暗夜異聞 雨#3

ピート

 

 クラスのお調子者、山川を表す言葉はそれだった。

 あの雨の日、ずぶ濡れで立ち尽くしていた山川を見るまでは……。


「おはよう!」いつものように山川が元気な挨拶と共に教室に入ってくる。

「朝から元気だな山ちゃん」

「月曜から元気じゃなかったら週末までどう乗り切ったらいいんだよ」

「そんなに学校で体力使わないだろ?」

「授業が俺の色んなもの消耗させていくんだよ」

 いつものようにふざけた会話をして盛り上がってる。

 それが山川だ。……あんな顔をしてるのはあいつらしくない。



 このクラスになって大きなケンカはない。

 影で誰かがいじめられたり、仲間外れにされてるような事もない。

 元々そんな事をする子がいなかっただけなのかもしれない。

 なにか元気がないなと感じる子に山川はちょっかいをかけていた。

 元々男女関係なく山川は話しかけていく、相手にウザイと思われようがお構いなしだ。

 ちょっかいを掛けられた子も気付けば一緒になって笑ってる。



 あれ以来ついつい山川の様子を眼で追ってしまう。

 そして気付いてしまった。

 ふざけている言動が目立つ山川が、ふとした瞬間死んでしまいそうな顔をしてることに。


 気になった事をそのままにしておくのは、私の性に合わないのだ。

 授業が終わるとそのまま山川に声を掛ける。

「山川」

「何?デートのお誘い?さくちゃんのお誘いならどんな予定も白紙に戻す準備は万端だよ?」

「さくちゃんって呼ぶな。このあと二人で話がしたい」

「ちょっと待って。……まさか、告白?いやいやそういうのは男の俺からすべきだと思うわけ。佐久間さん、俺と付き合ってください!」

「山川をそういう対象として見る事は、今後も微塵もないからごめんなさい。で、時間は空いてるわけ?」茶番のような告白を即断ると再度予定を確認する。

「玉砕だ!皆俺を慰めてくれ!」

「で、空いてないの?」

「さくちゃんの為なら空いてなくても空けると……」

「次さくちゃん呼びしたら本気のグーパンな。じゃ、駅前のドトールでね」

 何やら色々と興味津々といった視線を感じるが無視だ。

 鞄を片手に教室をあとにする。

 何やら山川を囲むように頑張れだの、盛り上がる声が聞こえる。

 明日以降が少し面倒だけど気にしない。

 この好奇心をなんとかしたいのだ。



「佐久間さん、一緒に行こうよ」

 門を出たところで、追いかけてきた山川に声を掛けられた。

「話ながらでいいなら」

「もちろん。で、話って」山川の声は軽い。

「あの日何があったの?」

「……あの日?」表情が一瞬固まる。

「傘貸してあげた雨の日よ」

「あー」困ったように笑う。

「ずぶ濡れで泣きながら雨の中立ち尽くしてた山川に傘を貸して、翌日私が学校を休んだあの雨の日のことよ」

「……」

「わざわざプリント持ってお見舞いに来てくれたのに、なんか冷たくされた前日の雨の日の事よ」

「……怒ってる?」

「怒ってなんかないわよ」

「……そもそも何でそんなに知りたいの?」

「山川が……らしくないからよ」

「らしくない?」

「変わらないようにしてるんでしょうけどね」

「?変わった?」

「ふとした瞬間死にそうな顔してるもの」

「!?」

「そもそも私は山川は騒がしいけど、クラスメイトをよく見てる奴だと思ってたわ。一人でいる子には率先して声かけてるでしょ?でも、一人でいたい子には適当な距離感で付き合ってるよね?仲間外れがいないようにしてるでしょ?」

「そんなことまで考えてないよ。せっかく同じクラスになったんだから、仲良くしたいだけだよ」

「じゃ、なんであんな顔するの?」

「あんな顔と言われてもねぇ」

「じゃ、今度隠し撮りでもしといてあげるわよ」

「写真が欲しいならいくらでも自撮りして送るのに」

「茶化さない!で、あの日何があったの?」

「それを話せば佐久間さんは気が済むの?」

「わからないわ。でも山川がいつまでもあんな顔してるのは嫌なのよ」

「それは……」

「恋ではないわよ。好奇心。あの日まではそんな顔してる事なかったもの」

「そんなに俺の事気にかけてくれてたの?」

「恋ではないわよ」

「……愛?」

「グーパンが欲しい?」

「別に話したくないわけじゃないんだよ。ただ、あの日の事が何だったのか、俺にもよくわからないんだ」

 そう言うと小さな神社を指差す。ドトールではなく、此処でという事なんだろう。人も殆どこないような小さな神社だ。境内には誰もいない。

 小さなベンチに並んで座ると会話を続ける。

「よくわからない?」

「あの日、俺は……人を刺した」それは小さな呟きだった。

「!?どういうこと?」

「そのままの意味だよ。気が付けば一緒にいた先輩を刺してた。知らない内に手にしていたナイフでね」声を抑えたまま山川は続ける。

「先輩?無事なの?」

「無事だった」

「なんで?」

「わからない」

「刺したって……」

「嫌な感触が手に残ったままなんだよ。俺がナイフで刺したあと、変な男が現れてたくさんのナイフが……先輩に刺さった。血まみれなのに、逃げろって。俺がいたら邪魔だからって……」

「警察は?」

「……」山川は小さく首を振る。

「何で無事ってわかるのよ」

「言われるまま逃げたけど、やっぱり心配で戻ったんだよ。そしたら傷なんか何一つ先輩がいた」

「血は?」

「流れてなかった。俺がナイフで刺した時に、先輩の着てた真っ白なワンピースは血に染まったはずなんだよ」

「夢とか?」

「この手に残る感触は?」

「だって無事だったんでしょ?」

「無事だった。何で帰らなかったの?って微笑ってた」

 ふざけてなんかいない。山川の表情を見ればわかる。

「学校の先輩なの?」

「ルルドって佐久間さん知ってる?」

「?なんか聞いた事があるような……」

「転校生ルルド」

「えっ?あれって冗談じゃないの?」緑陰の記録に残る唯一の転入生、美少女、鉄面皮の生徒の心を溶かしたとか、どうでもいいような逸話もあった記憶がある。

「俺もそう思ってた。でも、あの日会ったあの人はルルドって名乗った。俺が緑陰の生徒だって知ると後輩かぁって笑ってくれたんだ」

「話しなさいよ。何か気付けるかもしれない」


 ぽつりぽつりと山川は語る。あの日何があったのかを……。

 なにやら迷っているようなルルドを見かけて声を掛けた事を。

 ルルドは、あのおかしな看板の店『骨董店ぼびぃ』に用事があった事を。

 その後再会して先輩だという事を知った事を。

 そして……ナイフで刺してしまった事を。


「私は魔女だから、大丈夫って。で、気付いたらいなくなってた。急いで駅前に行ったんだよ。会えるかもって……雨降ってきて……でも帰ることなんか出来なくて、どうしたらいいかわかんなくて……そしたら佐久間さんに傘渡された」

「で、それっきりなの?」

「……夢ならいいんだけどね。大丈夫って微笑んでくれたんだけどさ。なんだか悲しそうだったんだよルルド先輩」

「ルルド先輩ねぇ」スマホを取り出して検索をかけてみる。

 緑陰学園の卒業生はそれなりに名前の通ってる人間が多い。

 何か出てくるかもしれない。そんな淡い期待だった。

 確かルルド・ウィザードだっけ……。



 ルルドの泉に関するものが多い。

 観光地だっけか?

 画面をスクロールさせていく。

 出てくるのは名前の似通った商品へのリンクだった。

 骨董店ぼびぃも検索してみる。

 何か繋がりが出てくるかもしれないからだ。


 驚いた事に、見る人を馬鹿にするような看板とは違い、しっかりとしたHPが存在した。

 取り扱ってる骨董品もいくつか紹介されていた。

 素人目に見る分には価値が正しいものかはわからなかったが、それなりの品にも見えた。

 店舗住所、電話番号は載せていなかったがメールアドレスは掲載されてる。

 ここから問合せしてみるか、それとも直接乗り込むべきか……。

 HPを確認してると小さなリンクがあるのに気付いた。

『魔女に関する問合せはこちらまで』ご丁寧にそんな記述まであった。

 本当に小さな文字でだったが……。


「山川、ぼびぃの店に行くよ」スマホの画面を見せながら、其処に行けば何かわかりそうだという事を伝える。

「聞いて教えてくれるか?」

「問合せ先って書いておいて答えないなら商売人としては失格じゃない?」

「そもそも行って無事に帰してもらえるのか?」

 不安気に山川が呟く。


 確かにそうかもしれない。このHPに他に何か手掛かりなり役に立ちそうなものはないのかな?

 何やら考え始めた山川を放っておいてHPのコンテンツを確認する。

 店舗案内にあの馬鹿げた看板を掲載させてないのは、何か考えがあるんだろうか?

 これ見て来店してもあの看板見たら引き返しそうなのに……。

 そもそも商品紹介で掲載されてる物もよくよく見ていくと馬鹿にしてるような物がある。

『平賀源内の眼鏡』?確かに見た目はそれっぽいけど、使用してた証拠はあるんだろうか?

『魔法のランプ(魔人は転居済)』?転居してなかったら魔人がいたとでも?

 HPを見ている内に、ぼびぃの店そのものに興味が湧いてきた。

 !?店長日記?

 ブログのような感じかと思えば、ただの呟きみたいな感じだ。

 無理やり毎日更新するためにそんなのでも更新してるような感もある。

 あの雨の日の記事は……。




『旧友訪問』

 久しぶりに友人というか金主が来店

 好き放題言って帰って行くかと思えばしばらく滞在するらしい

 なんだか面倒に巻き込まれそうだ

 だが、友人の話で盛り上がる



 この友人というのがルルド?

 金主?オーナーなのか?



『八つ当たりされた』



 タイトルのみで本文は無し



『面倒』

 後輩探しするように言われたが、母校に行くのは面倒臭い

 そもそも自分が行けばいいと思うわけだ

 名前わかってんだから行けばいいのに



 後輩?店長も緑陰の卒業生?



『温泉』

 温泉サイコー



 学校来てないの?



『そうだ』

 向こうから来ればいい



 ?

 どういう事?



『やればできる』

 HP作成って簡単やん



 ?

 このHP以前からあるわけではないの?



『怒られた』

 手抜きだって言われたが鍋食わせたら喜んでた

 相変わらずチョロい





『見て』

 て欲しいなぁ



 タイトルと本文で一言とか……。



『そろそろ』

 気付いた?



 誰に対する問いかけ?



『さて』

 迎えに行くかな




 誰を?



「そこの少年少女!」

 いつの間にか境内に男性がいた。

 人懐っこい感じの微笑みを浮かべ、何も持ってないというアピールなのか、両手を広げ手を挙げて、こちらに近づいてくる。

「山川知ってる?」

「さくちゃん……痛っ!」脇腹に一撃入れる。

「その呼び方やめろって言った」

「ケンカはよくないし、犬も喰わないらしいぞ?」

「そういう仲じゃないです」

「?」

「お嬢さんはわかったか」そう言うと楽しそうに笑う。

「あの、何か?」山川がベンチから立ち上がると、私を守るように一歩前に踏み出す。

「おぉ、なかなかの紳士だな。先輩として嬉しく思うよ……山川少年」

「!?なんで?」

「そちらのお嬢さんの事は知らないがね」

「……迎えに来てくれたんですか、店長さん?」

「その通りさ。俺の事はぼびぃと呼んでくれたらいい」

「佐久間さん?」

「コレ」

 店長日記のページを開いたまま山川に見せる。

「え?どういう事?」

「学校行っても良かったんだけどね。まぁ、色々と面倒な先生がいるわけだ。この歳で説教されるのはね」苦笑いを浮かべながら続ける。

「だから来てもらおうと思ったわけだ。なかなかよく出来てるだろ?」

「何故此処にいるのが?」

「詳しくは企業秘密だな」

「……ルルド先輩は?」

「知りたいかい?」

「知りたいわ」

「?お嬢さんがかい?」

「えぇ、山川をこんな風にした責任を取ってもらわないと」

「そうか、そりゃ頼もしい。少年は?」

「無事なのかどうかが……それに謝りたい」

「無事だし、謝罪はいらないってルルドは言ってたはずだが?」

「無事だとは思う。でも、ナイフで刺すなんて事をして……許されるわけがない!」

「山川……」

「自己満足の為の謝罪がしたいのかい?」

「……」

「そんな言い方!」

「怪我はしてない。謝罪は不要だと当人が言ってる。それでも謝罪がしたいのかい?」

「あの日ちゃんと話せなかったから……気付けばルルド先輩はいなくなってた。何が起きたのか教えてほしい。謝らなくていいって言うなら、何が起きたのか話して欲しい。怪我はないって言われても……あの感触は残ったままなんです」

「じゃあ、その記憶を消してやると言ったら?」そんな事は簡単に出来るといわんばかりだ。

「そんな事が出来るとしても、俺は何もかもなかった事にしたいわけじゃない」

「ルルドに会って話をすれば解決するのかい?知って……その後はどうする?そこにいるお嬢さんもどうやら色々と聞いているようだが?」

「佐久間さん、ここからは俺の問題だから……ありがとう」

「で、私はこの色々を知らなかった事にされるわけ?店長さん、私も引くつもりはないんだけど?その場合はどうなるのかしら?」

「ぼびぃと呼んで欲しいんだがね。さてさて、この後輩たちをどうするつもりなんだ?」

「困った後輩たちだねぇ」声のした方を振り向くと、その口調には似合わない銀髪の可愛い女の子がいた。

「ルルドさん!」

「山川君、もう先輩呼びはしてくれないのかい?」

「……ルルド先輩、本当に大丈夫なんですか?」

「この人がルルド先輩……」どう見ても同年代、ううん、年下の少女のようにしか見えないけど。

「そこのお嬢ちゃんからは、どうにも年長者を敬う感じがしない。が、山川君を心配してるようだから、その辺りは許してやるさね。可愛い後輩のようだしね」

「だそうだ」ぼびぃさんの口調にさっきまでの緊張感はない。

「心配してくれてたようだけど、あの日言ったように傷なんてないのさ。それとも服をめくって見せてあげたほうがいいかい?」そんな言葉に照れる山川の様子を見て、楽しそうにルルド先輩が微笑む。……何か挑発されてるようにも感じる。

「ルルド先輩は……魔女なんですか?」

「そう呼ばれているさね。もうずいぶんと昔からね」

「山川をどうしたいんですか?」

「どう?……お嬢ちゃんはどうして欲しいんだい?」

「佐久間、佐久間美香です。私は別に……」

「こんな所で何時まで立ち話するんだ、ルルド。この子たちと話をする気があるなら、店の奥を貸してやるよ」そう言うと店長さんは歩き出した。

「二人は一緒に来る勇気はあるのかい?」試すようにルルド先輩が微笑む。

「山川が行くならついていきます」

「おやおや」可笑しそうにルルド先輩が微笑む。

「佐久間さん、何で?」

「私の好奇心を満たすためよ」

「好奇心猫を殺すって言葉は知らないのかい?」

「殺されるにしても私自身の行動の結果なら後悔はないもの。それに……」

「それに?」面白いものを見つけた、そんな感じの視線をルルド先輩から感じる。

「殺される前に、噛みつくなり引っ掻くくらいはする」

「山川君、佐久間さんはなかなか面白い娘じゃないか。さて、君はどうするさね?」

「行きます。佐久間さんは……僕に何があっても無事帰します」

「心配しなくても話をするだけさね。二人ともちゃんと無事に帰宅出来るさね」

「話した事はちゃんと覚えたままですか?」

「二人が聞きたくなかったと言わなければね」そう言うとルルド先輩は、店長さんの後を追うように歩き出した。

「そんなことにはならないですよ」

「そうね」

 山川と頷き合うと、二人の先輩の後を追いかけた。




 私たちは、この二人を先輩だと思い安心していた。

 彼女が魔女という事を……まだ半信半疑、いや私は冗談だと思っていたからだ。

 未来への、未知への好奇心、それだけで動けた。

 その先に何が待ち受けていようと、どうにか出来ると思っていた。

 自分の事も過信していた。

 ただ、この時の選択を後悔はしていない。

 現在があるのは、あの時こうなる事を選んだ自分がいたからだ。



「山川、ぼびぃさんは?」相変わらず店内に客の姿は無い。

「いい加減、店長って言わないと拗ねるぞ、あの人」

「そう呼ぶように言ったのは、ぼびぃさんだもの」

「で、今日は?」

「頼まれてたモノを持ってきたのよ」

「どっちの?」

「今回のはそれっぽい方ね」包みをカウンターに置く。

「じゃ、受け取っておくよ。壊しても特に問題ないしね」中身を確認しながら写真を撮り、伝票になにやら記入していく、すっかり慣れた感じだ。

「壊されたら問題はあるわよ。それっぽいモノの方が手に入れるのも、それなりの曰くをつけるのも面倒なんだから。今日は、ぼびぃさんいないの?」

「また宝塚観に行ってるよ」

「……今度は一緒にって言ってたのに!」

「いい加減諦めたら?」呆れるように山川が呟く。

「じゃぁ、山川も諦めたらいいじゃない?」私も馬鹿にするように言い返す。

「ふぅ。ま、お互い頑張ろう」

「溜息と一緒にそんな事言われてもね」

「客も来ないし、ルルド先輩本当に来ないんだぞ?」

「それでも此処で働くの選んだの山川じゃない」

「俺だって、さくちゃんがこの店の仕入れするようになるなんて思わなかったよ」

「その呼び方したらグーパンだって言った」そう言いながら山川に軽くパンチする。

「さくちゃんはよくやってるよ」

「色んなトコに行けるしね、仕入れは楽しいわよ。ぼびぃさんの美味しい御飯が食べられないのが難点だけどね。で、そんなにグーパンが欲しいのか?」ペシペシと肩パンを繰り返す。

「餌付けされてんな、さくちゃんは」

「山川はまだぼびぃさんの魅力がわからないの?」

「さくちゃんは店長に幻想を抱きすぎだと思うよ」

「山川こそ薄給でよく働いてるよ。ルルドさん殆ど来ないのに」

「今度先輩が来たら着いていこうかなぁ」

「無理じゃない?」

「転移ゲートですぐ何処か行っちゃうしね」

「私たちにそんな素養はなかったんだから仕方ないじゃない」

「まぁ、無くてよかったとも思うけどね」

「……そうね。ぼびぃさんが帰ってきたら連絡してね」

「直接連絡したらいいじゃん」

「楽しんでる時間を邪魔したくないもの」

「感想聞かされるのが面倒なんだろ?」

「……ソンナコトナイヨ」

「なんで片言なんだよ」

「あれだけ聞かされると一緒に観に行きたいって思うんだけどさ」

「長いよな」

「ホントにね」延々と宝塚の素晴らしさを3時間以上聞かされたのだ。

 フラッときたお客さんにあの時ほど感謝した事はない。

「観に行った後感想を話し始めたら一体どうなるんだろ?」

「俺は触れないようにしてるからな」

「試してみてよ山川」

「ヤダ」

「即答された」

「もう店閉めるけど、飯行く?」

「ぼびぃさんの御飯を期待してたんだから、それなりの店に案内してくれるんでしょうね?」

「じゃ、ルルド先輩のお店に行くか?」

「何それ?聞いてないよそんなの」

「こないだ店長に連れてってもらった」

「何?自慢?ケンカ売ってんなら買ってやるわよ?」

「此処で働いてんだから、閉店後そんな事もあるよ」

「山川のオゴリな」

「なんでだよ」

「なんかムカついたからだ」

「無茶苦茶だな、さくちゃん」

 肩パンを入れると閉店作業を手伝う。

 最後に私が持ち込んだモノを山川が金庫に片付けると、他愛のない話をしながらルルドさんの店へ向かった。




 Fin


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