。


「ああ、可哀想な娘だ! お前はこの娘を守っていたつもりか? この子をこんなにボロボロにして! 

 この娘は俺が預かろう。俺なら金もあるし、力もある。この娘を幸せにできる――お前にはできない。」


 そう言って痩せた男は、しわだらけの好色な顔を少女に擦り付ける。


 少女は何も言わず、その青い瞳で俺を見ていた……



 ――領主たちが立ち去った後。


 一人残された俺に、闇をフードのように纏った男が話しかけてきた。


「――もう時間が無い。魔神の復活はあと少し。」


 青白い顔で、感情無く話す魔徒。


 俺はその魔徒の肩に手を置いて、神術の雷を放ち……葬った。




『魔徒』


 魔獣は魔術エネルギーに呑まれた、動物や神獣が転じてしまった姿だ。


 それは人とて例外ではなく、人の場合は魔徒と呼ばれる動く死体になる。


 魔徒は、魔獣よりもタチが悪い。


 街や迷宮へと入り込み、その魔術エネルギーで侵していって、人を魔徒に、獣を魔獣に変えてゆく。


 ――魔神はこうして、世界を滅ぼすのだ。




 気づけば、街は魔獣や魔徒で溢れ返り、混乱の中にあった。


「神具を奪え……神具の所持者を殺せ……」


 魔徒たちは俺にそう呟いて、少女が連れていかれた領主の屋敷へと向かっていく。


 俺もまた、同じ方向へと向かっていた。


 何もかもが焼ける臭い。


 人の悲鳴と、獣の咆哮……


 俺が着いた頃には、屋敷にも魔獣や魔徒が溢れていて、地獄と呼べる光景になっていた。


 その屋敷の裏口に、俺は見つける。


 初老の男、荷物を持った数人の側近と、美女たち――そして、少女の姿を……


 彼らもまた、魔獣の群れに囲まれていた。


「カルロ様、助けてください!」


「カルロ様!」


 魔獣たちを倒す、初老の男。


 神具を手にし神術エネルギーを纏う領主の男は、強く、誰もが彼に助けを求めた。


 だが、誰かを守ることは、誰にだって難しい。


「俺の屋敷が! 俺の街が!

 なぜ、こうなったのだ!?」


 理不尽な襲撃に、初老の男は叫びつつ魔獣たちを打ち払ってゆく。


 男が、女が、一人、また一人……


 人々が魔獣に喰われ、初老の男は荷物一つと、少女の手を握って走ってゆく。


「クソ! 俺の金が! 俺の女が!」


 そしてついには、少女を魔獣に投げ出して、隙を作り荷物片手に走り去った。


 赤い髪の少女と角の生えた熊。


 俺は少女と魔獣の間に入り、少女を抱きしめる……魔獣の爪が背中をえぐり、その衝撃が人を守ることの難しさを伝えた。


 ――俺は走った!


 魔獣から……この地獄から逃れるために、俺は走って逃げたのだ。


 そんな俺の横を魔徒たちが並走し、そして呟く。


「神具を奪え……神具の所持者を殺せ……」


 それは魔神の言葉か? 神の言葉か?


 その声に従い俺は魔黒竜の牙を抜いて、前を走る初老の男へと突進した。


「な! 神具の壁を! バカな!?」


 少女を抱えた俺は、迎え撃とうとした男の腹を突き刺した。


 荷物を抱えた男は、眼中にも無かった俺の攻撃に致命傷を与えられたのだ。


「お前、何を……」


 息切れする、初老の男。


 俺は少女を離して片手でナイフを持ち、それを男の首に突き立てる。


「奪うのか! 俺から、何もないお前が、努力もせずに、俺の掴んだものを奪うのか!」


 男は命乞いをせず、俺の……この殺人の不当性を叫び出す。


「――悪いな。魔神が復活すれば世界中がこうなってしまう……『いつか』の可能性を上げるために、譲ってもらうよ。」


 俺は詫びながら、ナイフを男の首へとジリジリと刺し込んでいく。


「や、止めろ! お前は間違っている!

 確かに昔よりも迷宮は険しく、神具も持ち去られた……だけど、可能性はゼロじゃない!

 俺から奪わなくても、迷宮で力を得て、カネを稼いで、金の武器を集めれば、魔神と戦えるじゃないか!? もっと、真っ当な努力をするべきだ!」


 ――男の叫び。


 それは試練を越え、富と名声を得て、家族と幸福を築いてきた、立派な男の言葉だ。


 それに。俺は反論を述べる。


「あんたの言うことは間違っていないさ。だけど、勝ち筋が小さく塞がれたなら、別の道を選ぶのも間違いじゃないだろう?」


 そう言って俺は、男の首にナイフを刺した。


 血飛沫が飛び、男は目を見開いて、そのまま絶命する。――その目は憎しみを宿したまま、俺をずっと見続けていた……


 手を伝って、血液の温度が流れ込む……温もりが肩に伝わり、重さに変わる。


 俺は、その温度に震えていた。


 ――だが、また別の温もりを感じていた。


 赤い髪の少女がその小さな手で、俺の血塗られた手を握っていたのだ。


 その青い瞳で、ジッと見つめながら……



 ――意志を宿した真っ直ぐな瞳――




 この温もりは、いつの……?




「――ゼノさん!」


 少女の声に、目を覚ました。


 リリスが緑の瞳で俺を見て、その小さな手で、俺の手を握って引っ張っていた。


「ゼノさん、朝だよ。」


「……ああ、おはようリリス。

 起こしてくれて、ありがとう。」



 目覚めた俺の目にリリスの髪の、輝く金色が入ってくる。


 暗い雲に覆われた今の時代に、朝日を拝むことは無い……


 だけど……その金色を見た俺は久しぶりに、朝日を見たような気になっていた。

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